550話 魔女様は立て直す
飛び込んだ先が交戦中だと想定はしていましたが、今まさに攻撃が行われる瞬間だとまでは考えていなかったせいで、かなり雑な結界を展開することとなり、それなりのフィードバックが私の全身を襲いました。
ですが、間一髪でレナさんを護ることに成功したようです。
「やあああああああっ!!」
私の身長よりも大きな握りこぶしを弾き返し、何故か部屋の隅に追いやられてしまっていたレナさんを抱えて横に大きく跳びます。
少し距離を置いてレナさんを座らせ、手早く四つの印を刻んで防護陣を展開すると、双方から困惑の声が上がり始めました。
『何故ダ……! ドウヤッテ、ココニ入ッテ来タノデスカ!?』
「あ、ありがとシルヴィ。でも、何で一人だけなの?」
どちらから答えるべきでしょうか。とりあえず、中間点で答えておきましょう。
「本来ならレナさん達に預けた魔道具を使って、逆に全員で転移する予定だったのですが、この神殿に張られている結界のせいで防がれてしまっていまして。何とか転移しようと試みていたら、突然私だけ転移の対象になったので飛んできた……と言う感じです」
『フザケナイデイタダキタイ!! 私ガ張ッタ結界デスヨ!? アリ得ルハズガナイ!!』
そうは言われましても、できてしまったものは仕方がないような気がします。
怒りと困惑に満ちているあの悪魔へそう答えようものなら、下手に刺激してしまいそうですので、何も言わずにレナさんへの治癒を優先することにしました。
「遅くなってしまってすみません。まさか、こちらが本命だったとは思わなくて」
「仕方ないわよ。それに、こうして生きてるんだから気にしないで」
そう笑うレナさんでしたが、体へのダメージや負担が蓄積されすぎています。
ここまで酷いと戦うことはおろか、立っていられることすら困難だと思うのですが……。
私に心配かけないようにという強がりからか、本当に大丈夫なのかが読み取りづらいレナさんに眉尻を下げながら小さく微笑むと、ふとレナさん以外の姿が無いことに気が付きました。
「セイジさん達はどちらへ?」
「少し前までは一緒に戦ってたんだけど、サーヤ以外やられちゃったから避難してもらったの。今頃、外にいるミオ達と合流できてるんじゃないかしら」
「外に他のミローヴ旧教の方々がいたら襲われてしまいそうですが、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫よ。一人残らず倒しながら進んでたしね」
なるべく戦闘は避けるとは何だったのでしょうか、と思ってしまわなくもありませんが、あの悪魔との戦闘の邪魔をされないためにという観点から見れば、先に排除しておくことはある意味正しいのかもしれません。
何とも言えない表情を浮かべてしまうと同時に、私の陣にやや強めの衝撃が襲い掛かってきました。
顔を上げると、悪魔の巨体から繰り出された右の拳が打ち付けられていたようです。
『何ダト!? 私ノ攻撃ヲ、物トモシナイトイウノデスカ!?』
声の低さから恐らく男性だとは思うのですが、私の陣を一撃で壊せなかったことにかなり驚きを覚えている様子です。
幸い、純粋な攻撃力だけならレナさんの方が上回っているようにも感じられますし、しばらくはこのまま治癒に専念しても問題は無さそうです。
「ホント、シルヴィって守りに関しては圧倒的よね。あのパンチ、滅茶苦茶重いし痛かったのよ?」
「レナさんであれば避けることは容易いと思っていましたが、何故ここまで負傷してしまっていたのですか?」
「あー、それなんだけど」
レナさんは言いづらそうにしながらも、何が起きていたのかをしっかり説明してくださいました。
確かに、レナさんが今までやっていた鍛練はメイナードとの一騎打ちや、フローリア様からの魔法攻撃を防ぐというようなタイプが多かったようでした。
それなのに、あまり接点のなかった彼らとパーティを組んで戦わなければいけないという状況が発生してしまったため、スピードも速く判断力やカバー力に長けているレナさんが、率先して彼らのフォローに徹しようと思ってしまうのも無理は無いかもしれません。
これは私にも言えますし、シリア様も若干懸念していらっしゃってはいたことなのですが、基本的に個々で戦うことの多い魔女としては経験があるものの、こうしたパーティでの戦闘においてはもう少し経験を重ねる必要がありそうです。
また新しい課題が見えてきてしまいましたと、今後の鍛練を思いながら防護陣越しに伝わる衝撃を無視して治癒を続けていましたが、まもなく完治と言ったタイミングで悪魔が大きく吠えました。
『何故ダ!! 何故壊レナイ!? 何ナノデスカオ前ハッ!?』
「私はただの魔女です」
『冗談モ程々ニシナサイ! タダノ魔女ガ、私ノ攻撃ヲ防ゲル訳ガナインデスヨ!! 悪魔ノ力ハ、魔法ヲ上回ルト言ウノニ!!』
それは初耳でした。であれば、この攻撃を防げているのは神力による影響が大きいのでしょう。
「では、少し訂正します。私は護りに長けただけの魔女ですが、あなた達悪魔から見ると、相性が悪い魔女なのかもしれません」
私の言葉が癪に障ってしまったのか、彼は鼻息を荒くしながら、より一層攻撃を強めてきました。
しかし、防護陣はヒビ一つ入っておらず、私の方にもあまり大きなフィードバックはありません。
「……お待たせしました。これでもう、大丈夫なはずです」
「助かったわ。ちゃっかり強化までしてくれて、ありがとねシルヴィ」
「いえいえ。私にはこれくらいしかできませんから」
「瀕死からあっさり全快させる魔女が何言ってんのよ」
レナさんと笑いあい、二人で立ち上がりながら悪魔を見据えます。
「アイツ、物理攻撃はほとんど効かないのよ。さらに、魔法もあんまり効果がなかったし、アイツの中にあるはずの魔力の核もぐちゃぐちゃで見えないの」
「そうなのですか? だとすると、倒す手段が無さそうですが」
「うん、正攻法は無理だと思う。だけど、あたしには出来なくてもシルヴィには出来る方法があるでしょ?」
レナさんはそう言いながら、私に両手の内側の手首をくっつけるような仕草をしてきました。
「倒せないなら捕まえればいい。そうでしょ?」
「ふふ、分かりました。では、時間稼ぎをお願いできますか?」
「任せて!」
にぃっと笑って見せるレナさんに笑い返し、二人同時に真剣な表情へ戻しながら悪魔へと視線を戻します。
「さぁ、反撃開始よ!!」
「はいっ!」




