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553話 魔王様はお説教される

「う……ん…………」


 遠くから聞こえてくる誰かの話し声に、私の意識が少しずつ戻ってきました。

 薄っすらと視界を開くと、誰かの顔が私を覗き込むようにしていたのが見えてきました。


「お目覚めになりまして?」


「レオ、ノーラ……?」


「えぇ。貴女の魔王、レオノーラ=シングレイですわ」


 捕まっていたはずのレオノーラが、何故? と疑問を感じてしまいますが、彼女越しに見える夕焼け色の空や、崩壊した神殿跡などがちらりと見え、フローリア様が放ったあの一撃の余波で、私まで意識が無くなっていたことを思い出しました。


 体を起こそうとした私でしたが、レオノーラに優しく額を押さえられてしまい、そのまま仰向けにさせられます。

 きょとんとしてしまっていた私へ、レオノーラが去年、魔獣園へ行った時の馬車の中で見せた優しい顔つきをしながら謝り始めました。


「……貴女には、何度も助けられてしまってますわね。本当に、魔王失格ですわ」


「そんなことは」


 ありません、と続けようとしましたが、ふと彼女の身なりがいつもとは大きく違うことに気が付きました。

 彼女の体には無数の怪我があり、打撲跡や鞭のような物で打たれた跡、擦り傷や切り傷なども多数見受けられます。

 さらに、魔王であるレオノーラには似つかわしくない、ボロボロの布切れで出来た簡素な服を着せられていて、大きめでゴツゴツとした首輪から伸びている鎖も相まって、まるで罪人であるかのように見えてしまいます。


「レオノーラ、その姿は」


「うふふ。領民の心も知らず、大層に魔を統べる王などとふんぞり返っていた者に相応しい恰好でしょう?」


 いつものようにおどけて見せるレオノーラの言葉には、これまでのような自信に満ちた覇気は一切ありませんでした。

 それはどこか、このまま消えてしまいそうなほどか弱く、今にも泣きだしてしまうのではと思えてしまうほどです。


 彼女と連絡が取れなくなってから、およそ一か月ほど。

 その間、レオノーラは見た目通りの酷い仕打ちを受け続けていたのでしょう。

 中には、彼女をここまで弱らせてしまうほどに、心を折るようなものもあったのかもしれません。


「……気づくのが遅くなって、すみませんでした」


「どうして貴女が謝りますの? これは魔族の問題ですのよ?」


「いえ、最初からこうなる可能性があったと考えていなかった、私が悪いのです。国を治める王様が長期間不在ともなれば、その間を狙ってくる人は必ず出てくるはずでした」


 せめてもの償いにと、彼女の頬を触りながら治癒魔法を使います。


「ましてや、レオノーラから再三、魔族は強い者が頂点に立つ種族だと聞かされていたのに、それを考えずに私のことだけしか考えることができていませんでした。だから、レオノーラに落ち度はなかったのです。それなのに、私は……」


 レオノーラにこんな危険が迫っているなんて露にも思わず、いつもの日常を謳歌してしまっていたことを強く後悔します。


 泣きたいのはレオノーラの方なのに、私が泣いてどうするのですか。

 そう自分に言い聞かせて涙を引っ込めようとしますが、自分が殺される直前であったにも関わらず、魔族で起きた問題は全て自分の責任だと背負い込むレオノーラを見ていると、どうしても堪えることができませんでした。


 ポロポロと涙を零してしまう私の目尻を優しく拭ったレオノーラは、自分の頬に触れている私の手を柔らかく握りながら言いました。


「そこまで案じていただけていただけでも、(わたくし)は幸せ者ですわ。心配をおかけいたしましたわね」


『全くじゃ。このたわけめ』


 そんな言葉と共に、私のお腹の上に小さな重みが乗っかった感覚がありました。

 少しだけ顔を起こしてみると、そこには確認するまでも無くシリア様がいらっしゃいました。

 その奥には、無事だったレナさんを始めとした皆さんが、優しくこちらを見守っています。


『此度の件は、お主ら魔族だけの問題では無かった。言わば、魔族は神々の(いさか)いに巻き込まれた被害者じゃ。それなのに、何故妾達に報せんかった?』


「……魔神を信仰していたかつての時代を思うと、彼らの純粋な信仰心を疑うことができませんの。それがかつて、この手で排斥した宗教ともなれば尚更ですわ」


 私はその言葉を受けて、魔王城でミカゲさんから聞いた話を思い出しました。

 やはりレオノーラにとっても、自分達のためによくしようとしてくれた魔神に対して、扱いを変えることは苦肉の策だったのでしょう。それを崇めていたのが当然であった魔族の皆さんから、信仰対象を取り上げたとも言える行為を、彼女は誰にも打ち明けることも無く、一人でずっと悔やんでいたのかもしれません。


 ですが、それを良いように利用され、今回のような事件が起きてしまった……。

 レオノーラとしては、それがどこまで本当にかつての宗教を取り戻したいものだったのか計り知れなかったため、彼らの暴挙を甘んじて受け入れていた部分もあったのだと想像できます。


 レオノーラは、領民を蔑ろにしていたのではありません。

 むしろ、領民と築いていくこの先の未来を考えていたからこそ、自分が矢面に立ち、思い切った舵取りが必要だったのです。


 それを説明しなかったというのも、彼女の不器用なところなのですが。

 そう内心で思っていた矢先、ミオさんとミナさんが静かに歩み寄ってきました。


 彼女達は私を挟み、レオノーラと目線を合わせるように対峙すると。


「失礼致します、魔王様」


 パァン! と乾いた音を奏でながら、レオノーラの右頬をミオさんが強く打ちました!


「み、ミオさん!?」


「こちらも失礼致しますね~」


 続けざまに、ミナさんが反対の頬も同様に平手打ちを行い、突然の出来事に私達は呆然とさせられてしまいます。

 それはレオノーラも同じだったようで、大きく目を見開いたまま彼女達を見つめていました。


「貴女様の側近として。そして、貴女様の友として。無礼を承知の上で申しあげさせていただきます」


「魔王様はどうして、いつもいつもお一人で抱え込まれるのですか?」


 ミオさん達の真剣な表情から、これはこの姿勢で聞くものではないと抜け出そうとしましたが、何故かミナさんがそれをさせまいと私の肩を押さえてきました。

 そのまま再びレオノーラの膝の上に固定させられてしまい、ミナさんは少しだけ私ににっこりと笑いかけると、レオノーラへ表情を戻して話続けます。


「確かに、魔王様や四天王の皆様に比べたら、ミナ達の力なんて微々たるものです。ですが、相談くらいなら乗ることもできますし、内容によっては先んじてシリア様達へお話を持っていくこともできましたよ?」


「此度の問題につきましては、フローリア様も仰られていたように、自分達だけは魔神様のことを忘れてはいないと、陰で信仰を捧げ続けていたミローヴ旧教が、突然表立って行動を起こすには不可解な点がございました」


「魔王様だって分かってたんじゃないんですか? 邪神信仰を復活させたいだけなら、自分達の命を削ってまでクーデターなんて起こさないって」


「少々難のある人物が多く所属してはおりましたが、いずれも現魔王政府の取り決めには背かない温厚な者が多かったと記憶しております」


 レオノーラは何か言いたそうにはしていましたが、それを口にするのは憚られるかのように、顔を伏せるだけでした。

 やや重い沈黙に包まれてしまい、私自身も居心地が悪く感じられ始めていると、ふとミナさんが空中に小さく文字を書いているのが見えました。


『シルヴィ様。魔女が力になると言ってあげてください』


『魔王様は社交的ですが、誰かに頼るということがとことん苦手なのです』


 そう書き終えたミナさんは、文字をさっと消すと私にウィンクを飛ばしてきました。

 ……そういう事なら、私が適任なのかもしれません。


 私はレオノーラを見上げながら、優しく微笑みました。


「レオノーラ。私とあなたは、似ているところがありますね」

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