518話 異世界人は迎撃する 【レナ視点】
あたしをモノ扱いしていたメイナードの背に無理やり乗って空を飛んでいると、遠くで見るからにゲームに出てきそうな悪魔の姿をした人が、森の大結界を破ろうと魔法を撃ちこんでいるのが見えて来た。
「ねぇシリア。アイツ、何か魔族っぽいけど魔族とは違う気がしない?」
『よもや、魔神信仰がまだ根付いていようとは……』
「魔神?」
『うむ。今では邪神と名を変えてはおるがな』
あたしはシルヴィから聞いただけだからよく分からないけど、大昔にレオノーラ達魔族が信仰していたっていう神様だったと思う。確か、魔族のために善意で振りまいた魔素が大地を殺したってことで、邪神として扱われるようになったんだっけ。
昔は崇められていたはずなのに、時代が変わって蔑まれるようになるなんて神様も大変よねとか思うけど、あたしの世界でもかつての英雄は実は大罪人だったーとかって手の平返されることもあったし、見方が変われば歴史も変わるってとこはどこも変わらないのかな。
「ちなみにさ、あれって普通に戦って大丈夫?」
『うむ。純粋な魔力としては倍増しておるが、魔力の質としては魔族のそれと変わらん』
「おっけー、なら」
いつものように身体強化魔法を使って、全身に魔力を巡らせる。
魔族と戦うのは初めてだけど、メイナードよりは弱いって話みたいだし、あたしでもなんとかできるはず!
「一番槍、貰っていくわ!!」
メイナードの背中を蹴りつけ、一足先に敵に向かって飛んでいく。
風を切って接近するあたしに敵も気が付いたみたいで、こっちに向けて黒い弾をいくつも飛ばしてきた。
レオノーラの攻撃もそうだったけど、魔族ってこういう闇の炎みたいな攻撃が主流なのかもしれない。やっぱり魔族だから闇属性の適正が高いってことなのかな?
「でも、これなら余裕よ!!」
「なっ!?」
撃って来た玉を踏み台にしてさらに加速するあたしに、魔族が分かりやすく驚愕している。
そのまま一気に至近距離まで潜り込み、全体重を乗せた回し蹴りを横顔に叩き込んだ。
「せやあああああああっ!!」
「ギャッ!?」
風属性の加護を乗せた蹴りを受けた魔族は、勢い良く森の中へと落下していく。
それを追うように落下しだしたあたしを、案の定というか信じてたというか、メイナードが受け止めてくれた。
「ナイスメイナード!」
『小娘のお守りをさせられる我の身にもなるがいい』
「はぁ!? なら追いかけてきなさいよ!」
『無策で飛び出す雑魚を追う趣味はない』
「ぁんですってぇ!?」
『ほんにお主らは、こういう時くらい仲良くできんのか……』
ホンットにムカつく鳥だわ!
でも、今はシリアの言う通りケンカしてる場合じゃないし、大人なあたしが折れてあげないと。
「……まぁ? 確かに飛び出したあたしがちょっと悪かったかもしれないし? そこは謝っておくわ」
『ふん。初めからそう言えばいい』
こ、この鳥……!!
今すぐ背中の羽をむしり取ってやりたい怒りをぐっと堪えて、強めに背中を殴りつけるだけで済ませる。
シリアがそれをくふふと笑いつつも、下に落ちて行った魔族の反応を追っていてくれたらしく、可愛い前足で落ちた場所から少し先を示した。
『あそこじゃな。反撃せんと言うことは、後衛の味方と合流しようとしておるのじゃろう』
「じゃあ追撃しておく?」
『いや、構わん。不意打ちとは言え、お主の一撃で力の差を把握し、一人では敵わんと判断したのじゃ。ならば、数で攻めてこようとも塵芥に過ぎん』
「ふーん。あたし、そんな強いって思われたのね」
『奇襲が成功した程度で調子に乗るなよ、小娘』
「うっさいわね! たまにはいいじゃない!!」
『くふふ! ほれ、追撃はせんとは言ったが、引くとは言っておらんぞ。如何に優れた結界とは言えども、罠は欲しいところじゃからな』
シリアの指示でメイナードの進路が変わっていく。
行先は、シルヴィが張った大結界を維持しているという可愛い猫の石像がある広場だった。
『レナよ、ちとお主の幻影魔法を使って見せよ』
「え? 別にいいけど」
言われた通りに、桜の花びらを舞い散らせながら幻影魔法を使い、あたしの分身を作り出す。
出来上がった分身の周囲をくるくると回りながら観察していたシリアだったけど、しばらくすると分身の足元に魔法陣を展開させ始めた。
『本来ならばただの幻影で良かったのじゃが、まぁこれはこれで都合がいいこともあろうよ』
「何、どういうこと?」
『まぁ見ておれ』
橙色に輝く魔法陣が放つ光にあたしの分身が包まれると、唐突にあたしの制御から離れた感じがした。
それと同時に、あたしと同じ背丈のはずの分身が姿を変え始め、みるみるうちに大きくなっていく。
やがて光が収まり、出来上がったものは。
「えぇ!? 何でメイナードになってんのよ!?」
『お主では圧が足りぬからのぅ』
「いやそうじゃなくて!」
かつてあたしだった分身は、本物そっくりのすまし顔をしているメイナードへと変わってしまっていた。
制御権もシリアに移っているみたいで、巨体を屈めてシリアの前に頭を差し出しているのが何とも言えないおかしさを生み出している。
とか思ってたら、その頭をシリアがポンと叩いた次の瞬間、あたしの分身で作られたメイナードが姿を消してしまった!
「消えた!」
『この石像に魔法を追加で刻んだのじゃよ。周辺に現れた外敵を駆除するための術式としてな』
「って言うことは、えーっと」
『要は、妾達から認可を受けずに森へ立ち入ろうとした者、及び森に害を加えんとする者を、先のメイナードで自動で迎撃させるという事じゃ』
「へぇー、魔法ってそんなこともできるのね。あたしの世界にあったら自衛隊とかいらなくなりそう」
『その何とかとやらは分からんが、魔法を制御する者は必要じゃ。お主の世界にも武器の類いはあり、それを手にして防衛にあたる者がおるのじゃろ? それと同じじゃよ』
それもそっかと一人で納得していると、シリアがひょいとメイナードに飛び乗り、あたしにも乗るように促してくる。
『ほれ、同じものをあと五か所仕掛けねばならんのじゃ。モタモタしておると日が暮れるぞ?』
「はーい」
今度は素直に乗せてくれたメイナードの背中で風を感じていると、唐突にシリアが笑い出した。
「どうしたの? 急に笑い出して」
『いや、何。接近戦を好むお主の一助となればと教えた技ではあったが、よもや完璧に会得するとは思わんかったのでな。あの魔族の信じられんと言った顔をふと思い出したのじゃよ』
「あー、あれね。おかげで助かってるわ」
そう。さっきの敵の攻撃を足場にして移動する方法は、シリアが教えてくれたやり方だった。
詳しいことは省かれたからフィーリングで覚えた感じだったけど、イメージ的には敵の魔法に対して一瞬だけこっちも魔法をぶつけて、小さな魔力爆発を引き起こした衝撃で跳ぶって感じなのよね。
おかげである程度、飛び道具というか遠距離魔法攻撃をする相手の練習もできてるし、あたしとしてはありがたいことこの上ないんだけど。
『やはりお主の運動神経と反射神経は悪くない。これで魔法のセンスも高ければ言うことが無かったんじゃがのぅ』
「はいはい、どうせあたしは一般人上がりの魔女ですよー」
『くふふ! まぁ、人の寿命は六十前後。それまでに仕上げればよかろう』
また先の長い話ですこと。神様視点だとやっぱり時間の感覚おかしいんじゃないのかな。
そうは思いつつも、魔女のトップであるシリアに褒められるのはやっぱり嬉しくて、次の石像に向かうまでの間、あたしは上機嫌に鼻歌を歌い続けていた。




