517.5話 幸せな王女の夢を見せる・2
今日は新章開幕と言う事で、いつも通り2話投稿します!
本編は1時間後ですので、そちらもぜひお楽しみください!
月明かりが差し込む静かな部屋で、チェス盤に並べられているルークを持ち上げる。
「こうなると、呆気ないものよね」
直線状にあるナイトを駒で弾き倒しながら、ルークを置いた。
自陣を示す黒の駒は、既に白の駒をほぼ倒しきっている。
残されたのは、キングとクイーンだけ。
「魔女は消した。魔族も支配した。人なんて脆い生き物は、みーんな楽しい夢の中」
このチェスに、相手はいない。
ただ淡々と、あたしが一人で黒を追い詰めるだけの暇つぶし。
でもこれは、今の世界を盤上で再現したもの。
白のクイーンが身を張ってキングを守ろうと、黒のビショップを倒してその前へと躍り出る。
「そうよね。アイツだってそう簡単に墜とされたくないから、そうするでしょうね」
神々も全員、天界に引き上げさせた。
さらに言えば、記憶も消してやった。
それでも、アイツだけは全てを知っているから、自分が手出しできないとしても他人を使って守ろうとするだろう。
「それがムカツクの……よ!」
ポーンを動かし、クイーンを弾き飛ばす。
残されたキングは、四方にはポーンとルークに囲まれ、逃げようにも逃げた先を待ち構えるようにナイトとクイーンがいる。
チェックメイト。完全勝利だ。
「そう、これでチェックメイト。次に陽が沈む時には、お前は地を逃げ回るだけの無様な虫になる」
いずれ切り捨てるつもりだったプラーナには先に裏切られ、手痛い一撃を貰ったけど、アイツの周到さだけは評価しているつもり。
だからこそ、いくつも策を練って万全を期すために、三月二十四日――つまり明日という日を選んだのだから。
……だけど唯一気がかりなのは、やっぱりあのクソガキの存在かしら。
偉そうにあたしに講釈垂れて、訳の分からない力を使ってきた人間。
この世界ではない世界で生まれておきながら、ただ友達の王女様を守りたいがためにあたしにケンカを売って来た馬鹿な娘。
アイツももうこの世界にはいないけど、アイツについていた【刻の女神】が神としてもイレギュラー過ぎるせいで、良い所で邪魔してきそうな予感がしてしまう。
「……なんてね。それもあり得ないんだけど」
背もたれに体重を預けながら、白の駒を手で弄ぶ。
アイツが戻ってくるなんてことは、万が一にもあり得ない。それは大神自身が決めたとこだから、お堅い大神は何が何でも規律を最優先するだろう。
それに、一度制定した規律は変更ができないとか言ってたしね。
「あたしに楯突いた罪として、世界から拒まれる孤独の中で後悔しながら死ねばいいわ」
あの勝気でクソ生意気な顔が、孤独と絶望に歪んで泣きわめく様子を想像して、つい笑いが零れた。
いけないいけない。笑っていいのは今じゃない。全てが終わって、滅びゆくこの世界を眺めながらにするのよ。
そのためにも、仕上げの再確認だけしておかないとね。
あたしは駒を握り潰し、粉々に砕けたそれを床に落としながら立ち上がる。
足元で黒く燃え上がる駒の残骸を照らす月明かりは、この世界の未来のようにも思えた。




