541話 魔女様は見つめ直す・後編
シューちゃんの疑問は、当然の内容でしょう。
ミオさん達はそれをやることでお給料が発生するから、率先してこなしています。
では、私は?
毎日朝早く起きて、皆さんの朝ごはんを作って、洗濯物を干してから診療所を開業して、お昼前にまたお昼ご飯の支度をして、診療所の様子を見ながらおやつも準備して、夕飯までの少しの時間で鍛練や座学をしていただき、疲労のある体で夜ご飯の支度をして、お風呂も最後に入って掃除をしてから一日を終えます。
これだけ並べてみると、確かに私の負担は大きいように感じられます。
一般家庭の専業主婦と呼ばれる方々も、日々同じような内容をこなしていると聞いたことがありますが、私は別に家庭に入った訳でも無ければ、彼女達のように誰かに嫁いで養っていただいている身でもありません。
それなのに、こうして毎日皆さんのためにできるのは何故か。
改めて考えてみると、明確な理由がすぐには出てきませんでした。
私が食事の準備を放棄しても、日々のポーションや診療代でペルラさんの酒場や街での外食をすればいいだけですし、私が掃除や洗濯をしなくなったとしても、シリア様やレナさんあたりが代わりにやってくださるでしょう。
「シルヴィちゃん?」
ぼんやりと天井を眺めながら、いい機会なので自分を見つめ直します。
私がやっていることは全て、別に私である必要はない物がほとんどです。
ポーションや診療所は私にしかできないので、これを放棄することはできませんが、その他全ては先ほども考えた通り、私がやる必要はありません。
では何故、そうと分かっていながら、自分の時間をここまで削ってやっているのか。
温かく心地よいお湯の温度と、頬を撫でる湯気を感じながら整理していると、やがて一つの答えを導き出すことができました。
「……好きだから、でしょうか」
「好き?」
何を言っているんだろう、とでも言いたげなイントネーションで返してきたシューちゃんに向き直り、エミリの頭を優しく撫でながら続けます。
「私がご飯を作ると、エミリとメイナードは毎日喜んで食べてくれます。洗濯し終わったベッドのシーツや服をレナさんとティファニーに渡すと、お日様の匂いがすると嬉しそうに顔を埋めていることがあります」
「診療所が綺麗だと、来てくださった方々から清潔感があって良いと褒めていただけます。お風呂が適温だと、フローリア様は良いお湯だったと楽しそうにしていらっしゃいます」
「そんな毎日を終える時、シリア様は今日も良く頑張ったと私を評価してくださいます」
そこで言葉を切り、ふっと柔らかくシューちゃんに向けて微笑みます。
「私がやったことで、誰かが笑ってくれる。日々の私を見て、褒めてくれる方がいる。たったそれだけでも、私にとっては十分な報酬なんです」
塔にいた頃は、そうしなければ生きていくことができなかったからが理由でした。
でも今は、そうすることで誰かの笑顔が見られるから、に変わっていたのです。
私の回答を聞いたシューちゃんはしばらく沈黙していましたが、やがて脱力するような笑みを浮かべて言葉を返してきました。
「なんやそれ。無償の愛ってやつやん。あんたは聖母かなんかになりたいん?」
「そんなつもりはありません。私は、人が喜ぶところが見たいのです。つまるところ、ただのエゴなのかもしれません」
「そないなエゴがあってたまるかい!」
ビシッ、と手の平でツッコミを受けてしまいました。
そんな様子を、シリア様が楽しそうに笑います。
『くふふ! まぁ、シルヴィにとってはそれだけでも十分なのじゃよ。他者との交流だけで喜びを見出せる、と言うのは稀有な長所やも知れぬぞ?』
「せやけどなぁ……。あー、うちには分からへんわぁ」
そう言いながら、シューちゃんはゆっくりとした動作で立ち上がりました。
すっかり忘れていましたが、一糸纏わぬその姿が再び視界に入り、私は慌ててエミリの目を塞ぎます。
「しゅ、シューちゃん! 上がるなら上がると言ってください!」
「なんでや! 上がるも上がらへんもうちの自由やん!」
「ならタオルで隠してください!」
「うちの裸は見られて恥ずかしい所なんてどこにもあらへん! ほら、よう見てみぃ!」
「お姉ちゃん、見えない……」
「え、エミリは見なくて大丈夫です!」
「わたしもシューちゃん見たいのにー!」
「せやろ!? ほな、今その手をどかしたるからな! うりゃっ!」
「ひゃあっ!? どっ、どどど、どこ触ってるんですかシューちゃん!?」
「こうしたら、手でそっちを隠さないけへんくなるやん? うち天才やな! ほら、たんと見てやエミリちゃん! これがブレセデンツァ領の領主サマの裸やで!! お姉ちゃんとどっちがええ!?」
「なっ!? 何聞いてるんですか!? って、きゃあああああ!?」
「そないな風にタオルで隠されたら判断できひんやろ!? ほら、うちの隣に並び!」
タオルも剥がされ、腕をグイっと引っ張られてシューちゃんの横に並ばされてしまいます。
片手で隠すには限界があり、もじもじとしてしまう私の裸姿を、エミリはじっと見つめていました。
「ちょ、ちょっとエミリ!? そんなまじまじと見ないでください!!」
「ほなエミリちゃん、どっちがええ!? やっぱうちやんなぁ!?」
エミリは私とシューちゃんを数度見比べた末に。
「やっぱりわたしはお姉ちゃんの方がいい!」
「ガーン!? そんな殺生なぁ!!」
私の腰回りをぎゅっと抱きしめてきました。
選んでくれたことへの嬉しさはありますが、恥ずかしさでそれどころではなくなってしまっていると、シリア様がおかしそうに笑いだします。
『くふふ! ほれ、湯冷めする前に上がるぞ』
挙句、巻き込まれなかったご自分だけそそくさと出て行ってしまいました。
シリア様は他者との交流だけで喜びが見いだせると仰っていましたが、今の私はそんなことは無さそうでした。




