503話 魔女様は頼まれる
まもなく森に自生している桜の木々も、新緑へと移り変わろうとしている中、心地よい春風を感じながら今日も洗濯物を干していた私へ、レナさんの声が聞こえてきました。
「シルヴィー、ちょっといい?」
「はい、何でしょうか?」
「今日のトレーニングなんだけど、良かったらあたしと手合わせしてくれない?」
「それは構いませんが……。私ではなく、メイナードの方がより実戦的なのでは無かったのですか?」
防御しかできない私と、攻撃に特化しているレナさん。
一見、お互いの長所を伸ばす相手としては最適ではあるのですが、実戦でも同じことを求められる私はともかく、レナさんが不利な状況が生み出せないということから、彼女の日頃の鍛練相手として格上であるメイナードが選ばれていました。
ほとんどの状況で有利となる私を選ぶということは、何か事情があるのでしょうか。
「いやぁ。何かメイナードが、今日は街に用があるからあたしの相手はしないって言って来たのよ。ならエミリにお願いしようかって思ったんだけど、エミリとティファニーも街に遊びに行きたいーってことで付いていくことになってたみたいで」
「なるほど。それで私という訳ですね」
「それにほら、シルヴィもあの猫の騎士団を使った攻撃方法の模索もできるだろうし、あたしの力をどれくらいの神力で抑え込めるかって確認にもなると思うの。だからお願い!」
確かに、レナさんの言うことには一理あります。
シリア様の神力を少しずつ扱えるようになっているおかげで、防御の時はソラリア様のお力を。攻撃に回る時はシリア様のお力をと切り替えられるようになってきてはいますが、瞬時の切り替えがまだ上手くいかないため、咄嗟の判断を求められるレナさんとの実戦は、非常に有用なものだと思います。
「分かりました。では、シリア様にも許可をいただいておきますね」
「ホント!? ありがとうシルヴィ! 助かるわー!」
レナさんは私の手を取ってぶんぶんと上下に振ると、「それじゃまた後でー!」と忙しく去って行ってしまいました。
ハールマナでのフローリア様襲撃という一件を経てからという物、どうも彼女はこれまで以上に強くありたいという意思が高くなっている気がします。
誰かを護るために強くなること。それは私にも求められている物ですから、レナさんのような強さに対する欲求は必要なのかもしれません。
私も負けていられませんね。
そう心の中で呟き、気合を入れるように洗濯物をパンッと広げ、私も午後の鍛練に向けて備えることにしました。
何かを心待ちにしている間の時間の流れは非常に速いもので、あっという間に午後の診療時間が終わり、約束していた鍛練の時間となりました。
家から少し離れたところに切り拓かれた広場では、既にレナさんとフローリア様が待機していて、レナさんの準備運動をフローリア様が手伝っているのか邪魔して遊んでいるのか分からない光景があります。
「ちょ、ちょっとフローリア! 痛い痛い! 押し過ぎだってば!」
「でも柔軟は大切なんでしょ~? ほらほら、えいえいっ、ぎゅっぎゅ~♪」
「痛い痛い痛い! ホントに筋肉割けちゃうからぁ!!」
『何をやっておるのじゃ、あ奴らは』
「いつ見ても仲がいいですね」
開脚ストレッチをするレナさんの背中に、ご自身の全体重を乗せるかのように押し付けるフローリア様でしたが、やがて本当に痛くて我慢ができなかったらしいレナさんの反撃を受け、同じようにストレッチを強要されていました。
しかし、フローリア様は非常に体が硬かったようで、あまり足も開けない上に体も前に倒せず、一定の角度で「痛い痛い」と泣き出してしまっています。
私もあまり人のことは言えないのですが、運動不足は危険ですねと苦笑しつつも、レナさんに声を掛けることにしました。
「レナさん、フローリア様。お待たせしました」
「あー! 助けてシルヴィちゃ~ん! レナちゃんにいじめられてるのぉ~!!」
『貴様が先に仕掛けておったじゃろうが、このたわけ』
助けを求めるも、シリア様に無情にも一蹴されてしまったフローリア様の股関節部分から、メキッと少し嫌な音が聞こえてきました。それと同時にフローリア様は目を白黒させながら声にならない悲鳴を上げ、内ももを押さえるように地面を転がり始めてしまいます。
あれはとても痛そうですが、治癒は効かなさそうですし見なかったことにしましょうか……。
「で、ではシリア様。お願いします」
『うむ』
シリア様は当然のようにフローリア様を視界から外し、地面を前足で二度叩きました。
それと同時に、去年の魔導連合で行われた技練祭と同じ空間魔法が展開されていき、何もない真っ白な空間が私達を包み込みます。
そして、一定間隔で私達を囲むように区切られている四角い光の柱があることから、技練祭の空間をそのまま模しているようにも見えます。
『恐らく今年も、技練祭が行われるのじゃろうて。であれば、それを見越した空間で鍛練に励むのが吉じゃ』
「なるほどね。分かりやすくてありがたいわ」
レナさんはその場で数度跳ね、体の調子を確認し終えると、私に向かって臨戦態勢を取り始めます。
「それじゃ、そろそろ始めるわよ。ほら、シルヴィも杖を構えて」
「分かりました。よろしくお願いします、レナさん」
「えぇ、こちらこそ――本気で行くわよ!」
私が杖を構え、何かあった時に咄嗟に使えるようにと魔導石へ魔力を込め終えたのを見計らい、レナさんはこちらに向かって飛び込んできました。




