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535話 異世界人は試される 【レナ視点】

 正直に言うと、今日ほどメイナード(アイツ)に相手をしてもらっていて良かったって思ったことは無かったかもしれなかった。

 それくらい、この領主の人の攻撃は速く、どれもが重い一撃だ。


「あんた、凄いなぁ! あんたくらいの歳で、こないに戦えてる子は初めてやで?」


「それはどーも!」


 京都の方言を使うこの人にちょっと懐かしさを感じるけど、感傷に浸ろう物なら即座に真っ二つにされかねないわ。何で京都弁なのかは分からないけど、今はこの人に一撃を当てることに集中しなきゃ。


 全神経を極限まで研ぎ澄ませて、この人が振るう刃を躱しながら攻撃する隙を探す。

 上段の薙ぎ払いからの、身を翻した叩きつけ。その瞬間にほんの少しだけ隙はあるけど、狙いに行ったが最後、尻尾に手か足を掴まれてゲームオーバーが決まるんだと思う。


 だからここじゃない。他よ、他。

 アイツも毎日のように言ってたじゃない。勝負は常に、勝ちを急いだほうが負けるって。


 冷静になるために少しだけ距離を取りつつ、相手の隙を探りなおす。

 幸い、スピードだけならシルヴィの支援を貰ってるあたしの方が僅かに上だから、躱すことに専念するなら今のところは問題は無い。

 でも、攻め込もうとすると話が変わってくるのよね。振り切ったはずの隙を攻めようとしたら、神速と言ってもいいレベルで手元に引き戻して迎撃してきたし、人間ができる動きを遥かに超えてるようにも思えちゃう。


 どうやったらあの大剣を、あんな軽々しく振り回せるんだろう……。

 そんなことを考えていると、考える隙なんて与えないと言わんばかりに、あたしの顔を狙って下からの袈裟切りが襲って来た。

 体を逸らして避けると、当然のように、今度は返す刃で上からの振り下ろしが来る。これはとても避けようがないから、フローリアの加速の力を使って体に負荷を掛けつつバク転の態勢を取り、右足で蹴り飛ばして軌道を逸らした。


「ほんまにおもろい子やで。今のに追いつけたんは魔王様以来とちゃうかな」


 ニッコリと笑いながら、あたしを褒めてくれる領主さん。

 その言葉通りに受け取っていいなら喜ぶべきなんだろうけど、これは褒めている訳じゃない。


 “この程度までなら、まだ死なないでくれる”


 そう。あくまでも、まだ自分が優位に立っていることが揺るがないことからの言葉。

 だから、あたしはまだまだナメられてるってこと。


「へぇ!? じゃあ、魔族の領主も大したことないのね!」


「そうかもしれへんね。うちに勝てたら、魔王様に領地を貰うてもええんとちゃう?」


 体勢を整えようと後ろに跳んだあたしの眼前に、笑顔を崩さない領主さんの綺麗な顔が迫る。

 視界の端に映る、首元狙いの凶刃の煌めき。この間合いと速度はヤバい、間に合わない!

 焦りから顔が引きつるあたしに、領主さんはスッと目を開けて、囁くように言った。


「勝てたら、の話やけどなぁ」


「……おぐっ!? ああああああああああああああっ!?」


 剣はブラフだった。

 首元を防ごうと魔力を集中させながらガードの構えを取っていた私の脇腹を、剣から手を離した領主さんの鋭い回し蹴りが抉り、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。


「レナさん!!!」


「「レナちゃん!!」」


「がふっ……! げっほ、ごほ!!」


 切り立った岩肌に激しくぶつかったあたしの体が、重力に引かれて地面へと落下する。

 全身が軋むように痛い。あんな速度で岩肌に激突したんだから、骨なんてバッキバキなんじゃないのこれ?

 むせながら腕に力を込めてみると、あたしの体は「痛いだけだから大丈夫」と教えてくれた。


 ……いやいや、痛いけど大丈夫って何よ。地球だったら即死よ今の。

 何度も魔法には助けられてるけど、改めて魔法と言う存在のありがたみを噛みしめながら立ち上がったあたしの視界の先には、パチパチと拍手を送りながらゆっくりと向かってくる領主さんの姿があった。


「今のはちょい本気でやったんやけど、まだ起き上がれるなんてほんまに凄いなぁ。あんたが凄いのか、あの魔女の子凄いんか……どっちかな」


「けほっ……。あたしも、これでも魔女なんだけど」


「そうなん? せやけど魔女にしては、えらい魔力ちっちゃいなぁ。成長途中なん?」


 さっきまでの殺意は無いみたいだけど、返答によってはあたしじゃなくてシルヴィが狙われかねない。

 如何に防御に特化してるシルヴィとは言え、見えない攻撃には対処できないだろうし、万が一防げなくても死なないって言ってたけど、それは死なないだけであってダメージが入ることには変わりはないんだと思う。


 ……何としてでも、あたしから興味が外れないようにしないと。


「魔王を捕まえた奴と戦わなきゃいけないのに、こんな途中で全力出せる訳がないでしょ」


 やや挑発的に、まだ本気を出していないことをアピールしてみる。

 実際、まだ魔力反転のアレは使って無いし、奥の手があることには変わりはない。

 狙う隙が無さ過ぎて、降り注げ桜吹雪(ブロッサム・レイン)という大技も使えてないのもある。


 嘘は言っていないわ。うん。


 強がりと思われてそうだけど、精一杯の挑発を込めた半笑いを向けていると、領主さんはあたしを見ながらきょとんとしていた。

 それから間もなくして、顔を俯かせると。


「……っく。くふっ、ふっふふふふ! あっはははははははは!!」


 堪えきれないと言わんばかりに爆笑を始めた。

 天を仰ぎながらお腹を押さえ、挙句には目尻に涙を浮かべて心底おかしそうに笑い続けるその姿に、あたしはちょっとだけイラっと来てしまった。


「な、何よ。嘘は言ってないわよ」


「あっは! あっははははは! いやぁ、堪忍な! この期に及んで、こないな冗談言える肝っ玉座った子やとは思わへんかったさかい!」


 領主さんは苦しそうにヒィヒィ笑っている。

 ……今なら、お返しに全力で殴り飛ばせるんじゃないかしら。とか思わなくもないけど、それはそれでなんかズルをしてるようで嫌だった。


「いやぁ……ほんにおもろい子やわぁ。こないな出会い方してへんかったら、酒盛りでもして仲良うなりたかったで」


 残念そうに言った領主さんは、今まで絶やすことの無かった笑みを引っ込めて、真剣な表情を浮かべた。


「そやさかい、最後にあんたの全力をうちに見してや。さっきの言葉が嘘とちがうって分かったら、あんたのこと認めたってもええよ」


 この言い方から、あたしは領主さんと自分の実力の差を思い知らされてしまった。

 たぶん、あたしが憎悪の力を使おうと何をしようと、この人には勝てない。

 悔しいけど、この人は本当に……強い。そしてあたしは、まだまだ弱い。


 圧倒的な力の差に、悔しくて涙が出そうになる。

 でも、ここは泣くところじゃない。むしろ、誇るべきなんだ。

 本当なら、負けたあたしなんか気にしないでシルヴィ達を追い返すところを、ここまで譲歩してくれてるんだから。


 だったら、あたしが今やるべきことは一つだけ!!


「お? 急にええ顔になったなぁ。あんたの本気、見してくれるんかいな?」


「お望み通り、見せてあげるわ。それでもし、あんたがあたしを認めてくれるなら……シルヴィ達を通すって約束してくれる?」


「あは! 友達思いのええ子やなあんた! ええよ、うちのお眼鏡にかなう力を見してくれるんやったら約束したる」


「ありがとう。それが聞けて安心したわ」


 スゥーっと息を大きく吸い、ゆっくり吐き出す。

 そして、次の一撃に全力を賭すべく、憎悪の力を勢いよく燃やし上げる。


「魔力反転――憎悪に舞え、墨染ノ桜!!」


 あたしから噴き出る真っ黒な桜の渦を見た領主さんは、ここに来て初めて驚いた様子を見せた。


「はぁー……何なん、そのえらい真っ暗で嫌な感じの力。魔法ともまたちゃうよね?」


「れっきとした魔法よ。【魔の女神】様が禁止した呪われてる魔法らしいけど」


「呪いやなんて、また怖い物を引っ張って来たなぁ」


 そんなやり取りをしている間に、あたしの方の準備が終わる。

 ちょっとした踊り子みたいなひらひらとした衣装に着替えたあたしを見て、領主さんが感嘆の声を上げた。


「これまた、えらい可愛ない? びっくりしたわー」


「どーも。でも、可愛いだけじゃないってことを、これから見せてあげるわ」


 体の調子を確かめるように、その場で軽く体の柔軟をしてみる。

 ……うん。ちょっと痛むけど、この程度なら全然問題は無さそうだわ。本当に、シルヴィには感謝しないとね。


 そのまま臨戦態勢を取ると、領主さんも大剣を構えなおした。


「ほな、あんたの全力とやらを見してもらおかな」


「それじゃ、遠慮なくっ!!」


 あたしは勢いよく、領主さんへと向けて飛び込んでいく。

 作戦なんて何もない。とにかく一撃を当てる。そう、ただ一撃でいい。

 あたしの全力の籠った一撃が、あの人に届くのなら……!!

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