528話 魔女様はげんなりする
その日の夜。
私はフローリア様を信じようと思った自分を、心底呪うことになります。
「どうどう? こっちも可愛いと思うのよ~!」
「大変、可愛いと思います」
『シルヴィよ、嫌なら嫌だと言うのじゃぞ……?』
シリア様に気を使わせてしまうほどに、私の表情は酷い物なのでしょう。
それもそのはずです。ご機嫌な様子で次々と衣装を披露するフローリア様は、そのいずれもが私がこれまでに着たことの無いタイプの服なのですから。
「こっちのキャットスーツなんて、盗賊としてこれ以上ないくらいに体の動きを妨げないの! ボディラインがくっきり出ちゃうけど、それも使って勝負できるわよ!」
「それ、流石にマニアックすぎない……? チャックだけ赤で胸元丸出しとか、最早そっち系の人の趣味よ」
「えぇ~? でもでも、だからこそシルヴィちゃんらしくなさが出て、カモフラージュになると思わない!?」
「それはそうかもだけどさぁ」
「う~ん、サキュバスであるミナ達が言うのもアレですけど、とってもえっちですね」
「ある種の誘惑効果は見込めるかもしれません」
「でしょでしょ!? それにほら、ここに尻尾も付けられるの! 可愛い~!!」
「可愛い、ですね……」
「誰か! このままじゃシルヴィのメンタルが死んじゃう!!」
目の前に並べられているのは、先ほどのキャットスーツと呼ばれるぴっちりとした服と、ミナさん達サキュバス族の正装と言われる露出度の高すぎる際どい物や、フローリア様の神衣と同じくらいに布面積のない物などなど、とても着るには恥ずかしすぎるものばかりです。
この中から一つ選ばなくてはならないのでしょうか……と、半ば泣きそうな気持ちをこらえながら選んでいると、ふとミナさんが思い出したかのように口を開きました。
「あ、でも魔王城に潜入することを考えると、可愛いものよりはミナ達のような給仕服の方が違和感が無いかもですね~」
「ミナの言う事にも一理はあります。これまで魔王様の下で仕えていた我々のような給仕は、魔王城を占拠している【ミローヴ旧教】に死か労働かの選択を強いられているため、全員の顔ぶれを網羅できていない現在であれば、溶け込むことは容易かと」
「それに魔王様は雑食なので、顔が良ければ種族問わず採用しちゃうんですよね~。なので、植妖族のティファニー様や神狼種のエミリ様がいても、魔王様の趣味だと疑われないと思いますよ」
また一つ、レオノーラの印象が下がってしまいそうな情報を手に入れてしまいました。
あの人は本当に、同性愛の傾向があるのではないでしょうか。それも、エミリ達のような年端もいかない少女であっても手元に置いてしまうとなると、かなり見境は無いのかもしれません。
「え? 何々? 何でみんな私のことを見てるの?」
我が家の見境の無い女神様に視線が集まりましたが、そっと全員で視線を逸らしながら偽装案について検討します。
「そういう事なら、メイドとして潜入しちゃった方がいいかもしれないわね。メイド服ならシルヴィも着たことがあるし、あれくらいならあんまり恥ずかしくないでしょ?」
「そうですね。以前いただいた物で問題が無ければ、そうしていただけるとありがたいかもしれません」
『じゃが、流石に魔王城に人間がいると言うのは問題じゃろう。扮するにしても種族を合わせたいところじゃが、やはりサキュバスが多いのか?』
「そうですね~。ミナ達のようなサキュバスもいますけど、一般的な魔族も多いですし、何なら人狼種などの亜人種もたくさんいますから、種族的には何でもいいと思いますよ?」
「強いて共通点を上げるとすれば、魔王様は外見的特徴の中でも胸囲を重要視していらっしゃいますので、胸元が寂しい種族は控えるべきかと存じます」
「魔王様も昔は大変ご立派なものをお持ちだったそうですが、戦うにあたって邪魔だとかそんな感じの理由で、ご自分のそれは小さくしてしまったようでして。今ではもっぱら、人の物で満足したいそうなんですよね~」
レオノーラ。私の中で、あなたという人物の評価が下がりかけています。
「あ~、レオノーラちゃんの気持ち分かるわぁ! やっぱり美少女には大きなおっぱいが似合うわよね~!」
たった今、フローリア様の評価も下がりました。
そして、そんな言葉を口にした直後、我が家で一番そのサイズを気にしている方から何かが切れたような音が聞こえ、鋭いローキックがフローリア様の裏ももを襲いました。
「いったぁぁぁい!!」
「ふんっ」
そのままレナさんは怒り心頭と言った様子で、部屋の中へと帰って行ってしまいました。
フローリア様は失言をしたということに気が付いたらしく、ぴょんぴょんと情けなく飛びながら「ごめ、ごめんねレナちゃん、でもすっごく痛かったの~!」とその後を追っていきました。
『あ奴はほんに、知性という物が欠けておるな』
「お姉ちゃん。やっぱりおっぱいは大きくないとダメなの?」
「そんなことはありませんよエミリ。大きいと大きいで、それなりに苦労があります。例えば、元気よく走った時に胸が痛くなったり、毎日の重みで肩が凝ってしまったり……」
「そうですよエミリ様。あくまでも、おっぱいが大きい人を好きな人もいるというだけですし、小さいからと悲しむ必要なんてありませんよ」
「ミナの言う通りです。ましてや、エミリ様はまだまだ成長途中ですので、これから徐々に発育が良くなる可能性も十分にあります。焦る必要はございません」
「でもエミリ。おっぱいはすっごく重たいですよ? ティファニーのを持ってみますか?」
「うん。……うわぁ、ずっしりしてる」
「これを毎日抱えながら生きていくのは、人間であるお母様としては大変なのです。ですので、羨ましいと思うのは失礼ですよ!」
「うん……ごめんね、お姉ちゃん」
「気にしないでくださいエミリ。エミリもその内、背が高くなって胸も育ちますから」
「わたしね、お姉ちゃんみたいに背が高くて綺麗な人になりたい!」
そう言いながら抱き着いてくるエミリに、私は内心で「今のエミリでも十分すぎるくらい可愛いですよ!」と連呼してしまうほど愛おしく感じてしまいました。
それを口に出さないようにしつつ、エミリをぎゅっと抱き返していると。
『……こ奴も、エミリのことになると大概じゃったな』
「シルヴィ様、エミリ様のことが本当に大好きなんですね~」
「素晴らしい姉妹愛かと」
「あー! エミリばっかりずるいです! お母様、ティファニーもぎゅーっとしてください!」
「わぁ!? ……ふふ、ティファニーも大好きですよ」
「えへへ~」
やや呆れられたような視線を感じましたが、それよりも妹達からの愛情の方が強かったため、全く気になりませんでした。




