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555.5話 それぞれの決戦前夜・1 【シリア視点】

今日は新章開幕ということで、いつも通り2話投稿予定です!

本編は1時間後に投稿しますので、そちらもお楽しみください!

「……この地は、これで良いか」


 地面に刻み込んだ魔法陣に魔力を流し終え、一息吐く。

 それを見計らったかのように、メイナードが妾を労わんと声を掛けてきた。


『次へ向かわれますか』


「うむ。休んでおる暇なぞ無いどころか、連日夜通しで動いても時間が足りぬからな」


 杖先で魔法陣を小突き、キチンと待機状態にあるかを確かめながら言う妾に、メイナードは何かを言おうとしては止め、静かに首を垂れる。


 こ奴の言いたいことは分からんでもない。

 事実、明日のための魔道具の作成と、各地に配置した陣の調整に、どれだけの時間を費やしているかも分からぬ。

 如何に神である妾とて、シルヴィが残したこの魔力体では疲労も溜まれば、あ奴に頼っておったリソースが途絶えておる現状、日に使える魔力も限りがあるが故に、妾自身もかなり無理をしているのは自覚済みじゃ。


 じゃが、だからと言って手を止めて休む訳にはいかぬ。

 明日で全てが終わるか、この世を生きる愛し子達の明日が続くかの瀬戸際ともなれば、一秒たりとも無駄にはできん。


「とは言え、あ奴が今の様を見たらキャンキャン鳴くのじゃろうな」


 ひとつ咳払いをして喉の調子を整え、メイナードに向けて声真似をして見せる。


「シリア様! もう何日休んでいないと思っているのですか!? いくら神様だからと言って、無茶はしないでください! ……どうじゃ? 似ておろう?」


『お戯れを』


「くっくっく! 息抜きに付き合うくらい良かろう」


 メイナードの奴め、多少は冗談が分かるようになってきたかと思っておったがまだまだじゃな。

 内心で笑いつつも肩の力を抜き、終わりの始まりを告げんとする紅き月を見上げると、ふらりと体が脱力しそうになった。


「おぉっと……! すまぬ、世話を掛けた」


『先ほどの主の真似事ではございませんが、少々無理を続けられていらっしゃいます。決行は明日ですが、まだ些か時間はございますので、お休みになられるべきかと』


 ふわりと妾の体を浮かせ、己が背に乗せて来おるメイナードに、妾は思わず苦笑してしまう。


「なんじゃなんじゃ。妾は神じゃぞ? この程度で音を上げるような軟弱者では」


『シリア様』


 妾の言葉を遮るように、メイナードが言葉を被せる。


『大変申し上げにくいのですが、そのお姿で無理をなさられるのが、我としても少々……見ていて来るものがあります。ここはひとつ、我の顔を立ててはいただけないでしょうか』


 全く予期せぬその言葉に、妾の思考が数瞬停止した。

 じゃが、しばらくしてからこ奴なりの気遣いだと分かり、ここ連日で解けることの無かった集中が一気に失われてしまった。


「……っく。くふふ、くっはははは!! なんじゃお主! そうか、そういうことか! それは確かに、シルヴィの使い魔たるお主としては堪えるものがあったのぅ!」


 メイナードはやや恥ずかしそうにしながらも、妾に向けて鏡映しの魔法を掛ける。

 そこに映し出されておる妾の顔は、それはもう見るも悲惨な色をしておった。


『そのような焦燥感と疲労に彩られた顔は、我でなくとも、主に所縁(ゆかり)のある者ならば見たくはないものかと』


「これはいかんな。あ奴の()い見た目が台無しじゃ」


 思い返せば、最後にしっかりと休んだのはいつじゃったか。

 妾の覚えておる範囲では、恐らくひと月近くはまともに休んだ覚えはないが、ここ一週間ほどは満足に飯も口にしておらんかったやも知れぬ。


 ぼふっと肌触りの良い羽毛に体重を預け、背中越しに言ってやる。


「ならば、あとは他の者に任せて先に休むとするかの……。メイナードよ、先に魔導連合まで飛んでくれぬか? 意識したら急に腹が減ってしまって適わぬ」


『かしこまりました』


 少し安心したような、嬉しそうな声色のこ奴も珍しいのぅ。

 心地よい夜風が頬を撫で、流れていく星々に手をかざす。

 その所作に、あ奴を初めて外へ連れ出した時の夜を思い出した。


「“この広い世界で自由に生きられますように”、か。お主にとってこの世界は、護るに値する物であったか? のう、シルヴィよ――」


 かつて、シルヴィに問いただしたものを口にする。

 当然、その問いに答える者は今はおらぬ。

 じゃが、妾の中のあ奴がかつての答えを復唱した。


『私は、シリア様が連れ出してくださったこの世界が大好きです』


『エミリやティファニーがいて、メイナードがいて、レナさんとフローリア様がいる我が家が大好きです』


『森の皆さんや魔導連合の皆さん、魔族領の方々に人間領の方々と、私に関わってくださった皆さんも大好きです』


『だから私は、私の全部を賭けてでもこの世界を護ろうと思えたんです』


『シリア様、どうか見ていてください。私が積み上げて来た物を、ここで全部出し切ります』


『それでもダメだったら――あとはお願いしてもいいでしょうか、シリア様』


 ……あ奴の覚悟を、あ奴の意思を。託された平和への願いを。妾は繋がねばならぬ。


「必ず、連れ帰るからの。シルヴィ……」


 急激に重くなり始める瞼に抗おうと試みるも、とうに限界を超えておった妾の体は言うことを聞こうとはせんかった。

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