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11話 魔女様は実力差に怯える

 エルフォニアさんの試合が終了した後も、私はしばらく動けませんでした。


 一瞬。まさしく一瞬での出来事。

 あまりにも圧倒的すぎて、私なんかが立ち向かえる相手ではない気すらしてきます。

 それどころか、対峙していた魔道士さんのように私も串刺しにされてしまうのではと考えると、恐怖で体が竦んでしまいそうです。


「ちょ、ちょっとちょっと! シルヴィ大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 心配そうなレナさんの声に呼び戻され、はっと正気に戻れました。

 そうです、弱気になってはいけません。

 この模擬戦は私だけではなく、レナさんやシリア様の今後の沽券も関わっている以上、どんなに強い相手であっても勝ち進まなければいけない……。


 分かってはいるのですが、あの光景を見せつけられて心が弱気になってしまっているようです。


「すみませんレナさん。大丈夫です、大丈夫……」


 半ば自分に言い聞かせるようにそう答えると、レナさんが呆れながら励ましてくださいます。


「それのどこが大丈夫なのよ。まぁさっきの見ちゃったら弱気になるのも分かるし、あたしもちょっとやばいかもとか思ったけど。でもシルヴィ、落ち着いて考えて。あの人は一人だったけど、あたし達はペアなのよ? 二人でならどうにかなるかもしれないじゃない?」


「そう、ですね。もしかしたら二人でなら乗り越えられるかもしれません……」


「そうよ! 絶対勝って、あたし達を馬鹿にした総長さんの鼻を明かしてやるのよ!」


 そう言いながら特別席に座るアーデルハイトさんへ敵意剥き出しにするレナさんを見て、少し心に平穏が戻ってきた気がしてきました。


「ふふ。ありがとうございます、レナさん。少し気持ちが楽になってきました」


「それは良かった! あ、ほら見て。他のグループも試合が終わりそうよ」


 レナさんの言う通り、水晶板に映し出されていた試合の様子も終盤になっていたようで、それぞれ勝者が決まって転移門から帰ってき始めていました。結局、試合開始直後くらいしかまともに見ることが出来なかったことが心残りです……。


 やがて全ての試合が終わり、勝者となった魔女の方々が次々と転移門から姿を現しました。

 熊の魔物に抱きかかえられている子どものような魔女や、魔導士と言うよりは貴族のお屋敷で働いているような服の男性、寡黙な筋骨隆々な方など様々でしたが、彼らに共通して言えるのはどこか嬉しそうな表情を浮かべていることでした。


 少し遅れて、各ブロックで負けてしまった方々が姿を現しました。

 その中に、エルフォニアさんと戦っていた【背水の魔導士】さんもいます。

 彼は頭を掻きながら転移門を抜けると、気恥ずかしさを消し飛ばすように豪快な笑い声を上げました。


「いやぁー、参った参った! 手も足も出ねぇとはこのことだな! ガハハ!」


「おいおいバモス、情けねぇところ見せてくれたじゃねぇかー!」


「お前に賭けたチップ代返せー!」


 観客席からバモスさんへブーイングが飛び交いますが、バモスさんは一切気にしていない様子で声を張り上げました。


「んだよお前ら! 勝手に人サマで賭け事してんじゃねぇぞー!」


 沸き上がる笑いに苦笑しながらバモスさんのことを観察しましたが、あれだけ串刺しにされていたのに傷一つありませんでした。どうやら、転移先で受けた傷などは帰還後は綺麗に治っているようです。


 見ず知らずとは言え知らない人が目の前で殺される、なんて事態にならなくてよかったと安堵していると、アーデルハイトさんから次の組の呼び出しが行われました。


「ほら行くわよシルヴィ! あたし達の快進撃の初陣よ!」


「わわっ、引っ張らないでくださいレナさん~!」


 手を引かれたまま転移門に入ると、眩い光で視界が覆われました。

 反射的に目を閉じてしまい、瞼の裏から光が消えたのを確認してから目を開けると、そこは先ほどの戦闘エリアの上でした。

 辺りを見渡してもぼんやりとした無の空間が広がっているだけで、少し新鮮な気持ちになります。


 どうやらレナさんも同じだったようで、二人して感嘆の声を漏らしながら周囲を見渡していると、反対側に現れていたらしい対戦者の方から声を掛けられました。


「そうか、君たち【森組】は模擬戦のフィールドに立つのは初めてだったね」


 男性にしては少し高めの声色を持つその人へ視線を送ると、対戦者の方は優雅に一礼して見せました。


「お初にお目にかかるよ、僕は【狂風(きょうふう)の魔導士】ヤーゲン。君たちの最初の相手さ」


「あ、初めまして。えっと、【慈愛の魔女】シルヴィです。よろしくお願いします」


「え、シルヴィ真面目過ぎでしょ。別に返す必要はないと思うのに」


 た、確かに。魔女たるものむやみに名乗りはしてはならないとシリア様から教わったばかりなのに、つい反射で返してしまいました……。


 私が戸惑っていると、ヤーゲンさんが笑い出しました。


「ははは! 素直で良い子だね【慈愛の魔女】は。そして【桜花の魔女】は警戒心が高くて良いことだ!」


「それはどーも」


「うんうん、いいね。とても楽しめそうで僕も嬉しいよ! ぜひとも美しい僕の織りなす美麗な風の演奏を満喫していってくれたまえ!」


 な、なんだかとてもテンションの高めな方のようです。聞いてもいない情報を下さるのは対策がしやすくなるかもしれないのでありがたいですが、聞いてしまってよかったのでしょうかと逆に不安になります。

 それはレナさんも同感だったようで、とても複雑そうな顔をしていました。


 私達の戸惑いを他所に、ヤーゲンさんのトークは止まらずどんどん続いていきます。


「時に【桜花の魔女】は、僕と同じ風属性の使い手との噂を聞いているよ! 君の風のメロディはどんなものなのか、今からとても楽しみで仕方がないよ! 一方で【慈愛の魔女】はあまり戦闘向きではないとの噂だが、それでも一緒に戦おうとするその姿! 実に美しい!」


「は、はぁ……」


 レナさんが呆れ切って何も言えなくなってしまっています……。ヤーゲンさん、もしかしたら誰も止める人がいなかったら永遠に喋り続けられるのではないでしょうか。


「いい、いいね! その支え合いの精神は本当に素敵だ! だが僕も負けていられない! 僕の美しさは君たちの友情すら上回り、勝利すら僕の輝きのひとつとして加える必要があるからね!」


 そこまで言い切ったヤーゲンさんは、手鏡を取り出すと自分の顔を整えながら「美しい、今日の僕はまた一段と美しい!」と言い始め、自分の世界に入ってしまいました。


 なんともマイペースな方と形容しがたい気持ちになっていると、レナさんが何かを思いついたようで、悪い顔をし始めました。


「シルヴィ、あいつナルシよ」


「な、ナルシ……?」


「ナルシスト。自分が好きで好きでたまらない人のこと。自分が美しくなる、もしくは周囲に認めさせられるならどんな努力でもできちゃうアレな人よ」


「はぁ……。それは、うーん……良いことじゃないでしょうか?」


「良いか悪いかはさておき。あいつのあの性格、使えるわよ。ちょっと試してみるとしますか……!」

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