531話 魔女様達は休憩をとる
その後も魔族領内を北東へと進みながら、各地で同じように破壊活動を演出してもらい、おおよそ六つの町で被害が出ていることを演じ終えた頃、唐突に私のウィズナビに着信がありました。
「はい、シルヴィです」
『随分と派手にやっているな、【慈愛の魔女】』
通話をかけて来たのはアーデルハイトさんでした。
シリア様から彼へ情報を共有するように指示があったため、これまでの経緯を全て話しましたが、彼の方でもある程度は情報を追えていたらしく、特段驚かれることはありませんでした。
『あぁ、現地の魔女達から聞いている。それよりも、お前に伝えておくことがある』
「何でしょうか?」
『早速、魔王城に動きがあったぞ』
魔王城での動き。それが示すものは、各地で暴れている私への対策を始めようとしているのでしょう。
思っていたよりも早かった気がしますが、皆さんが張り切って想定以上の演出を繰り返しているので、無理も無いかもしれません。
「具体的な内容は分かりますか?」
『今のところは被害状況の把握にと、各地へ使いを飛ばしているらしい。実際に街の状態を確認した上で、脅威度を計りたいのだろう』
『ふむ……。ならば、こちらからも打って出るべきじゃな。メイナード、頼むぞ』
『かしこまりました』
シリア様から指示を受けたメイナードが、私の肩から飛び立っていきます。
恐らくは、その使いの方を直接倒すことで確認をできなくさせるおつもりなのでしょう。
「今、使いの方を先んじて倒してしまうようにとメイナードにお願いしました」
『ふむ。カースド・イーグルを従えているという情報までは入るかもしれないが、街の状況を確認させないのは良い手だな。シリア先生か?』
「はい」
『そうか、なら問題は無いだろう。それで、お前達は明日も続けるんだな?』
「はい。手筈通りにこのまま東へと進んで、魔族領中央部にある“ブレセデンツァ領”へ入るつもりです」
『ブレセデンツァ領か。確か、領主からの協力は仰げてないんだったな? 大丈夫なのか?』
「ご心配ありがとうございます。もしかしたら交戦になってしまうかもしれませんが、その時は事情を話して協力していただけないかお願いしてみるつもりです」
『分かった。一応、現地の魔女にも連絡は付けておくが、無理はするなよ』
「はい」
そこで通話が切れ、アーデルハイトさんからの連絡の内容を皆さんに共有します。
すると、ミナさんがめんどくさそうな声を上げました。
「あ~、そう言えばそうですね。シュタール様はちょっと面倒かもしれません」
『そのシュタールとやらが、ブレセデンツァ領の領主なのか?』
シリア様の問いに、ミオさんが答えます。
「はい。現ブレセデンツァ領の領主であられる、シュタール=ブレセデンツァ様です。魔族領内でも珍しい女性の領主様でいらっしゃいますが、何かにつけて魔王様へ牙を剥いては勝負を仕掛けてくるお方です」
「魔王様の政務が滞る理由のひとつでもあるんですよねぇ。実力は本当に高いので、如何に魔王様と言えども手を抜くと負けてしまいかねませんし」
「以前は、領地の収入が芳しくないと叱責されたことに対する腹いせにと、魔王様へ玉座を賭けた勝負を挑まれていらっしゃいました。結果は魔王様の圧勝ではございましたが、約半日ほどに渡って戦闘を繰り広げられておりました」
「半日も!?」
レナさん同様に、私もその長さに驚かされてしまいました。
以前メイナードと戦っていた時でも、十分かそこそこくらいだったと思っていましたが、半日も戦い続けるとなると、余程の強敵なのでしょうか。
『阿呆。今、ミオが口にしておったじゃろう。あ奴の圧勝であるにも関わらず、半日も掛かるはずが無かろう。どうせ、適当にあしらいながら時間を潰して遊んでおったのじゃろうて』
「流石はシリア様でいらっしゃいますね。ご明察でございます」
どうやら、真剣に戦っていたのではなく、政務の時間を潰したかったがために、わざと戦闘を長引かせていただけの様でした。
それでも、レオノーラに勝負を挑める実力があるというのは間違いはないので、私達が敵対してしまった時は、相当な壁になる可能性があります。
そのシュタールさんの領地を荒らす以上、避けては通れない道かもしれません。と、まだ見ぬ脅威へ気を張り直していると、唐突に馬車が動きを止めました。
何事かと全員が警戒しながら顔を覗かせると、御者台に腰を掛けていたフローリア様が情けない声を上げ始めます。
「もう手綱握りたくなぁい! 疲れた~!」
「ちょっとフローリア、あんたが買って出たんでしょ? なら最後までやりなさいよ」
「だってだって~! この御者台すっごくお尻痛くなるんだも~ん! 町に行っても五分もしないで出発しちゃうし、休憩なんてほとんどなかったし!」
「仕方ないでしょ! 今回は遊びに出てるんじゃなくて、敵の目を惹くために工作してるんだから!」
「でも疲れたの~! もう休みましょうよ~!」
そのまま嘘泣きまで始めてしまうフローリア様に苦笑してしまいますが、ふと隣に留まっている馬車へと視線を移すと、セイジさん達の顔にもやや濃い疲労の色が浮かんでいることに気が付きました。
特にメノウさんはしきりに足首を気にしているようで、そちらに視線を落としてみると、靴擦れで薄っすらと血が滲んでしまっているのが分かります。
もしかしたらフローリア様は、慣れない長距離移動を強いられている彼らに代わって、疲れを訴えているのかもしれません。
「シリア様。日も落ち始めてきていますし、今日はここまでにしませんか?」
『じゃが、ここからじゃと』
私はシリア様の言葉を遮るように、シリア様の耳元で続けます。
「私自身も疲れてきているのは否定できませんが、セイジさん達が限界です。メノウさんも靴擦れを起こしてしまっているようですし、これ以上移動させるのは無理があるかと」
『……なるほどのぅ、あの阿呆が騒いでおるのはそういうことじゃったか』
シリア様は一瞬だけ、フローリア様に対して優しい顔つきを向けましたが、即座にそれを消してやれやれと言わんばかりの演技をしました。
『もうその様子じゃと、梃子でも動かぬじゃろうよ。ちと早いが、今日はここらで休むとするかの』
「やった~!! シリア大好き! ん~……ちゅっ!」
『ええい、やめんか気色の悪い! シルヴィ、さっさと亜空間収納を開け!』
「ふふ、分かりました」
一足先に馬車を降り、言われた通りに亜空間収納への入り口を開いて、我が家の二階部分が再現された内部へと皆さんを案内します。
「すげぇ……。魔女ってこんなことまでできるんだな……」
「これ、座って大丈夫なんですか?」
「はい。私の家の二階部分をそのまま再現してあるので、自由にくつろいでください」
『じゃが、流石にこの人数じゃと手狭じゃな。妾の部屋も解放するが故、ミオ達はそこを使うが良い』
「いいんですか!? ありがとうございまーす!」
「申し訳ございませんシリア様」
『構わぬ。城に比べれば手狭じゃが、無いよりはマシじゃろ』
セイジさん達を客室へ案内し、早速食事の準備を始めようとしたところで、レナさんに止められました。
「シルヴィ、この人数分料理をするのは大変でしょ? こういう時こそアレを作るのよ」
「アレ?」
レナさんは倉庫へと入っていき、ある箱を二つ手に取って戻ってきました。
「ふふん、カレーよカレー!」
彼女が手にしていたのは、以前フローリア様が異世界から持ち帰って来たカレーの箱でした。
確かにレナさんの言う通り、いっぺんに沢山の量を作れて手間がかからないという点では、最適の料理かもしれません。
「分かりました。では、今晩はカレーにしましょうか」
「ぃやった!」
嬉しそうにガッツポーズをするレナさんは、「シリアにお風呂作ってもらえないか聞いてくるわ!」と言い残し、食堂から出て行ってしまいました。
……では、私は私で食事の用意を進めることにしましょうか。




