523話 勇者一行は葛藤する
「えぇ!? 俺達が魔王を助けるんですか!?」
翌日、サーヤさんを経由して急遽集合していただいた勇者一行を代表して、セイジさんが驚愕の声を上げました。
というのも、シリア様曰く。
『純粋な魔力であれば勝機はある。ちと手助けしてやれば、あ奴らでも対等かそれ以上には渡り合えるじゃろうよ』
とのことで、私達が知る中では一番戦力が高そうなセイジさん達勇者一行が選ばれた運びとなっています。
確かにセイジさんの持つ聖剣も、偽物とはいえかなり性能は近いものになっているというお話ですし、シリア様が授けたユースさんの衣装のレプリカもありますので、恐らくは人間領の中では期待ができる人物ではあると思います。
ですが、他のお三方についてはあまり変わっていないように見えるため、一人だけ突出してしまっているのが現状です。
「そうじゃ。妾はこれでも神であるが故に、邪神の神殿に出向くことはできん」
私の体を使って説明するシリア様を前に、セイジさん達が顔を見合わせています。
彼らは恐らく、少し前までは討伐対象であったはずの魔王を助けに行くべきか、という葛藤に苛まれているのでしょう。
今でこそ着々と和平への道が開かれていき、勇者と魔王の交換留学などを経て、魔王という存在に対する敵意は薄れてきているようにも感じられますが、それでも彼らの根底にあったものはなかなか消えていないようです。
小声で何かを話しあっている彼らでしたが、やがてサーヤさんが意を決した様子で意見を述べました。
「私は、シルヴィさん達に協力するべきだと思う!」
「サーヤ!」
「ごめんねメノウ。今までずっと、勇者パーティとして頑張って来てたのに、魔王を助けるなんて手の平返すようなことを認めたくないのは分かる。でも、魔王が歩み寄ってくれたおかげで今があるのは本当だし、何よりシルヴィさん達に助けてもらってばっかりだったから、少しでも恩返しがしたいの!」
サーヤさんの言葉に、メノウさんとセイジさんが顔を俯かせます。
そんな彼らを揺さぶるかのように、アンジュさんが続きました。
「ボク達が奴隷にならなかったのも、シルヴィさんのおかげ。魔王が教えてくれなければ、ボク達は売られてた」
「それは……」
「偶然じゃないそんなの。それに、魔王と交換留学なんてしなければ、あんな目にも遭わなかったわ」
「偶然も、必然。神様もそう言ってる」
聞き覚えのあるその言葉に、私はかつてのシリア様の旅の仲間であったクミンさんを思い出しました。
【運命の女神】スティア様の御使いであった彼女も、同じようなことを口にしていた気がします。
現在も残っているかは分かりませんが、もしかするとアンジュさんは、クミンさんが所属していたフォールティン聖導院の方だったりするのでしょうか。
私が思考している間にもセイジさん達は表情を難しい物へと変えていましたが、やがて脱力するようにセイジさんが盛大に溜息を吐きました。
「そうだな。昨日の敵は、今日の友とも言うしな」
「ちょっとセイジ!?」
思いとどまるようにと声を上げたメノウさんへ、セイジさんは笑います。
「俺だって、まだ魔王に対して思うところはあるぞ? 和平も実は、油断させて襲ってくるための罠なんじゃないかとか、友好的なのも演技なんじゃないかとかな」
「なら」
「でもさ、魔王に助けられた恩は返しておかねぇと。アイツがいなかったら、俺達は今でも父上に騙されて戦わされてたんだぜ?」
「それは私達が勇者だから」
「その勇者ってのも、本来ならこの時代にいらない存在だったんだって、何度も言ってるだろ? 俺達は騙されて、新しい戦争の火種になるとこだったんだ」
セイジさんの言葉を受け、メノウさんはどこか悔しそうに顔を俯かせました。
恐らく、彼らの中で勇者一行という肩書に一番誇りを持っていたのが、メノウさんだったのではないのでしょうか。
かつてシリア様は、こう言っていたことがありました。
“大きな肩書であればあるほど、寄せられる期待は大きくなる”と。
勇者という肩書は、おとぎ話にもなるほど有名であり、かつ絶大な信頼が寄せられるものです。
そんな肩書を得た彼らが、私という国を脅かそうとした魔女を討伐に来た時も、メノウさんが一番意気込んでいたようにも見えました。
もしかしたらメノウさんは、自分が大きな肩書を持つ仲間に加われていたことが、何よりも嬉しかったのかもしれません。
それなのに、いざ活動してみれば冒険者と大して変わらない日々を送らざるを得なかったのに加え、偽りの肩書であったという事実も相まって、彼女の思い描いていた勇者像とかけ離れてしまっているため、認めたくない気持ちが強くなってしまっているのでしょう。
『シリア様。少し代わっていただけませんか?』
『それは構わぬが、どうするつもりじゃ』
『何となく、メノウさんの気持ちが分かった気がしたので、彼女に合わせた説得をしてみようかと思いまして』
『ふむ……。良かろう、では頼んだぞ』
『はい』
シリア様との念話を終え、体を入れ替わります。
そのままメノウさんをまっすぐに見据えて、私は彼女に語り掛けることにしました。
「メノウさん。勇者という存在は不要なんかではありませんよ」
「え……?」
「いつ、どの時代でも、旗印となる象徴は必要です。それは戦時中だけではなく、平和な今だからこそ、有事の際に頼れる存在が求められたりすることもあると思います」
かつて、本当の意味で勇者であることを求められたシリア様達は、魔王を倒すことで進軍を止めさせ、世界に平和をもたらしました。
では、平和な今での勇者とは、一体何が求められるのでしょうか。
私の考えとしては、“安心”だと思っています。
「いつ、魔王以外の敵が現れて、平和なこの世界を壊そうとする人が現れるかは分かりません。ですが、もし現れてしまった場合でも、メノウさん達のような勇者がいてくれれば、力の無い人達は守ってもらえると安心できると思うんです」
「魔王を倒すのではなく、魔王を助けたとなれば、メノウさん達はきっと“魔王でさえも勝てなかった相手を倒した”ということに繋がって、今後何かあっても、メノウさん達のような勇者がいてくれれば、世界は安全なんだと安心と信頼を寄せていただけると思います」
「力で功績を上げることも大切だとは思いますが、その力の使い方も、人を助けるための力にすれば、人はもっと心を開いてくださるはずです。……ですからメノウさん。私達と共に、魔王を救出に行ってくださいませんか?」
メノウさんからの返答はありません。
それどころか、顔もこちらに向けてくださっていませんでした。
やはり、私の言葉では誰かを動かすことなんてできないのでしょうか。
そう思ってしまい、出過ぎた真似をしてしまったことを謝ろうと口を開きかけた時でした。
「…………わよ」
「え?」
非常に小さな彼女の言葉を聞き逃してしまい、聞き返そうとした私を、彼女は強い意志の籠った目で見据えてきました。
「お前に言われなくても、私は勇者の仲間なの。お前に諭される筋合いなんて無いわよ」
「す、すみません」
「ふん。ちょっと強いからって調子に乗らないで欲しいわ」
私なりに頑張ったつもりでしたが、彼女の怒りを買うだけの結果になってしまったようです。
申し訳なさに身を小さくしていると。
「……でも、私達を勇者でいさせようとしてくれたのは、嬉しかったわ。ありがとう」
ツンとそっぽを向いていた姿勢のままでしたが、横目でちらりと私を見ながら、メノウさんはそう言ってくださいました。
少し温かな気持ちになり微笑み返していると、セイジさんがニッと笑いながら尋ねます。
「で、どうするんだメノウ。お前は行くのか、行かないのか?」
その問いかけにメノウさんは、彼に向き直りながら答えました。
「セイジ達が行くんだから、私も行くに決まってるでしょ。私達は四人で勇者パーティなのよ」
「あぁ、その通りだ!」
セイジさんが突き出した拳に、メノウさんが自分の拳を打ち合わせます。
彼らの後ろで微笑ましそうに見守っていたサーヤさんとアンジュさんでしたが、話をまとめるために私達へと口を開きました。
「そういう訳ですので、私達にできることならば協力させてください」
「でも、過剰な期待は困る」
「はい! ありがとうございます、皆さん!」
『やれやれ……面倒な小童共じゃのぅ』
そんなことを口にしながらも、シリア様もどこか優しい顔つきをされていました。




