567話 魔女様は取材される
翌日。
昨日と同じように朝の九時頃に開店してから、一時間が経とうとした時でした。
「シルヴィ、あれ」
「はい」
私達の視線の先には、お店の外を通り過ぎては戻ってきて、ちらりとこちらを覗いては慌てて走り去っていくという、謎の行動を繰り返しているフードを被った人物がいるのです。
……あ、今一瞬だけですが、私と目が合った気がしました。
フードの下から覗いた、栗色の髪と桃色の瞳。その表情は、何かに怯えているようにも見えます。
「お客さん、なのでしょうか」
「さぁ……。何か気にしてる感じはあるけど」
再び走り去っていった彼女を見送りながらそんな会話をしていると、エミリがパタタと店外へと駆けていってしまいました。
まさか、と思いながら様子を見守っていると。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか!?」
「ひゃあああああああ!?」
「……やると思ったわ」
「エミリ……」
行動力が高すぎる妹に苦笑している中、彼女は明らかに嫌がっている様子のその女性を連れて戻ってきました。
「お姉ちゃん! お客さんだよ!」
「あ、あああああの、あの!!」
「美味しそうだから気になってたんだって!」
「はううぅぅぅ!! ち、ちがっ、あの、あの」
「エミリ。嫌がっている方を連れてきてはダメですよ」
「嫌がってなかったよ!」
やや不服そうにそう答えるエミリですが、手を握られている隣の方は涙目になりながら、何度もぶんぶんと首を振っています。
私は彼女の手をそっとエミリから外し、代わりに謝ることにしました。
「すみません。無理やり連れてきてしまって」
「ひぃっ!? い、いいいいえいえ!」
彼女は私の手を振り払い、さらに怯えてしまいました。
これは私が対応するより、レナさんにお願いするべきなのかもしれません。
「すみませんレナさん、お願いします……」
「おっけー。ごめんね、いきなり連れてこられた上に魔女とか怖かったわよね」
「あっ、いえ! べ、べべべ、別にその、怖かったとかでは、まま、全く無い、です。はい」
「そうなの? てっきり、魔女を怖がってるんだと思っちゃった」
「すす、すみません。わ、私その、あの、えっと、あの」
何度も口ごもってしまうその様子は、小柄な背丈と相まって小動物的な印象を受けますが、同時にそれだけ委縮させてしまっているようにも感じられ、こちらが申し訳なくなってきてしまいました。
「エミリ、私達は奥へ行きましょうか」
「え? うん……」
エミリを連れて厨房の方へ下がろうとした直後、フードを被っている女性はさらに慌て始めました。
もしかして、私達が何かするのではと警戒されてしまっているのでしょうか。と思ってしまい、彼女に敵意は無いことを示せるように小さく会釈をしながら笑みを浮かべてみます。
すると。
「ま、待って!! ください……」
突然大きな声を出したかと思いきや、後半は消えてしまいそうなほどか細い声量で私達を呼び止めてきました。
私達がその様子に驚いて足を止めると、彼女はかあっと顔を赤らめながら俯き、ローブの裾をきゅっと握りしめました。
「な、何? 本当にシルヴィに用があったの?」
レナさんが彼女の顔を伺うように屈みこむと、フードの下で小さく頷いたのが見えました。
彼女はそのまま口を開けたり閉じたりして、何か言葉を探しているようにも見えましたが、やがて懐の中から一冊の本を取り出し、私へ差し出してきます。
「これは……?」
その表紙を彩っているのは、エミリなら飛びつきそうなハンバーグの写真でした。
タイトルにある『サティズ・グルメ』という名前や、表紙に小さく書かれている小見出しの『絶品! ランチの美味しいお店ベストテン!』と言った内容から察するに、恐らくはグルメ雑誌では無いかと思われます。
ですが何故、それを私に差し出してくるのでしょうか。
彼女の意図が分からずも、それを受け取って適当にページを開いてみます。
そこには、お店の外観の写真を始め、そのお店が売りにしている看板メニューや美味しそうな料理の数々、そして店主と思われる方の顔写真が添えられた一言と、そのお店に関するレビューなどが書かれていました。
「こ、これ、書いてるのが……私、なん、です」
「そうなのですか?」
彼女はコクコクと頷き、ページの片隅を振るえる指で示してきました。
彼女の華奢な指先が示しているのは、そのお店についての一言コメントが書かれている部分かと思いきや、その脇に小さく描かれている、可愛らしい女の子の顔のイラストです。
ちょこんと小さく結わえているハーフツインテールは栗色で塗られていて、ウィンクをしているもう片方の瞳は、確かに彼女と同じ桃色のそれです。
髪型はフードを被っているので分からないのですが、もしかしてこれが彼女であることを示しているのでしょうか。
疑問を感じた私の心を読んだのか、はたまた自分でタイミングを判断したのかは分かりませんが、彼女はそっと自分でフードを外し、怯えるような表情で私を見上げてきました。
その頭には、イラストと同じハーフツインテールがありました。
「わ、私、さささ、サティって言います。グルメ雑誌のれぷっ、レポーターと、編集をやってます」
「グルメ雑誌の編集者ってこと?」
「はいぃぃぃ! すみませんすみません!!」
「いや、なんで……?」
唐突に泣き出しそうになりながらも謝ってくる少女――サティさんに、レナさんが心底分からないと言った表情をしています。
そこには私も同感なのですが、まずは彼女について考えなければなりません。
サティさんの職業は、この雑誌から分かるようにグルメリポーター兼編集者だと仰っていました。
雑誌をめくってみると、いずれもこの街近郊にある飲食店に的を絞っているようにも見えますし、恐らくはここ近辺でお店の特集をやることにしているのでしょう。
そんな彼女が、つい先日オープンしたばかりかつ、期間限定で料理を提供する私の店に訪れた理由があるとなれば、間違いなく食レポなのだと考えられます。
そこまで考え、私は昨夜のシューちゃんとの会話を思い出しました。
『うちがするんは、とっておきの食通にタレコミするだけや!』
『まぁ見とき。明日、えらいもんをココに向けたるわ』
それってもしかして、彼女のことを指しているのではないでしょうか。
「違っていたら申し訳ないのですが、あなたがシューちゃん――いえ、シュタールさんからうちのお話を聞いた食通の方ですか?」
「そそ、そうです。あの、シュタール様に、お、おお美味しい店があるから、取り上げられそうなら取りゅっ……取り上げてほしいって言われまして」
「そうでしたか。そうとは知らず、失礼しました」
「あひぃっ!? い、いいいいいえいえ!! あやっ、謝らないでくだひゃい!! こんなの私が口下手過ぎて話ができないゴミクズのような性格をしてるだけですし、それなのに魔女に謝られただなんてシュタール様に知られちゃったら私死んでしまいます!!」
後半、物凄く早口で捲し立てられてしまいましたが、多分シューちゃんはそんなことでは死刑にするような人ではないと思います。
ともあれ、彼女は相当な人見知りなようですし、ここは私ではなく、引き続きレナさんにお願いした方がいいのかもしれません。
「レナさん、サティさんをお願いします。私は料理の準備をしていますので」
「あ、うん。分かったわ」
「お姉ちゃん、わたしは?」
「エミリは……そうですね。ちょっとの間でいいですので、外で呼び込みをお願いしてもいいですか?」
「うん!」
「さて、と。じゃあ、シルヴィに代わってあたしが取材に応じるわ。今お水持ってくるから、ゆっくりやりましょ?」
「は、はいっ! よ、よろしくお願い、します……」
私とは全く視線が合わなかったサティさんですが、レナさんだと多少はマシなようです。
やはり、私なんかよりはレナさんの方が愛嬌がありますし、こういった面では場慣れしている彼女の方が適任なのでしょう。
私もレナさんのように、明るく元気に接することができたら……と羨ましく思いつつも、万全の状態で料理ができるように準備を始めるのでした。




