556話 魔女様は食材に困る
「お姉ちゃん! 早く早くー!」
「待ってくださいエミリ! あまり急かさないでください!」
「お母様お母様! これはどこに持っていきますか!?」
「それはええと……倉庫の二番目の棚の真ん中です!」
レオノーラ救出と魔王城襲撃の一件から、まもなく一週間が経過しようとしています。
シリア様を始めとした神々の皆様は、シングレイ城下町を復興後にすぐに悪魔の残党狩りに向かわれてしまい、その間、本当に魔族領で食堂を開かなくてはならなくなってしまった私ですが、何故か慌ただしく準備に追われていました。
その理由と言いますと――。
「魔女殿! これも持って行ってくれ! これは今月でも最高の出来なんだ!! 何がいいかって言われるとだな、まずこのツヤから見て欲しいのだが……」
「魔女様ぁ~! これも持って行って! こっちもとっても美味しいから!!」
「魔女様! この上物も持って行ってください! 味の保証はバッチリッス!!」
「魔女様!」
「魔女様!!」
「わ、分かりました! 全部いただきます! いただきますから!!」
私が食堂を開くことを伝えた瞬間、森の皆さんの目が一斉に輝き始めてしまい、あれよあれよと自慢の食材を我が家に持ち込んできてしまっているのです。
その処理に追われ、既に家の中の倉庫はパンパンになってしまっていて、亜空間収納の倉庫ももう入ら無さそうなほどなのですが、それでも連日持ち込まれる食糧に、私は頭を抱える外ありませんでした。
「これさぁ……。レオノーラに相談して、先に搬入させてもらった方がいいんじゃない?」
「そうですね……。ちょっと聞いてみます」
レナさんの言う通り、我が家の食べ盛り(?)担当でもあるフローリア様が不在という点がかなり響いてますし、いい加減他の場所を用意しないと痛み始めてしまいそうです。
レオノーラが帰って来たことで無事に使えるようになったペンダントを取り出し、少し魔力を込めて彼女に連絡を試みると、向こうからも応答があったことを魔力越しに感じました。
「こんにちはレオノーラ。今、少し時間はありますか?」
『えぇ、もちろんです! 貴女のためでしたら、いくらでも時間を作りますわ!』
それはありがたいのですが、魔王としての政務を蔑ろにしない程度でお願いしたいです。
「で、では早速相談させていただきたいのですが……」
事情を説明すると、レオノーラはふむふむと頷き。
『そういう事でしたら、一旦魔王城に食材だけ保管しておきます? 鮮度保存の魔法を掛けておりますので、ある程度なら保存が効きますわ』
「ありがとうございます。お願いできるのであれば、お店の準備が整うまでの間だけでも置かせていただけると助かります」
『お礼を言われるほど、大したことではございませんのよ。ですが、肝心なお店の方が少し手間取っておりまして……』
レオノーラ曰く、私の料理の腕を知っている魔族が意外と多かったらしく、どの領地で私のお店を開くか揉めてしまっているのだそうでした。
「そうなのですか。てっきり、シングレイ城下町でお店を貸していただけるのだと思っていました」
『私もその予定でしたのよ? ですが、シュタールやゲイル達から猛反発を受けてしまってまして。以前招待した、あの海の方でも貴女を欲しがる声が上がり始める始末ですわ』
「そう言えば去年は、レオノーラに招待していただいて海に遊びに行っていましたね。そこで少しだけ料理を作った覚えがあります」
『えぇ。今のところ、人間領にはこの話が出回っていないのが幸いですけれども、もし向こう側にも知られてしまったらと考えると、早急に取り決めないといけない案件ではありますのよ?』
「ただでさえ魔族間で揉めているのに、人間領も混ざってきたら収拾がつかなくなりそうですね」
『全くですわ。と言う事ですので、もし貴女さえ良ければ、今からでも食材を引き取りに向かわせますわ。どうします?』
「そんな! 預かっていただくのに持って行っていただくなんてできません! まだシングレイ城下町の地脈の感覚は覚えていますから、私が持って行きます!」
『別に気にする必要なんてございませんのに……。でも貴女がそういうところで身を引ける、聞き分けの良い子では無いのも知っていましてよ。では、城前に着いたらまた連絡していただけます?』
「分かりました。では、また後で連絡しますね」
『えぇ、お待ちしておりますわ』
レオノーラとの連絡を終え、振り返るとそこには私の指示待ちの食材が積み上げられていました。
「……とりあえず、全部亜空間収納に運んでもらえますか? これからレオノーラのお城で預かっていただくことになりましたので」
「え!? お姉ちゃん、魔王様のお城に行くの!?」
「お母様、いくらなんでもまだ危険だとティファニーも思います!」
何故エミリ達がそんなに警戒しているのかが分からなかった私へ、レナさんが小さく笑いながら説明してくれます。
「きっと、この前街を襲ったことで魔族に怯えられてて、下手したら襲われるんじゃないかって思ってるんじゃない?」
「あぁ、そういう事でしたか。その可能性は無くはないかもしれませんが、城下町の方々はある程度私のことは知っているそうですので、多分大丈夫ですよ」
「本当に?」
「ティファニーも一緒に行きましょうか?」
「ふふ、その気持ちだけで十分ですよ。何かあっても自分の身くらいは守れるので、安心してください」
そうは言ったものの、それでもエミリ達は不安そうな表情で私を見つめています。
これは一応、レナさんにお願いした方がいいのでしょうか……と思い始めたところへ、今日のお散歩から帰って来たメイナードが私の肩に留まりました。
『戻ったぞ』
「おかえりなさい、メイナード」
「メイナードくん、おかえりー!」
『……これは何だ?』
メイナードの視線の先には、こんもりと積み上がった食材がありました。
簡単に彼にも事情を説明すると、メイナードはひとつ頷き。
『なら、我が同行してやろう』
「「え?」」
突然、そんなことを言い出すのでした。




