527話 魔女様は準備する
アーデルハイトさん経由で依頼していただけたのは、魔族領内に家を持つ魔女の方々でした。
彼女達は事情を知ると快く引き受けてくださり、地元の仲の良い魔族の方と共に、私達の進軍に合わせて各地で爆発騒ぎを起こしてくださるそうです。
暫定的にとはいえ、現在の魔族領を取りまとめる立場になっている【ミローヴ旧教】は、その収束に人を割かなければならないはずですので、これでさらに本拠地の警備を薄くすることができそうです。
その代わりにどこかで一か月ほど、魔族領内で私の手料理を振舞ってほしいという交換条件が出てしまっていましたが、レオノーラを助けることができるのならと言う事で引き受けてしまったことをシリア様に伝えると。
『お主はほんに自分の価値を下げ過ぎじゃろう。まぁ、それがお主のよい所でもあり悪い所でもあるのじゃが』
と、何とも受け取りづらい評価をいただいてしまいました。
ですが、魔女や魔族と協力を仰ぐことができ、次は本格的に私達自身の準備が必要となるため、シリア様の魔道具の調整時間に一日使うこととして、この日は一旦解散と言うことになりました。
とは言え、ミオさんとミナさんは帰る場所を奪われてしまっているため、今日は我が家で泊まっていただくことになったのですが。
「雨風をしのげる場所を提供していただき、さらには治療まで施していただけたお礼として、明日の出立までの家事は全てお任せください」
「こう見えてもミナ達、毎日魔王様のお世話をしてるので手際はいいんですよ! ささ、魔女様はゆっくり休んでくださいな!」
お客様であるはずの彼女達に押し切られてしまい、私は珍しくやることの無い夜を迎えています。
夕飯やお風呂の時間にも早く、手持無沙汰なこの時間を何かに使いたい気持ちが強いのですが、かと言って変に動いてはミオさん達に気を使わせてしまって、部屋に戻されてしまう事でしょう。
休むということも難しいですね、とお昼寝中のエミリとティファニーを撫でながら夕焼け色の空を眺めていると、シリア様が音も無く部屋の中に入ってきました。
『シルヴィよ、ちと頼まれてくれぬか』
「はい、何でしょうか?」
シリア様は私の横を陣取ろうとしましたが、私の膝には既に先客がいることを見つけると、小さく笑って私の足元に腰を下ろします。
『明日以降の作戦じゃが、恐らく妾も戦う必要が出てくる。故に、また魔力体で妾の――お主の体を錬成してほしいのじゃ』
「分かりました」
『すまんの。この体ではお主と魔力を共有しているとはいえ、戦いには不向きじゃからな』
「いえいえ。魔王城を攻める時は場所も異なりますし、私がいなくても魔法を使えた方がいいのは分かりますので」
『うむ、助かる。あぁ、あとお主に不具合が出ない程度で構わぬのじゃが、込められるだけ魔力も込めておいてくれんかの』
「分かりました。では、体の錬成と魔力の補充に今日は注力することにしますね」
『うむ。妾も部屋に籠るが、何かあれば訪ねるが良い』
シリア様はそう言うと、足音も無く部屋から出ていきました。
私は二人を起こさないように枕に頭を乗せなおし、早速自分の体を錬成することにします。
ある程度回数を重ねているので、最初の頃よりは早く精密に錬成できるようになってはいますが、それでもかなりの集中力を必要とするので、今みたいな何も予定の無い時間に最適かもしれません。
頭の中で自分の体を強く思い描きながら、魔力を注ぎ続けます。それが隅々まで行き渡り、魔力供給を受け付けなくなる頃には、やはり私の中の魔力が大部分持っていかれてました。
人体の魔力錬成。それも、神様が宿るための物ともなれば、通常は一人では到底賄えない魔力を必要とする魔法です。何度やっても凄まじい疲労感が襲ってくるのも無理はないでしょう。
頬を伝う汗を手の甲で拭い、そっと瞳を開けて確認すると、ベッドの上でエミリ達に挟まれるような形で横たわっている私の姿がありました。
魔力は最低限しか補充されていないため、その体を巡る魔力も弱々しい物でしたが、二人は全く気が付いていないようで、両サイドから錬成体に体を絡めるように抱き着いて、幸せそうな表情を見せていました。
少し上がってしまった呼吸を整えるべく、椅子に腰かけながらその様子を微笑ましく見守っていると、扉をノックせずに開かれる音がしました。これは恐らく、フローリア様でしょう。
「シールヴィちゃ」
いつも通り楽しそうな声色を向けてくださるフローリア様へ、口元で指を立てながら沈黙を促します。
すると、フローリア様はご自身の口元を両手で押さえながらも、ベッドの上と椅子の上にいる私の姿を見て、静かに尋ねてきました。
「……わぉ、どういう状況かしら?」
「明日以降のシリア様のために、実体として行動できる体を錬成していました。もうそろそろエミリ達を起こす時間ですが、幸せそうなのであと少しだけ寝かせてあげてください」
「おっけーおっけー。でもシルヴィちゃん、そっちのシルヴィちゃんと全く同じ格好で行くの?」
「と、言いますと?」
「ほら、同じ格好の人が二人一緒に動くって分かりにくいじゃない?」
フローリア様からの指摘を受け、私は確かにと納得してしまいました。
ですが、シリア様が使う体である以上、普段通りの私の見た目の方が、生前のシリア様に似通っているため、あまり不都合なく使えると思います。
「こちらのシリア様用の私の体は、できればそのままにしたいです。その方が、恐らくはシリア様も使い勝手が分かっていらっしゃると思いますし」
「ふむふむ。じゃあ、シルヴィちゃんの方を変えるべきね」
「ですが、私の方を着替えるとすれば、あの修道女服くらいしか……」
「ふっふっふ~。そこは任せて頂戴な♪」
何故か楽しげなフローリア様にやや不安を覚えてしまいますが、衣服関連においては、異世界を行き来できるフローリア様のセンスがずば抜けていらっしゃいますので、ここは素直にお願いすることにしてみましょう。
「分かりました。では、すみませんがお願いしてもよろしいでしょうか」
「おっけー! とびっきり可愛いのを用意してあげるわね♪」
ウィンクと共にピースサインを作って見せた彼女は、そのまま部屋を出て行ってしまいました。
とびきり可愛い物という言葉にやや引っかかるものを感じますが、流石に戦闘になることを見越してはいらっしゃるでしょうし、余程の物を持ってくることは無いでしょう。
……無い、ですよね?
今さらではありますが、ちょっと心配になって来てしまいました。
私からお願いしてしまった以上は、着ないという選択肢はありませんし、今はフローリア様を信じるしか無さそうです……。




