547話 魔女様は騙される
唐突に映し出され始めたレナさん達の様子は、どう見ても状況不利にしか見えませんでした。
彼女が対峙している相手は、おとぎ話に出てきてもおかしくないような風貌の悪魔のそれですが、その背丈はレナさんを縦に二人分以上はありました。
そんな巨体を相手にレナさんは、繰り出される魔法をいつものように避けるではなく、何故か全て弾いたり受け止めているのです。
そんなレナさんの後ろでは、倒れてしまっているアンジュさんを介抱するサーヤさんの危機迫った表情も見えます。
その少し手前には、私が持たせていたマナポーションを飲みながらも詠唱を行おうとしているメノウさんがいましたが、こちらも同じくボロボロのセイジさんに守られながら戦っているようでした。
何故そこまで苦しい戦いを強いられているのでしょうか、と思考がズレそうになりますが、それよりも先程ミカゲさんが口走った内容の方が重要です。
「……あなたは、私達がこの城を奪還しに来た魔女だと分かっていたのですね」
「無論だ。魔族領の各地で暴れていた魔女、シルヴィ。君の特徴はあまりにも目立ち過ぎると考えたことは無かったのかね?」
彼の言葉に顔をしかめながらも、バレてしまっている以上はと首元のチョーカーに手を掛けます。
『えぇ!? もう外しちゃうの!?』
「既に私達の正体と目論見は看破されています。フローリア様も、もう隠れている必要は無いかと」
『もう! サキュバスなシルヴィちゃんをもっと舐めまわすように見てたかったのに〜!』
この状況でそんな事をしていらっしゃったのですか……?
良く言えばマイペース、悪く言えば危機感がないフローリア様に呆れそうになりながらもチョーカーを外した私の隣で、実体化をしたフローリア様がぴょんと出現しました。
「よいしょっと! やっぱり戦わなくちゃいけないのね〜」
「……もう一人いたのか」
「はぁい☆ みんな大好き、フローリアお姉さんよ!」
名前を問われるまでもなく、ご自分から名乗り始めてしまうフローリア様。
やはり神様ともなると、どんなに警戒が必要で緊張が走る場面であったとしても、いつも通り振る舞えるほど落ち着いていらっしゃるのでしょうか。
「さて、それで? 君達はどうするつもりかね? 私を殺すかね?」
「……できれば戦いたくはありません。もし希望を聞いていただけるのであれば、このまま投降してくださると嬉しいです」
「お母様は人を傷付けるような悪い魔女ではありません! 言う通りにしていただけるのなら、全部終わるまで捕まってていただくだけです!」
「捕まってて欲しい、か。随分と温厚なことだな」
彼は小さく笑うと、何故か再び玉座に腰を下ろしました。そして、首を少し動かして顔だけこちらに向けると。
「好きにするといい。私の役目は、既に終わっているのでね」
「え……?」
「拘束したいのだろう? ならばするといい。私は一切の抵抗をしないと約束しよう」
そう言った彼からは、魔力の揺れなども全く感じられませんでした。まさか、本当に抵抗もしないまま捕まるつもりなのでしょうか。
……よく分かりませんが、戦わなくて済むのであればそれに越したことはありません。やや懸念は残りますが、先に拘束だけ済ませてしまいましょう。
「それでは、失礼します」
杖を手に、拘束魔法を使用した私をミカゲさんは静かに見ているだけです。彼はその後も物理的にも、魔法的にも抵抗をすることは無く、まるで練習台になっていたかのようにすんなりと拘束させて下さいました。
「あらあら、本当に素直に捕まってくれたのね〜。あなただってミローヴ旧教のトップなんでしょう? それなのに、こんなことしちゃっていいのかしら?」
「構わないとも。それと、何か勘違いをしているようだが……私はミローヴ旧教の宗祖ではない」
「「え……?」」
突然の告白に、私達の思考が一瞬止まりそうになってしまいました。
ダメです! 考えることを止めてはならないと、いつもシリア様にも言われているでしょう!?
彼が今まで言っていた言葉をよく思い出すのです! そこに答えがあるはずです!
無理やりにでも頭を動かし、彼の正体について照らし合わせていきます。
まず、この高齢の男性という外見。これは魔法的な擬態が感じられないことから、間違いなく実際の年齢が反映されているものだと思います。彼の持つ魔力も然りでしょう。
そこで当然のように浮かび上がってくるものは、本当に彼はミローヴ旧教のトップではないのでは? という疑惑です。
魔導連合のトップである、アーデルハイトさん。
魔族を統べる王である、レオノーラ。
魔術師を統率している、プラーナさん。
人間領を治めている王様は本物ではないため、これは除外するにしても、私が知る限りではいずれも相当な力を持っているからこそ頂点に君臨している方々でした。
では、彼は?
私の拘束にすんなりと捕まったミカゲさんは、こう言うのは失礼かもしれませんが、そこまで強くは無い方です。
その彼が、こうして玉座の間にいたと言うことから疑いを持とうとしていませんでしたが、今思い返すと気になる点はいくつかありました。
給仕係のまとめ役の男性は、こう言っていました。
「あの方は魔王様の玉座に対して強い執着心がおありのようですので、お前達も見たことがあると思いますが、就寝と入浴時以外はあの部屋から出ようとしません」と。
それは執着が強かった訳ではなく、玉座の間という特別な場所であるからこそ、中で何をしていても部下である他の魔族の方が立ち入ってこないという利点を有効に使っていたのです。
そのため、こうしてミローヴ旧教のトップではないことを隠しつつ、私達を引き寄せる囮になっていたのでは無いのでしょうか!?
どこから情報が漏れていたのかは分かりません。
ですが、今はそれを考えるよりも先に、シリア様に連絡を取って一刻も早くレナさん達の下へ向かって頂かなくてはなりません!
「フローリア様! 今すぐシリア様達へ連絡をお願いします! 魔王城は囮で、本命は廃神殿だったと!!」
「おっけーよ!」
ポチポチとウィズナビで連絡を取り始めてくださる様子を見ながら、私はミカゲさんへ告げます。
「申し訳ありませんが、全てが終わるまで監禁させていただきます」
「構わんさ。全てが終わる頃には、私も君達も終わっているのだから」
終わっている……?
よく分かりませんが、それが何らかの計画で死を意味しているのだとしたら、尚更止めに行かなくてはなりません。
私は皆さんを連れて玉座の間を後にして、一旦給仕室を経由してから魔王城を後にすることにしました。
当然、魔王様のご友人がいきなり現れたという事で酷く驚かれてしまいましたが、簡潔に事情を説明すると、玉座の間から地下牢へ移動させることと監視しておくことを了承していただくことができました。
ここはもう大丈夫ですね。そう思いながら裏口から出て来た私達へ、合流していたシリア様達から声を掛けられます。
「よくやったシルヴィ。じゃが、如何せん状況は最悪じゃ。よもや、魔王城を囮にされるとはな」
「お姉ちゃん! レナちゃん達大丈夫なの!?」
「分かりません……。あの遠見の映像がいつの物か分かりませんが、今現在も交戦中である可能性は高いと思います」
「せやったら、もたもたしてへんで早う行ってやらんと!」
「うむ。転移を行うが故、皆は妾にもっと寄るのじゃ」
本来はレナさん達を引き寄せるための転移の準備でしたが、すっかり用途が逆になってしまったものをシリア様は起動し始めます。
ですが、このままレナさんのいる場所を指標として転移してしまったら、最悪、戦場の真っ只中に飛び込んでしまうのではないでしょうか。
その考えを読み取ったかのように、シリア様は私に指示を飛ばしてきました。
「よいかシルヴィ。恐らく、妾達の行先は交戦中の廃神殿となる。飛び込んだ瞬間に攻撃される可能性に備え、いつでも結界を張れるようにしておけ」
「分かりました」
「妾達のすべきことは、まずは負傷しておるレナらの救助が先じゃ。シルヴィとティファニーで手当てをしておる間、他の者全員でデカブツを叩いて戦線を立て直す。よいな?」
シリア様の言葉に、全員が頷きます。
私も言われた通りに杖先に魔力を込め、いつでも魔法を放てるように準備していると、足元に広がっていた魔法陣が一際強く輝き始めました。
レナさん、セイジさん、皆さん。今行きますので、どうか無事でいてください……!
向こう側で今も戦っているであろう皆さんを強く想起しながら待っていましたが、唐突に魔法陣が輝きを失ってしまいました。
「あれ? どないしたん?」
シューちゃんを始めとした私達が困惑する中、首を傾げながら前足で何度も地面を叩くシリア様でしたが、やがて顔色を青ざめさせながら私に言いました。
『まずいぞ……。転移妨害の結界が張られておる』




