560話 魔女様はお店を探す
食事が終わり、お店の件で少し見て欲しいと言われた私達は、レオノーラの執務室へとお邪魔しています。
今日は比較的政務も落ち着いているらしいのですが、それでも机の上には分厚くファイリングされた書類や、押印待ちの書類の束がいくつか積み上げられていました。
アーデルハイトさんの机も似たように書類が積み上げられていた気がしますが、この書類を一日で目を通すのはとても無理があるように思えます。
私には到底真似できない仕事ぶりですね、などと考えていると。
「シルヴィ? 聞いてまして?」
「えっ? あ、すみません。少しぼんやりとしてしまっていました」
「はぁ……。貴女のことですわ、どうせあの件が終わってすぐに診療所を再開させて、忙しくしてしっかり休んでいないのでは無くて?」
レオノーラがずっと私に何かを話しかけていたらしく、呆れられてしまいました。
彼女の言う通り、私自身も十分な休息が取れているかと言われると答えづらいものがありますが、毎日の狩りで怪我をしてしまう獣人の方々の治療や、最近では時々、街の教会に高額のお布施ができない方々が駆け込んでくることもあり、あまり長期間診療所を閉じてはいられなくなっているのは事実です。
「それは、はい……」
「では、諸々終わったら部屋を貸しますから、今日くらいはゆっくり休んでいきなさいな。怪我人も重症でないなら、ティファニーが診れるのでしょう? 食事や家事に関しても、必要であれば部下を派遣させますわ」
「い、いえ! 大丈夫ですから!」
「などと言いますけれども。使い魔である貴方から見て、貴方の主はどうですの?」
メイナードはちらりと私を見ると、眉一つ動かさず短く言いました。
「主は寝ろ」
「だそうですので、今日は泊っていっていただきますわ!」
「はい……」
すみませんレナさん、エミリ、ティファニー。今日は帰れなさそうです……。
「このお店とかは、少し好きかもしれません」
「ふむふむ。あぁ~、これは私的にオススメはできませんわ。店内は少々手狭なので個人店としては丁度いいかもしれませんけど、大通りに面しているのでかなり声を張り上げないと伝達は難しいほどの喧騒ですの」
「そうですか。なら、こちらなんてどうでしょうか」
「これは近くに牧場があるので、少々臭いがキツイ場所ですわ。貴女、家畜の糞尿の臭いを近くで嗅いだことはありまして?」
「無いですが、流石に食事を提供する場所でそう言ったものが近くにあるのは、衛生的に良くないかもしれませんね」
「立地としては悪くもなく、間取りや店内の広さとしても申し分は無いのが残念ですわね。他には気になるのはありまして?」
レオノーラと共に、私に貸し出していただけるというお店の候補に目を通していますが、一般的なお店に絞って見てみると、どれも何かしらの欠点を抱えていて、これと決めることができずにいます。
なお、一般的なお店に絞っている理由としては――。
「そうですね……。やはり、ゲイルさんやシューちゃんを始めとした、領主の方々が提供してくださるお店は条件をすべて満たしているのでありがたいのですが、大きさが問題になってきてしまうのですよね」
そう。そのお店のいずれもが、とても個人で経営できる大きさでは無かったのです。
小さくてもペルラさん達の酒場くらいはあり、大きい物に関してはそれが三軒ほどの大きさを誇っていました。
「広さが問題なら従業員を雇うのも手ですけど、人件費や教育コストを考えるのであれば、貴女達の身内だけで回せるものが望ましいところですわね」
想定としては、レナさんとエミリにホールで注文を取ったり配膳をしていただいて、厨房では私と猫のゴーレムで回すつもりなので、あまり広すぎると手が回らなくなる可能性の方が高いのです。
かと言って小さすぎてしまうと、今度は逆に狭さからお客さんやエミリ達が意図せず衝突してしまう危険もあることから、それなりの余裕を持った広さは求められます。
かと言って、広さばかりに気を取られていると、今度は厨房側が問題を抱えていたりします。
コンロの数が一般家庭用と変わらなかったり、調理場が謎の壁に分断されていたりと、理想のお店を見つけるのが難しいのです。
程よい広さで、かつ利便性を損なわない厨房があれば……とお店の間取り図を捲り続けていたところ、丁度良さそうな物件が目に留まりました。
「これなんてどうでしょうか?」
「どれですの?」
私から受け取った間取り図に目を落とした瞬間、レオノーラは何とも言えない顔を浮かべました。
これも何か、ここには書いていない問題を抱えていたのでしょうか?
「これなら確かに、貴女の希望条件は全て満たしてますわね。ですけど、今度は貴女が少しやりづらい環境になりますわ」
「と言うことは、厨房側に何かがあるという事ですか?」
彼女は小さく首を振ると。
「この街では、魔女が嫌われているんですの。いえ、怖がられていると言った方が正しいかもしれませんわね」
そう言いながら、間取り図を私に返してきました。
「魔女が怖がられているということは、昔この街に住んでいた魔女が、何か住民の方々に危害を加えていたという事でしょうか」
「そういう事ではありませんわ。単純に、昔に根付いた印象が払拭されていないだけですの」
レオノーラは「覚えてまして?」と言葉を続けます。
「二千年前、シリアがプラーナを破門にした際に、彼女の研究資料を持ち出されたのは見ていたでしょう?」
「はい、覚えています。魔法に対して強い抵抗を生み出す、魔術の先駆けとなった出来事ですよね」
「えぇ。その一件を受けて、シリアは私のところに来て“他人に厳しく振舞える方法を教えて欲しい”と頼み込んできたんですの」
確かそれは、あの時にレオノーラが同じようなことを口にしていたと思います。
そのせいで、シリア様が今のような口調とスパルタ気味な教鞭を振るうようになったと。
「それが何か、影響してしまっていたのでしょうか」
「当時のシリアは、己自身を変えようと必死でしたわ。甘さを捨て、自他共に厳しくあろうと。ですがシリアは不器用過ぎまして、その厳しさも度が過ぎていましたの」
レオノーラはそのまま、当時のシリア様について端的に話してくれました。




