545話 魔女様は宗祖と接触する
ミローヴ旧教の宗祖と思わしき人物は、かなりご高齢の男性でした。
その事実に驚きながらも、できるだけ平静を装いつつ彼に接触を試みます。
「失礼致します、ミカゲ様」
とりあえずは、名前の確認から入ってみましたが、訝しまれたり訂正されなかったことから、彼が先ほど給仕室で名前の挙がっていたミカゲという方で間違いは無さそうでした。
そのままゆっくりとワゴンを押し進め、次の質問をさりげなく投げかけようとしていたところへ、ミカゲさんから先に声を掛けられてしまいます。
「待て」
「はい……?」
言葉通りに足を止めた私を見る目を見て、警戒されてしまっていることに気が付きました。
今のところ、特に何かを間違えたことはないはずですが、私に協力してくださっていた方が知らない間に、新しい作法などが盛り込まれてしまっていたのでしょうか?
「君は、今までに見ない顔だな。サキュバス族にしては、デフォルトの魅了魔法も弱い珍しい個体だ。今までどこにいたのかね」
どうやら、作法などでは無く私個人に対する興味のようです。
ここは事前に用意していた回答を使わせていただきましょう。
「お察しの通り、私はサキュバス族として生を受けたにも関わらず、サキュバスとしての本懐を果たせない劣等個体です。ですが、そんな私の外見と料理の腕をレオノーラ様に買っていただき、こちらへ従事させていただいております」
「ふむ。君もまた、見た目で雇われた口か」
「お恥ずかしながら……。続けさせていただきますと、私は先日まで、宗教都市カイナで生産されている時計が欲しいと言うレオノーラ様の命を受けて、カイナへ買い付けに行っておりました。そのため、魔王城の主がミカゲ様へ代わっていたことも含め、つい先ほど知ったばかりでございます」
これはミオさん達と想定していたものです。
実際にレオノーラは、自分が忙しくて各地の視察に行けない時や、気になる商品の情報は仕入れたけど買いに行けないといった時に、部下である給仕の方々に命令を出して現地へ向かわせることがあったそうです。
その間、基本的には魔王城などで起きた出来事が把握できず、帰還した際にまとめて情報を共有されることが日常茶飯事だったのだとか。
流石に連絡用の魔石ともなると高価な代物ですし、役職も無い一個人に貸し出せるほど財政的に余裕は無いとのことだったので、私が不在で疑われることはまず無いでしょう。
その想定通り、彼は私個人への追及はしてこなくなりましたが、代わりにと別の問いを投げかけてきました。
「今では私がこの城の主な訳だが、君は私に忠誠を誓ってはいない。これはひとえに、私を主とは認めていないということに外ならない……違うかね?」
これも想定の通りです。
始めに私が、ミオさん達が普段から主であるレオノーラのことを“魔王様”と呼んでいることに対し、“ミカゲ様”と呼んだことで生じた問いです。
これにも理由があるため、それを提示することにしましょう。
「……大変失礼であることは重々承知しておりますが、今現在でも、私の主はレオノーラ様ただお一人だけです」
私はティファニーをそっと抱き寄せ、声に少しだけ悲哀を含めながら続けます。
「身寄りも無く、劣等個体であることからまともな職に就くこともできなかった私達に、レオノーラ様は手を差し伸べてくださいました。いついかなる時でも、強く、気高く、そして平等に扱ってくださったその姿こそ、我々魔族を率いるに相応しい王であり、私達が生涯を通じてお仕えするお方であると考えております」
「だが、その主はもういないのだぞ?」
「いいえ、レオノーラ様は必ずやお戻りになられると信じております。これまでも、幾度となく降り注いできた困難も打ち払って来たお方です。今はどこかへ囚われてしまっているとお聞きしておりますが、最後には、この城の主は自分であると証明していただけると思います」
真っ向から“あなたは私の主では無い”と否定した私を、彼は品定めするかのように凝視しています。
最悪の想定では、この時点で「君がどう考えようと、君の主はこの私である」と力づくで教えてこようとしてくるパターンだと思っていますが、果たしてどうなるのでしょうか……。
やや緊張が走る時間が過ぎていきますが、それも長くは続きませんでした。
ミカゲさんはふっと肩の力を抜くと。
「健気なことだ。まぁ、それも時間の問題だがな」
と言い、手でお茶を運んでくるように指示してきました。
ひとまずは、即座に戦闘が行われるような事態にはならなかったようです。
あとはどれだけ、この方から情報を引き出しつつ、皆さんが合流するまでの時間を稼げるかに懸かっています。
私は小さく頭を下げてから、彼の下へワゴンを押していき、玉座の袖机にお菓子とお茶を用意することにしました。
入るまではまだ温かかったティーポットもすっかり冷めてしまっていて、淹れ直しを提案してみるも、「これはこれで味があるから構わない」との答えがあったため、そのままお出ししました。
その後も、普段レオノーラにお茶をお出しする時のミオさん達の作法を真似て、一歩引いた場所で静かに待機しながら、彼の魔力や雰囲気などから情報が得られないか観察を続けます。
彼自身の魔力は、魔族と言うこともあって闇属性への適正が高めではありますが、魔力の質や量だけを見るならばエルフォニアさんの方が遥かに上回っているように見えますし、言ってしまえばティファニーと同程度では無いでしょうか。
ですが、それは魔力だけに絞った場合であって、ミカゲさんからは何か別の力を感じます。
上手く言語化することができないのですが、私が使う神力や、レナさんの異質なあの憎悪の力とはまた違う、酷く淀んだ嫌な感じの力です。
これがミローヴ旧教が扱うという、邪神降ろしの力なのでしょうか……。
「……何かね?」
「えっ?」
唐突に彼からそう問われ、やや上ずった声が出てしまいました。
気恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じつつも、失礼が無い程度に訂正するために言葉を選びます。
「し、失礼いたしました。普段はレオノーラ様のお茶の時間は、お傍で待機しながらお話の相手をさせていただいておりましたので」
「そうか。君は本当に、あの愚かな魔王を慕っているのだな」
「はい。もし叶うのなら、今すぐにでもレオノーラ様にお会いしたい気持ちです」
場所も安否も分からないため、それも叶いませんが。そう小さく付け足した部分もしっかりと聞いていただけたようで、ミカゲさんはティーカップのお茶に映る自分の顔を見ながら、私の言葉を拾い上げました。
「ならば、今からでもワンドへ向かうがいい。君一人で何かが変わるとは到底思えないがね」
「ワンド、と言いますと……。リベラレスタ領の中でも、特に魔素が濃いとされている地域でしょうか」
「そうだ。君は中々、地理に詳しいな」
彼は静かに頷き、くいっとティーカップの中身を口に含みます。
空になったそれを注ぎ足すべく、ポットを手に取った私にミカゲさんは続けました。
「生憎、私はあの魔王のように人当たりも良くなければ、話すのも好きではない。だが、君達に黙って見られているだけというのもまた、居心地が悪い。……面倒だが、君が慕う魔王と我々の話でもしてやろう。主の話し相手をするのも、君の仕事なのだろう?」
「はい。お望みとあれば」
ミカゲさんはちらりと私を一瞥しましたが、すぐに視線を逸らして、ゆっくりと語り始めました。




