521話 魔女様は状況を把握する
結局、その日はミオさん達が目を覚ますことは無く、やっと目を覚ましてくださったのは翌日のお昼頃でした。
「うっ……ん……」
臨時休診にさせていただき、彼女達に付きっきりで様子を見続けていた私を見たミオさんは、ベッドから勢いよく跳ね起きるや否や、私に片膝を突いて頭を下げ始めました。
「魔女様、今すぐお逃げください!! すぐにでもこの森へ、奴らが来ます!!」
「お、落ち着いてくださいミオさん! その件なら、たぶん大丈夫ですから!」
「と、仰いますと……?」
私はミオさんに、我が家へ来てからの出来事を搔い摘んで話しました。
すると、彼女はほっと一息つく様子を見せましたが、すぐに表情を厳しい物へと変えます。
「追手が来ないこと、対応してくださったことには深くお礼申し上げます。それとは別件で、不躾ながら魔女様にご助力いただきたい内容がございます」
「やっぱり、レオノーラのことですか?」
「……はい」
「私も、長らく連絡が来なかったので気になっていました。レオノーラに――いえ、魔族領で何が起きていたのか教えてくださいますか?」
ミオさんはこくりと頷き、そのままの姿勢で話そうとし始めたため、私は慌てて椅子を持ってきて座らせることにしました。
彼女が言うには、酒場で聞いた噂話の通りであったらしく、現在魔族領の魔王城周辺でクーデターが起きているようでした。
その犯人は、かつて魔族へ安寧の地を提供しようとしていた邪神を信仰している、一部の魔族であるとのことです。彼らは邪神から力を授かるべく、魔素を急激に過剰摂取することで身を削ってその身に邪神の力を一部降ろしているのだとか。
どこか、神降ろしに似た物を感じながらも話を聞いていましたが、私は気になっていたことを質問してみることにしました。
「その邪神の力を体に降ろした人に、レオノーラが負けるとは思えないのですが」
「それは、我々の不手際のせいなのです」
顔を伏せながら、ミオさんは話しを続けてくださいます。
やはり私とシリア様のために、レオノーラが魔王城を長らく不在にしていたことは大きかったようで、邪神の力を宿した魔族に対抗できるのは、四天王と呼ばれるたった四名しかいらっしゃらなかったのだそうです。
そんな彼らも、一部とはいえ数百人単位で攻め込まれると手に負えなかったらしく、レオノーラが帰って来た頃には四天王は全員囚われてしまっており、それを人質に取られたレオノーラも、成す術がなく投降せざるを得なかったという事でした。
あまりにも卑劣な手口にも見えますが、確実に無力化させることを考えれば、これ以上ない作戦なのかもしれません。
「ではレオノーラは、その邪神信仰の方々に捕まってしまっているという事でしょうか」
「はい……。奴らは現在、魔族へ再び邪神を崇拝させるための準備を整えているらしく、魔王様の死を以て、新たな時代の幕開けとするつもりの様です」
「で、ですがレオノーラは、シリア様に掛けられた不死の呪いのおかげで死なないのでは?」
「魔王様は確かに不滅の魂をお持ちではございますが、それは肉体とは別の物なのです。魂の入れ物となる肉体が無くなれば、魔王様はこの世に存在ができなくなります。しかし、不滅の呪いのせいで、輪廻転生の輪に入ることも叶いません」
「と言うことは、レオノーラの体の替えがない状態で死ぬと……」
半ば否定してほしい気持ちで問いかけた私へ、ミオさんは無情にも首を縦に振ります。
「魔王様はこの世ならざる者として、永遠にこの世界を彷徨うこととなるでしょう」
「そんな……!?」
それはつまり、半実体状態のシリア様と同じになるということでしょう。
シリア様は私がいるため、半実体でも話は出来ますし、私の魔力を通じて実体を持つこともできますが、レオノーラもそうであるという可能性は限りなくゼロに近いと思います。
そして、死んでしまっても魂だけが残り、永遠に彷徨い続けるということは、誰からも察知されず世界に取り残されるという事でしょう。それがどんなに苦しく寂しいものかは、塔に幽閉されていた私としても想像に難くないものでした。
「ミオさん。その準備期間はいつまでか分かりますか?」
「魔女様、それは魔王様の奪還にご助力いただけるという事でしょうか」
ミオさんの期待と申し訳なさが混じりあった瞳を、まっすぐ見据えて頷きます。
「レオノーラの時間を取り、拘束していたのは私達のせいです。そのせいで魔王城が陥落し、レオノーラが捕まることになっていたのですから、当然私達が無関係だなんて言うつもりはありません。一緒に協力して、絶対にレオノーラを助け出しましょう!」
「魔女様」
ミオさんの潤んだ瞳から、一筋の涙が零れました。
彼女はメガネを押し上げて服の袖でそれを拭い、軽く鼻を啜ります。
「大変失礼いたしました。手前都合で恐縮ではございますが、魔女様ならきっとそう言ってくださるだろうと信じておりました。しかし、魔女という立場でありながら、魔族への過度な干渉が許されるかどうか分からなかったため、今の今まで不安で……」
私は彼女にティッシュペーパーを差し出しながら、優しく微笑みかけます。
「確かに、魔女としてどこまで魔族に干渉していいかは分かりません。ですが、魔族や魔女と言った話は一旦置いておきませんか? 私は、友達であるレオノーラを助けたいだけなのですから」
「とも、だち……」
「はい。レオノーラは、私の大切な友達です」
そう言いながら、少しでも安心させられるようにと笑顔を向けてみましたが、私からティッシュペーパーを受け取って鼻をかんでいた彼女は、やがて小さく笑いだしてしまいました。
「友達、ですか。ふふふ」
「な、何もおかしなことは言ったつもりは無いのですが」
「いえ、失礼いたしました。魔王という立場であるあのお方を、友達と称せるのは流石だと感心してしまいました」
やっと、ミオさんの声から不安の色が消えたような気がします。
彼女は私に柔らかく笑みを返しながら、握手を求めてきました。
「では、何卒よろしくお願いいたします。魔女様」
「はい。よろしくお願いします、ミオさん」
私はその手をしっかりと握り返し、囚われてしまっているレオノーラを必ず救い出そうと心に決めるのでした。




