514話 魔女様達は奇襲する
その後も周囲にある程度気を配りつつ、森の奥へと進んでいた時でした。
私達の進行方向上で、明らかに森の雰囲気とは異なる力を感じ取った私は、皆さんを呼び止めます。
「止まってください。この先に、恐らく私達が探していた犯人がいます」
私の静止の声に全員が立ち止まり、一瞬にして警戒の色を強めます。
『……そう遠くはないな。よし、三手に別れるぞ。妾とシルヴィが中央から、レナとフローリアは左翼、エミリとティファニーは右翼から回り込め。合図はウィズナビで行う。良いな?』
「了解」
「うんっ」
レナさんとエミリが即座に戦闘態勢に入り、それぞれが二手に分かれて回り込みを始めました。
残された私とシリア様も、同じくいつでも戦えるように準備をしながらも、薄っすらと流れてきている魔力から情報を読み取ります。
「魔導連合の皆さんに比べるとあまり強くはない魔力ですね」
『じゃが、偽装しているという可能性は十分にある。お主のそのペンダントのようにの』
「そうですね。油断はしないよう気を付けます」
大神様からいただいたペンダントをキュッと握りしめ、奥に潜んでいるであろう人物を想像します。
わざわざ私に容姿を似せ、同じ属性の魔法まで使い、人間領で知られている私の通り名を用いるあたり、よほど私を意識している方なのでしょう。
それは好意か、はたまた悪意か。犯人の目的は分かりませんが、シリア様が説得してくださっているとはいえ、せっかく魔女として積み上げて来た今の自分を失う訳には行きません。
魔導石に十分に魔力を補充し、自身に身体強化の魔法も使っていつでも戦える体勢を整えたと同時に、レナさんからマナーモードのやり方を教えていただいたウィズナビが小さく震えました。
ポケットから取り出して確認すると、レナさんとエミリから準備ができたとの簡単なメッセージが届いているのが見えます。
『一分後に突撃すると返せ』
「分かりました」
手早く返信し、気配を消すように自分の魔力を最小限まで抑えます。
深呼吸をしながら自分を落ち着かせていると、私の肩に飛び乗ったシリア様が『時間じゃ、行け』と耳打ちしてきました。
それに合わせて勢いよく地面を蹴り、森の中を一気に駆け抜けます。
私の足音や木々のざわめきなどから、既にバレていてもおかしくはありません。あとはどれだけ、相手に準備をさせずに戦いに持ち込めるかです!
目標の場所まで距離を詰め、敵を逃がさないように防護陣を反転させて簡易な檻として発動させます。
それと同時に、奥の方で何かが慌て始めた気配を感じ取りました。恐らく、今になって私達が奇襲してきたことに気が付いたのでしょう。
魔力探知があまり上手ではない方で助かりましたと思いつつ、木の幹を飛び越えて陣の中へと入り、捕えていた犯人へ牽制目的で声を上げます。
「動かないでください! 抵抗するなら手加減はできません!」
「……っ!?」
そこには、小さなテントの横で怯え切っている小柄な少女がいました。
てっきり大人の方だと思っていたので意外でしたが、彼女のそれは演技である可能性も高いので気を緩めてはいけません。
私が畳みかけるように拘束魔法を行使すると同時に、レナさん達も陣の中へ飛び込んできました。
さらに人が増えたことに驚き、狼姿のエミリに涙を浮かべて小さく悲鳴を上げる彼女からは、全く抵抗を感じません。
「そこから一歩でも動いたらぶっ飛ばすわよ!!」
冗談ではないと拳を見せつけたレナさんに背を向けるも、反対には彼女の数倍の大きさを誇るエミリが立ち塞がっています。
いつもは可愛らしい小さな手も、狼姿の時は人の顔など容易に踏みつぶせそうなほどに大きくモフモフとしたものへ変わっているため、そんな手で自分の顔の横を踏み抜かれたらどうなるかと言いますと。
『……気絶しおったか』
エミリの手が地面を突いたと同時に、小柄な彼女の体はぴょんと浮いてしまい、再び地面の上に転がった時には目を回して気を失ってしまっていました。
おかげで拘束はすんなりと終わり、緊張の糸が切れた私は、近くにあった小ぶりな木の幹に腰掛けて息を吐きました。
「お疲れ様~! カッコよかったわよ~シルヴィちゃん!」
「ありがとうございます、フローリア様」
身体的には全く疲れていないのですが、かなりの緊張から精神的に疲れてしまっていたようで、私を抱きしめて頬ずりしてくる彼女に抵抗できず、なされるがままになっていると、隣にレナさんも腰掛けてきました。
「にしても、随分と呆気なかったわね。抵抗されて、派手に暴れられるかと思ったんだけど」
『それには同意じゃ。見た感じでは、レナと同い年かもう少し上かと言ったところじゃが』
シリア様の仰る通り、自称森の魔女の少女はまだ幼さを残す顔立ちです。
体格もレナさんより少し大人びているかと言ったところですが、私よりは年下のようにも見えます。
「でも、シルヴィちゃんを語るには随分と似てなさ過ぎじゃないかしら?」
「お母様を名乗るなら、もっと大人になってからにしていただきたかったです!」
「そうだよ! お姉ちゃんはもっと髪の毛長いし、おっぱいも大きいんだよ!」
エミリ、あまりそれを大きな声で言わないで欲しいです。
とは言え、彼女達の言う通り、恐怖から目を回している彼女の体は私とほとんど似ていないものでした。
魔女服の色も黒が基調なため大きく異なりますし、髪色だけは共通してはいるものの、肩元までしか伸びていないそれは長髪とは言い難いと思います。
そして最大の相違点として挙げられるのは、彼女が持つ魔力量だと思います。
彼女が持つ魔力は確かに光属性ではあるのですが、その量はレナさんとあまり変わらないか少し多いかと言った具合で、言ってしまえばティファニーよりも少ないのです。
「シリア様。彼女の持つ魔力でスタンピードを引き起こせるのでしょうか」
『それは妾も考えておったところじゃ。この程度では魔獣が逃げ惑うなぞあり得んのじゃが……』
「ま、それも起きたら聞いてみれば解決するんじゃない?」
「それもそうね! あ、見て見てレナちゃん! 食べかけのお肉があるわよ!」
「あんたねぇ……」
「ふぁふぇももをほまふいふぃはいへらいえひょ~」
簡素なグリル台の上で焼かれていたお肉を頬張るフローリア様を見て、エミリが目を輝かせて一緒に食べ始めてしまいました。
毒が無いことを祈りながらそれを見守りながら、私は犯人と思われる彼女の介抱を始めることにしました。




