544話 魔女様は潜入する
レオノーラに城内を案内してもらった時の記憶を頼りに、給仕の皆さんが使用していた裏口から魔王城へ潜り込むと、城内は混乱に満ちていました。
「どうしよう!? 魔女がもうここまで攻めてきてるって!!」
「あぁ! こんな時にレオノーラ様がいらっしゃったら!」
「ミカゲ様があんなことをしなければ、魔女も攻めてこなかったのに!」
「きゃあ!? また爆発が聞こえたわよ!?」
「お、落ち着きなさい! 魔王城への外部攻撃はある程度無効化されます!」
スーツ姿の魔族の男性が、慌てふためく給仕の女性魔族達を安心させようとしましたが、その直後に魔王城を襲う爆音と振動が発生し、いよいよ彼も慌て始めてしまいます。
この様子から、シリア様達が相当派手に暴れてくださっていらっしゃるのでしょう。私達も、早速行動を始めなければなりません。
私達は買い物を任されていたように演じながら、彼らの下へ歩み寄ります。
しっかりと、外の混乱から逃げ帰って来たと言わんばかりに慌てながら、です。
「た、ただいま戻りました! 外はもう、大変なことになっています!」
「あちこちで火の手が上がっていました!」
「よく無事で帰って来てくれました! こんな時に買い物なんて行かせてしまって申し訳ありません! ミカゲ様もなんだって、こんな時にこんなものを所望されていらっしゃるのか……」
彼に手渡した物は、全体的に甘いお菓子類です。
これは魔王城内で協力してくださっている給仕係の方と交代して、私達が預かって来たものです。
彼は受け取ったお菓子を適当に取り出し、彩りが悪くない程度にお皿に盛り付け始めました。
「すみませんが、お茶の用意をお願いできますか!? 角砂糖は多めにセットしてください!」
「分かりまし――きゃあ!!」
またしても魔王城を襲う振動に、私も怯えてみせます。
ズズン、と城全体に響く重い振動が続いていますが、本当に崩れてしまうのではないかと不安になってきました。
慌てる演技を忘れないようにしながらも、ティーポットにお茶を用意してワゴンに乗せます。
用意が終わったことを告げると、彼はお菓子がこんもりとのせられたお皿をそこに乗せ、私達に手を合わせながら頭を下げてきました。
「申し訳ありませんが、これをミカゲ様に届けてきてください! 本当ならミオ様達がいない以上、私がやらなくてはならないのですが、逃げてしまった給仕の分の穴埋めで手が回らなくて!」
「お任せください!」
「分かりました。その、ミカゲ様……は、今も玉座の間でよろしかったでしょうか?」
「はい。あの方は魔王様の玉座に対して強い執着心がおありのようですので、お前達も見たことがあると思いますが、就寝と入浴時以外はあの部屋から出ようとしません」
「ありがとうございます。では、届けてきます」
「よろしくお願いしますよ!」
私達は彼に小さく会釈をして、ワゴンを押しながら玉座の間へ向かうことにしました。
「凄く暴れていらっしゃいますね、シリア様達」
「そうですね。おかげで、城内にほとんど魔族の方を見かけません」
玉座の間へ向かう道中で、私達がすれ違った魔族の方は片手で数えられるほどでした。
去年にレオノーラに連れてこられた時は、廊下やあちこちで給仕係の方とお会いしていましたし、魔王城内も温かみのある雰囲気がありましたが、今はそんな様子は一切なく、冷え切った雰囲気と陰鬱な空気が漂ってきています。
家主となる方が変わるだけで、家という物はここまで顔を変えるのですね。
そう感じていた私の心境が伝わってしまったのか、ティファニーが私のスカートをキュッと掴みながら距離を詰めてきました。
「……大丈夫ですよ。次に来る時は、きっとティファニーも好きな雰囲気になっていると思いますから」
ティファニーの不安を拭えるように、優しく微笑みかけます。
ですが、その直後に不安を煽るかのように、再び城内にシリア様達による攻撃で発生した振動が襲いました。
何ともタイミングが良くありません。と苦笑しながらお茶やお菓子が零れないように押さえていると、いよいよ玉座の間の大扉が間近に迫って来ていました。
『いよいよね~、シルヴィちゃん』
「はい。この中に、ミローヴ旧教の主導者がいらっしゃるのでしょう」
名前は恐らく、ミカゲという方だと思います。
どんな方かは分かりませんが、少なくとも私にとっては、レオノーラを奪っていった敵と言うことになります。
『シ~ルヴィ、ちゃん! 顔が怖ぁくなってるわよ?』
フローリア様にそう指摘されてしまい、慌てて自分の顔を揉み解すように両手でこねます。
いけません。まずはどのような方であれ、話し合いを試みて相手の考えを理解しなければならないと、シリア様に言われたばかりでした。
「ありがとうございます、フローリア様」
半実体時のシリア様のように、私の隣でふわふわと浮かびながら親指を立てる彼女にお礼を言い、深呼吸をしてから玉座の間の大扉を強めにノックします。
「……失礼致します、お茶をお持ちいたしました」
私の呼びかけから数秒経って、中から低めの男性の声が返ってきました。
『入りたまえ』
その声と同時に、大扉が音を立てながらひとりでに開いていきます。
それに合わせて、まずはここに仕える給仕としてのお作法通りに、深く頭を下げながら待機します。
完全に開ききったのを感じ取り、ゆっくりと頭を上げて声の主を確認すると、そこには――。
『あら~。随分とお爺ちゃんなのねぇ?』
頬は痩せこけ、お世辞にも健康的とは言い難い細身の老人男性の姿がありました。
あの方が、ミローヴ旧教の宗祖なのでしょうか……。




