551話 魔女様は捕える
一斉に防護陣から飛び出し、左右に大きく駆けながら各々の役割をこなすべく立ち回り始めます。
すっかり体も元気になり、私からの支援を受けているレナさんは、まるで空を自由に飛び回るかのように神殿内を跳ねながら悪魔に攻撃を加えていきます。
その様子は彼女の衣装も相まって非常に華麗かつ鮮烈で、蝶のように舞い蜂のように刺すという言葉を体現しているかのようです。
「さっきまでとは全然ダメージの通りが良さそうじゃない! ねぇフィロガトス!?」
『オノレ、オノレェ!!』
あの悪魔の名前はフィロガトスと言うのでしょうか。
必要になるかは分かりませんが、一応覚えておくことにしましょう。
レナさんは物理攻撃は効かないと言っていましたが、どうやら神力による支援が上乗せされていることで有効打となっていたようで、レナさんの速度について行けていない巨体が苦しそうに暴れています。
このまま彼女だけでも何とかなってしまいそうな気がしなくもありませんが、私も私で拘束の準備を始めましょうか。
悪魔の死角となりそうな位置を取り、杖先に魔力を込めながら、万が一に備えて魔力印を刻んでいきます。
三つほど刻んだあたりで私が何かをやっていることに気が付いたらしく、フィロガトスという悪魔は目標を私に切り替えてきました。
『ゥオラアアアアアアアアッ!!!』
近くにあった元神殿の瓦礫を鷲掴みにし、勢いよく投げつけてきましたが、私が杖を構えるよりも先にレナさんが割って入り。
「甘いのよ!!」
それを横に蹴り飛ばして防いでくれました。
レナさんはトントンと下がりながら私に並ぶと、少し小さめの声で尋ねてきます。
「シルヴィ、それもしかして万象を捕らえる戒めの槍の準備もしてる?」
「はい。私達より上位存在である悪魔である以上、何かしらの奥の手はありそうな気がしていますので、備えておくに越したことは無いかと思いまして」
「おっけー。なら、あたしの分身を近くに待機させておくわ。そっちはよろしくね!」
ふわりと黒く染まっている桜の花弁を舞い散らせ、自分の分身を作り出したレナさんは、その分身を残して再び攻撃に戻っていきました。
私のやりたいことを察知してくれていたレナさんに感謝しつつ、私も魔力注入を続けながら印を刻む作業に戻ります。
悪魔を相手に、神殺しの拘束は通用するのか。そして、あの巨体が隠し持っている奥の手に、魔法である万象を捕らえる戒めの槍は効果があるのか。
分からないことだらけの上に、バレてしまえば同じ手段は二度と使えないという、かなりリスキーな準備となりますが、やれることは全てやるしかありません。
時折私に向けて飛んでくる瓦礫は、全てレナさんの分身が壊してくれているおかげでスムーズに作業が進み、とりあえずラティスさんの大技であった零刃ラーグルフを止めた時くらいに刻み終えることができました。
あれを超える威力となると、それこそプラーナさんが神を対象に特化させていた、局所的な使い道となる魔法などに絞られてきますが、一時的に止められさえすれば拘束が実行できるので、これ以上は過剰なような気もします。
「レナさん! こちらはいつでもいけます!!」
「了解!!」
レナさんは最後にと強めの蹴りを放ち、空中でくるくると回りながらこちらへと戻ってきます。
それを合図に、私は彼に向けて神殺しの拘束魔法を放つ構えを取ります。
まずはフェイクで、魔力を爆発的に高めて大技の構えだと認識させましょう。
それで向こうも何か繰り出してくださるのなら御の字です。
『ナッ……!? コノ魔力ハ、マサカ神ノ!?』
神力が混じっている私の魔力に、悪魔である彼は過剰に反応を示しました。
かつて行われたという聖魔大戦で大敗し、封印されていたという話を伺っていましたが、どうやら彼にとっても神様の力は畏怖の対象であるようです。
「これで終わりにします!!」
『サセマセン……! ソノ力、許シテナルモノカ!!』
その咆哮をトリガーに、彼から莫大な魔力が沸き上がり始めました。
魔力だけではなく、ミカゲさんからも感じていたあの嫌な感覚の力も多量に混ざり合ったそれは、徐々にフィロガトスと呼ばれた悪魔の右腕を包み込み始め、やがて竜の顔のような形へと変えていきます。
危機感を覚え、大技の予兆に対して魔力を爆発させて対抗してくる以上、恐らくはあれが彼にとっての大技なのでしょう。
それを引きだせた時点で、私の作戦勝ちです!
「発動せよ! 万象を捕らえる戒めの槍!!」
杖の柄で強く地面を突き、刻み込んだ魔力印に魔力を流し込みます。
刻み込まれた印からは光の槍が勢いよく飛び出し、巨体の腕を多方向から貫きました。
『グッ、オオオオオオオオオオオ!?』
貫いた槍は次第に鎖へと姿を変えていき、四方に出現している大槍に繋がりました。
神々しい光の縛鎖と槍に囚われた悪魔は、既に身動きすら取れなくなっています。
『カウンター、魔法カ!?』
「本命はこちらです!!」
『グオッ!!』
杖先に溜め込んでいた魔力を解き放ち、神殺しの拘束を実行します。
金色に輝く魔法陣が彼の巨体を中心に展開され、ゆっくりとそれを縮めていくと、そこから逃れようと暴れる強烈な反発力が私に跳ね返ってきました。
「くっ、ううぅ……! レナさん! お願いします!!」
「任せなさい!!」
待っていましたと言わんばかりにレナさんは高く跳躍し、体を包み込むように真っ黒な桜の花弁を収束させ始めました。
それは激しく渦巻きながら三角錐のような形へ変わっていき、久しぶりに見るレナさんの大技の準備が始まります。
「見せてあげるわ、あたしのとっておきを!!」
レナさんから発せられる魔力もかなり高まったところで、彼女と桜の三角錐は悪魔のお腹を目掛けて、鋭角に蹴り穿たんと向かっていきます。
「降り注げ、墨染の夜桜ッ!!!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアッ!?』
流石に貫通という事態は発生しなかったものの、彼のお腹を貫く勢いで降り注いできた攻撃に、悪魔フィロガトスは野太い断末魔を上げました。
すると、彼から発せられていた抵抗力が大幅に弱まっていき、私の拘束の魔法陣がどんどん小さくなっていくのが分かりました。
それから間もなくして神殺しの拘束は成功し、レナさんもそれを見届けてから桜を舞い散らせながらくるりと私の方へ飛び返ってきます。
「どう!? やった!?」
万象を捕らえる戒めの槍と神殺しの拘束を二重に受けている巨体は、右腕を縛られた状態で微動だにしません。
レナさんの強烈な一撃があったとはいえ、命までは奪っていないはずですが……。
そう思いつつも警戒を解かずに観察していると、感じ慣れた魔力がすぐ後ろに転移魔法が実行されていることを報せました。
この魔力は恐らくフローリア様でしょう。と振り返ると、お一人だけ先に飛んできたらしいフローリア様がいらっしゃいました。
「レナちゃん! シルヴィちゃん! 大丈夫だった!?」
「御覧の通りよ。何とかなった――わっ!?」
フローリア様はレナさんに最後まで言わせず、小柄な彼女をぎゅっと抱きしめ始めました。
転移前、交戦中の映像を見せられてから一番心配していたのもフローリア様でしたし、何故か私だけが先に転移してしまったこともあり、気が気ではなかったのでしょう。
微笑ましく思いながらも現状を報告しようとした私に、フローリア様はレナさんを抱きしめたまま、顔だけこちらに向けて言いました。
「レナちゃんを助けてくれて、本当にありがとうねシルヴィちゃん。大好きよ」
「いえいえ、間に合ってよかったです。……それで、恐らくはミローヴ旧教の統率者の方と思わしき悪魔を捕えてはいるのですが」
「うんうん、見えてるから大丈夫よ。あとはお姉さんに任せてちょうだいな」
フローリア様はレナさんの額にキスをすると、一人で彼の下へと向かっていきました。




