502話 天空の覇者は認めている
フローリア様とシリア様による、完全に意識外から攻めてくる洗脳魔法や、ふとしたタイミングを見計らって試してくるレナさん、そして何度やっても露骨で分かりやすく可愛らしいエミリとティファニーに手伝っていただいたおかげで、この二週間ほどでだいぶ洗脳に対する耐性が付いてきたような気がします。
時々メイナードにもお願いしようとしてはいたのですが、彼は彼で私よりレナさんの鍛練の相手をしている方が楽しいようで、二、三度やってくれたかどうかと言った程度でした。
メイナードとしても、最近はモリモリと実力を付けているらしいレナさんの相手をしている方が、きっと彼自身の狩猟本能を刺激されて高揚させてくれるのでしょう。
そうは割り切っているつもりですが、私から見ると、以前よりもメイナードとレナさんの距離は少しずつ縮まっているようにも見えます。
以前メイナードは自分より弱い者には興味が無いと言っていましたが、もしかしたら強くなってきているレナさんの評価が上がり、少しずつではあるものの、彼の中で大きな存在となってきているのでしょうか。
もしそうであるならば、私が彼の召喚者ではありますが、彼の恋路を応援したくもなります。
そんなことを考えながら、レナさんと共に待っていた彼に今日のおやつを差し出すと、何故か軽蔑するような声色で指摘されました。
『……なんだ主、気持ちの悪い目をしているぞ』
「いきなり酷い言い様ですね。そんなに変な顔をしていましたか?」
「女の子に向かって気持ちが悪いとか言うんじゃないわよ。失礼でしょ」
『気持ちの悪いものに雄も雌も関係ないだろう』
「うわ、出た出た。自分はそういうのには当てはまらないですーってタイプ。全然かっこよくないし、むしろ嫌われるわよ?」
レナさんからの言葉は聞こえなかったかのように、メイナードはチョコマフィンをついばみ始めます。
そんな彼の態度にも見慣れているレナさんも、小さく溜息を吐きながらも「いただきます」と両手を合わせてからフォークで小さく切り分け、口に運んでは嬉しそうに顔を緩ませました。
「ん~~! ほんっと、シルヴィが作る料理は毎日食べても食べ飽きないわ! 絶対いいお嫁さんになる、あたしが保証する」
『貰い手のつかなさそうな小娘に保証される方が失礼ではないのか』
「ぁんですって!?」
『む、貴様!!』
挑発に乗ってしまったレナさんが、ひょいとメイナードのマフィンを取り上げてがぶりと頬張ってしまい、珍しくメイナードが怒りを露わにします。
彼は仕返しにとレナさんの額を嘴で鋭く突き、彼女を椅子ごと転倒させると、当然のようにレナさんのマフィンを自分のお皿に乗せて食事を再開させました。
「何すんのよあんた!? あたしの可愛い顔に穴が空いたらどうすんの!?」
『知らん。蜂にでも住んでもらうがいい』
「あったま来た! おやつは後よ、表に出なさいよ!!」
『ほぅ? 我から食事の楽しみを奪うというつもりか、いいだろう』
そのまま二人はバタバタと外へ行ってしまい、それから間もなく強い振動が我が家を襲います。
もう毎日のことですが、ここ最近は特に家に伝わる衝撃も強くなってきていますし、そろそろ防護結界を強めて新調した方がいいのでしょうか……。
やるべきことが増えてしまい、いつ実行に移すべきかと考えながらマフィンを一口頬張った直後、一足先にメイナードが食堂の中へ帰ってきました。
「もう終わったのですか?」
『あぁ』
短く答え、自分のお皿に元自分のマフィンを乗せて黙々と食べ始めるその姿から、レナさんが負けてしまったのだと容易に想像することができました。
相変わらず、食べ物が絡むと容赦がありませんねと苦笑しながらベランダへ出てレナさんの姿を探すと、彼女は地面に等身大のくぼみを作りながら目を回してしまっていました。
「大丈夫ですか、レナさん?」
声を掛けながら体を持ち上げるも、レナさんからの返答は期待でき無さそうです。
彼女をお姫様抱っこの要領で持ち上げ、治療のために診療所へ運びます。そのままベッドの上にそっと寝かせて、レナさんの傷の具合を確認するのも含めて、彼女の全身を改めて確認することにしました。
私とシリア様、そしてレオノーラが過去の世界を追体験した後辺りから、ちょくちょく見かけるようになった彼女の新しい衣装姿。
一件、踊り子の方が着ている物に似ているようにも見えますが、ところどころから神力に似たような力は感じられることから、ただの衣装ではないことが伺えます。
さらに言えば、彼女が纏うそれから感じる力は神力とは少し違うようにも思えますし、大神様が仰っていた“レナさんが異世界人であることから発現した別の力”で作られた衣装であると認識するべきなのでしょう。
私が扱う神力、レナさんの謎の力、そしてエルフォニアさんの悪魔の力。
これらがプラーナさんへの切り札となると大神様は仰っていましたが、私達はお互いにその力の正体もよく分かっていませんし、全く情報を共有していません。
いずれは詳細を共有し、お互いの弱点となり得そうな部分を補えればと思うのですが……。
そんなことを思いながらレナさんへ治癒魔法を施していると、体のダメージが引いてきたらしいレナさんが目を覚ましました。
「うっ……。あれ、シルヴィ……痛っ」
「まだ完治はしていないので、横になっていてください」
「あー……。また負けちゃったか、あたし」
レナさんはそう呟きながら再び仰向けに倒れ、照明から差す光を遮るように自身の腕で目元を覆います。
その声は少し弱っているようにも感じられたので、私は励ますことにしました。
「メイナードは私達よりも何十倍も長生きしていますし、ずっと戦いの中で生きて来た種族ですから、レナさんが負けてしまうのも無理はないと思いますよ」
「うん、それは分かってるのよ。でも」
「メイナードはレナさんの力を使えないのだから、レナさんが勝てないとダメ。ですか?」
「そう。魔法を程度無効にできるあたしの方が有利なんだから、あたしが勝てて当然なんだけどさーって」
「そうですね……。少し例えがおかしいかもしれませんが、腕前の差は、よく料理人と食材で例えられることがあります」
私の言葉に、レナさんはちらりと顔を向けてくれました。
そんな彼女に微笑みながら、私は続けます。
「プロの料理人がいい食材を使えば、当然いい料理ができると思います。ですが、悪い食材を使ったからと言って、それが必ず悪い料理になるという訳では無いのですよ。それは逆も同じで、見習いの料理人がいい食材を使ったところで、プロが作ったものを超えられないことがほとんどなのです」
「つまり、アイツの方が魔法の扱いが上手くて、あたしはまだ力を使いこなせてないってことでしょ?」
「簡単に言ってしまえば、そうなりますね」
「それも分かってるのよ。だからこそ、早くアイツを超えられるように強くなりたいなぁって思う訳」
「レナさんの成長は、誰よりもメイナードが認めていると思いますよ?」
「えぇ? そんな訳ないでしょ」
「それが、そんな訳があるのです。事実ここ最近は、メイナード自身がレナさんとの鍛練を楽しみにしている節があるんですよ?」
「え、どういうこと?」
私は、第三者目線から見たメイナードの様子をそのままレナさんに伝えました。
すると、彼女は少し考え込むような様子を見せるも、ガバっと跳ね起き。
「……なら、あたしもちょっとずつ強くはなれてるってことね! それが分かっただけよかったわ! ありがとシルヴィ、元気が出たわ!」
「あ、レナさん! まだ完全には終わってな――」
にひっと笑みを見せて、診療所から二階へと駆け上っていってしまいました。
その後、またすぐにレナさんが吠えてる声が聞こえてきましたが、これはこれで彼女達の日常なのでしょうと苦笑し、私も二階へ戻ることにしました。




