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536話 異世界人は気に入られる

 レナさんとシュタールさんの戦闘が始まって、もう少しで二十分とちょっとが経過します。

 私達が最後に見たのは、シュタールさんの回し蹴りを受けてしまったレナさんが、遠くに見えていた岩肌に飛ばされていった瞬間でしたが、あれから数えると恐らく五分弱でしょうか。

 途中でレナさんがあの黒い力を使った気配はあったのですが、今ではその力の気配も無く、飛ばされてしまったであろう方角も静けさを取り戻しています。


 レナさん、大丈夫でしょうか……。


 私の不安な気持ちが伝わってしまったらしく、ティファニーが私のローブをきゅっと握りしめながら見上げてきます。


「お母様」


「……。大丈夫ですよ、レナさんなら。きっと」


 彼女の頭を優しく撫でる手は、いつもより緊張で強張ってしまっていました。

 それでも、気づかれないように必死に抑え込もうと努めているところへ、肩に体を預けていたシリア様が小さく呟きました。


『帰って来たぞ』


 その声に明るさは無く、警戒心が強いものでした。

 その短い言葉だけで、レナさんに何があったのか。そして、勝負はどうなっていたのかを察してしまいます。


 嘘であって欲しい。

 そんな可能性を信じたくない。


 そう心は叫びますが、視界から得られる情報を、私の脳は正しく私に伝えようとしてきます。

 ――ブレセデンツァ領の領主、シュタールさんに担がれてレナさんが姿を現した、と。


「レナちゃん!!」


 フローリア様の悲鳴に近い呼び声に反応して、シュタールさんがこちらへ笑顔を向けます。

 その体にはほとんど傷は無く、レナさんが完敗してしまっていたことをありありと示していました。


「心配しいひんでも、この子は死んでへんで」


 命を取るつもりは無かった。それはつまり、彼女を交渉材料として、私達をこの場から去らせるがためのものなのでしょう。

 このブレセデンツァ領を通れないとなると、魔王城到着までの日数が増えるだけではなく、魔族領へ与える混乱の規模がかなり縮小されてしまうことになります。


 そうは言っても、今はレナさんの安全が最優先であるため、彼女の言葉に従う外は無いでしょう。


 そんなことを考えていた矢先、シュタールさんは私をビシッと指さしてきました。


「あんたがこの子に魔法を掛けた、シルヴィって子でおうてる?」


 おうてる……? その単語自体は分かりませんが、前後の内容から恐らくは、レナさんに魔法を掛けたのは私かどうかと言うことを尋ねているのでしょう。


「はい。私がシルヴィです」


 すると、シュタールさんは手のひらを返し、指先でクイクイと引き寄せるようなしぐさを取りました。

 これは、こちらへ来いという意味でしょうか。


 一度他の皆さんの方へ向き直り、確認を行おうとした私へ、即座にシュタールさんから声を掛けられます。


「別に取って食おうやら考えてへんで。あんたに聞きたいことあるだけや」


『恐らくじゃが、言葉通りの意味じゃろう。何かするならば、既に事を起こしておる』


「そう、ですね。仰る通り、敵意は無さそうに見えます」


 私はシリア様に頷き、皆さんの下を離れてシュタールさんの方へと足を向けました。

 程なくして私とシュタールさんの間の距離が無くなり、あと数歩で彼女に触れることすらできてしまいそうなくらいに歩み寄った私へ、シュタールさんが肩に担いでいたレナさんを差し出してきました。


「あんた、治療得意なんやろう? 早うこの子診たってな」


「はい」


 レナさんを預かり、その場にそっと寝かせます。

 外見的な傷はあまり無く、日頃のメイナードとの鍛練が終わった時と大差ないようにも見えました。強いて言えば、後頭部を強打された跡があるくらいでしょうか。

 彼女の体に手をかざして内面を調べてみても、身体的な疲労が大きく蓄積しているだけで、内側から負傷しているような怪我はありません。


「どないかいな? えらい手加減はしたつもりやけど」


「目立った怪我は無さそうですので、少し治癒魔法を使うだけで大丈夫だとは思います」


「そっか! そらよかったわ。途中までは良かってんけど、最後の最後でちょい本気出さないけへんくなったさかい」


 シュタールさんは「見てやこれ!」と言いながら、背中に担いでいた大剣を軽く地面に突きさし、ある部分を指で示しました。

 その大剣は深海を切り取ったかのような刀身と、片方にだけついている鋭い刃が特徴的な平たい物でしたが、彼女が示している部分だけが、何かに抉られたかのように半円を描いて欠けてしまっています。


「その子のよう分からへん力に当てられて、こないになってもうたんやで。今まで、どないな敵を相手にしても刃こぼれ一つしいひんかった丈夫な剣やのに」


 本当にショックだったのか、シュタールさんはその場にへなへなと座り込みながら、愛用していたらしい大剣に縋りついていました。

 素人である私から見ても、かなりの耐久性を誇っていそうな一振りに見えますが、レナさんのあの憎悪の力には耐えられなかったようです。


『……む? シュタールとやら、これはただの剣では無いな?』


 肩から降り、彼女の持つ剣と抉られてしまっている部分を見つめていたシリア様が口を開くと、シュタールさんはきょとんとした顔を浮かべました。


「シルヴィちゃん、今なんか言うた? なんか口調がちゃうように聞こえたけど」


「ええと、今のは私では無く」


『妾じゃ』


 自身の存在を主張するように、レナさんの上に座って見せたシリア様を見て、シュタールさんが心底驚いたような声を上げました。


「ほぎゃぁ!? 猫が一人前に、人の言葉喋ってる!?」


『妾は猫では無い!!』


「いや、猫やん! どっからどう見ても猫やん!」


 少し懐かしさを覚えるやり取りですが、少なくともシュタールさんはシリア様が発している言葉を聞きとることはできるようです。


「こちらは私のご先祖様であり、【魔の女神】であるシリア様です。今は、訳あってこのように猫の姿を取られています」


「【魔の女神】? これが?」


 これ、と失礼な扱いを受けてしまったシリア様をなだめながらレナさんの治療をしていると、シュタールさんは私を――正確には、私の中にある魔力を見てどこか納得した様子を見せました。


「ほんまや。ほんまにあんたの中に、神様の力が宿っとる。ははーん……それでこの子からも、ちょいとだけけったいな力を感じた訳や」


 レナさんから感じた力は恐らく別物だとは思いますが、敵である彼女に詳しく説明する必要も無いと思いますし、ここは私の物と言う事で黙っておきましょう。

 シュタールさんは一人で「なるほどなるほど」と頷いていましたが、やがて何かを思いついたかのように質問してきました。


「あんた達、ほんまにあのめんどい連中を倒すつもりなん?」


「はい。ミローヴ旧教の方々からレオノーラを救い出し、魔王城を奪還することが目的です」


「へぇ……。アレを名前で呼べるくらい、あんた達は仲がええんや?」


 仲がいいかと聞かれると、仲の良さという物がまだよく分かっていない身としては答えづらいものがあります。

 ですが。


「私は、レオノーラとは友達だと思っています」


 これだけは確信を持って言ってもいいと思います。

 私とレオノーラは友達で、魔王と魔女という垣根を越えて付き合える関係なのだと。


 私の回答に静かに頷いていたシュタールさんは、「ほんなら」と言いながらすくっと立ち上がると。


「うちはその子気に入ったさかい、その子に協力したってもええで」


 レナさんを指で示しながらそう言ったシュタールさんの言葉の意味が、すぐには理解することができませんでした。

 そんな私に、彼女はにひっとレナさんが時々する笑い方をしながら、もう一度言います。


「そやさかい、協力したってもええでって。うちにも一枚、噛ましてや」

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