562話 魔女様は案内される
魔王城で心身共にゆっくり休ませてもらい、スッキリした心持ちで家に帰った私を出迎えたのは、またしても溜まってしまっていた食材の山だったのは言うまでもありませんでしたが、私の代わりに家事などをこなしてくださっていた魔王城勤務の給仕の方が持ち帰ってくださりました。
レオノーラからは三日後には準備が整うと言われていましたし、急ぎめで準備を進めなければ……と時間に追われる日々を過ごしていると、あっという間に当日がやって来てしまい。
「へぇ~! ここがシルヴィの店になるのね!」
「お店の色もお姉ちゃんに似てるね!」
「せやろ~? シルヴィちゃんのイメージカラーに合わせとるんよ~!」
私達はブレセデンツァ領内にある中規模の街、“ルサルーネ”という街へ訪れています。
この街に来た感想と言えば、私のお店に対するものよりもまず浮かび上がるのは、落ち着いた街並みとは反比例してとにかく人が多いことでしょうか。
何でもこの街には、魔族領の最西端から最東端までを流れる運河の他に、地面を走る例の大陸鉄道と、グリフォン便という空路まで用意されているらしく、シングレイ城下町に匹敵するほどの人の出入りがあるとのことでした。
そのため、交通の便に優れるこの街では、人の多さに疲れて街を出る人と、逆にそれを良しとする人が集う街であることから、ある意味で魔族領内の最先端を行く街となっているようです。
改めて周囲を見渡すと、人口の多さからより多く人を収容するべく、五階建ての建物が多く見受けられていて、そのいずれもに誰かが住んでいる生活感が窓越しでも見受けられるほどです。
そんな街で私達に貸し出していただけることになったのは、黒を基調とした外装ではあるものの、テラス部分を陽の光から守る屋根や看板が白と金で彩られていて、確かに私の魔女服をイメージした印象を受ける二階建てのお店でした。
一階部分は出入口側の面に大窓がいくつも張られていて、店内の様子が外からでも見えるようになっている仕様で、二階部分はちょっとした居住空間になっているようです。
「にしても、めちゃくちゃお洒落だわ……。なんかもう、食堂っていうかカフェだもん」
「その通りやで。これからの時代は、お洒落を追求したカフェ風レストランが流行ると踏んでんねん」
「ここだけ時代を先取りし過ぎなのよ。うっかり現代かって思っちゃうわ」
「現代?」
「あ、何でもないわ!」
首を傾げたシューちゃんに、レナさんが慌てて訂正します。
そう言えばシューちゃんには、レナさんが異世界から来たことは告げていないのでした。
ついつい本音が出てしまうレナさんのことですから、どこかで気づかれてしまいそうな気がしますが、可能な限りレナさんを神住島の出身であると言うことにしておきましょう。
そうとなれば、話題を変えるところからにしましょうか。
「本当に、こんな立派なお店をお借りしてしまっていいのでしょうか」
「もちろんええで。そやけどタダとは違うさかい、そこだけは堪忍な」
「分かっています。来月の閉店までに白金貨三枚ですよね」
「たっか!! え!? 白金貨って確か十万よね!?」
一瞬レナさんの言っている言葉が理解できず、シューちゃんと二人で小首を傾げてしまいましたが、彼女の世界のお金の単位であることに気が付き、慌ててレナさんを引き寄せてこっそり指摘します。
「レナさん、あまり異世界でのお金の換算はしないでください! 神住島とはいえ、流通しているお金は一緒なんですから!」
「あ、ごめん! でも高すぎてびっくりしちゃって……」
「それは思わなくはありませんが、ここの土地の価格が高いので仕方がありません。一か月で何とかするのを目標に頑張りましょう」
「そうね。そっちで話が進んでたなら、今さらあたしがどうこう言えるものでも無いし、やるしかないわね」
レナさんと頷きあい、取り繕うようにシューちゃんに作り笑いを向けながら言います。
「さ、さて! 早速中を見てみたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「ん? 別にええよ~。ほな、うちについてきてな」
鍵を指でクルクルと回しながら店に近づき、店内へと入っていく後ろ姿を見ながら、私は気づかれないように息を吐きました。
もういっそ、シューちゃんにも教えてしまった方がいいような気がします……。
店内の壁や床にはやや暗めの木材が使われていて、ぱっと見では外装の黒も相まって暗いお店を彷彿とさせられそうになりましたが、内装を彩る照明が温かみのある光り方をしているおかげで、凄く落ち着く雰囲気の店内となっていました。
私達がお店を借りるしばらく前までは、少し洒落た酒場として貸し出していたそうなのですが、その名残としてカウンター席の上部にはお酒の瓶を横並びに置けそうなスペースが設けられています。
卓数としてはカウンター席が十名、テーブル席は二人掛けのものが六席と、四人掛けのものが二席ほど。
外のテラス席には二人掛けの席が三つあったので、総数として三十人後半くらいは入れそうです。
程よくテーブル間のスペースも空いていて、一度に何人もすれ違おうとしない限りはぶつかる心配も無さそうでした。
「とても綺麗ですね。以前入られていた方は、大切にお店を使われていたのですね」
「そうやな。愛想も良くてええ人やったで」
カウンター席の向こう側に見える厨房へと向かうと、間取り図で見ていた通り、とても立派な調理設備が整っていました。
広々としたキッチンに、大きな保管庫。火力も強そうなコンロと、ここを預かる私としてはこれ以上ないほどの物が用意されています。
「前もって間取り図を見ていたつもりでしたが、とても酒場で使うような物には見えませんね」
「前の店主がえらい凝り性な人でな? 火ぃ弱いとあかん、調理台は狭いとなんもできひんと注文の多いこと多いこと……。そのくせ、店を手放すとなったら「このキッチンの良さが分かる人に使うてほしい」やらなんとか言うて、そのままにして行ってもうたんやで」
「そうなのですか。せっかく新調した設備をそのままというのは勿体ない気もしますが、何か事情があって持ち出せなかったのでしょうか?」
シューちゃんは「何て言うとったかなぁ」と、両手で軽くこぶしを握ってこめかみをグリグリと押し込みながら考え始めましたが、しばらくすると「そや!」と手を打ちました。
「「ここでどんなものが作られていたのか気になる人が来たら、リノア領で俺を探してみろと伝えてくれ」って言われとったわ」
……確かに、酒場として使うには勿体ないほどの設備なので、ここで何を作っていたのかは気にならなくは無いですが、探し出してまで聞きたいという物でも無いので、記憶の片隅に置いておくことにしましょうか。
「ほら、そないな前の店主のことより、今の店主の支度をせなあかんやん? 頼まれてた衣装やメニュー表やらは上に置いたるさかい、試着やら検品やらしてみてや」
「分かりました」
「二階はこっちやで」と先導してくださるシューちゃんの後に続きながら、引き続き店内を案内していただくことにしました。




