495.5話 幸せな王女の夢を見せる・1
今日は新章開幕と言うことで、1時間後に本編も投稿します!
少しずつ動きつつある幕間のお話も、ぜひお楽しみください!
王女様をベッドに横たわらせ、一緒にそのベッドに腰掛けながら夜空を見上げる。
いつもと何一つ変わらない、満点の星々が煌めく綺麗な春の夜。灯りを消した室内に差し込む月明かりが、あたしに眠らされた王女様の横顔を照らしていた。
「長かったなぁ……」
世界を優しく照らすその光を見ながら呟く。
パチンと指を鳴らして、誰か知らない給仕の姿から【夢幻の女神】である自分の姿へと戻し、これまでのことを振り返る。
グランディアのお坊ちゃんにいいように使われ、人を甘やかし続けたことで招いてしまった世界の終焉。
その責任を負わされ、神としての力はおろか、この世界から存在までも消されてから何千年経ったっけ。
……思い返せばあまりにも長く、孤独な時間だった。
かつては相応の努力を見せれば願いを叶えてくれる女神として持て囃され、ありがたがられていた世界からあたしにまつわる全てが消され、この世界に干渉することも許されなくなったあたしは、一人だけ別の世界にいるようだった。
すぐそばで話しかけているのに、誰にも声は届かない。隣にいるのに、誰にも気づいてもらえない。あたしを崇めていた信者達ですら、あたしが神を辞めさせられた瞬間から別の神を崇めていた。
何度、消えたいと願ったか。
何度、自分が招いた結末に嘆いたか。
いくら泣こうが後悔しようが、それは誰にも届かない。
世界そのものに拒絶されているのに、その世界にいなければならない。
大神があたしに与えた罰は、私を狂わせるには十分すぎるほど残酷だった。
歪み、壊れ、何度も発狂しては死を望み、叶わない願いに再び狂う――。
「ある種、あたしとあんたは似ているのかもね」
昏睡させた王女様の頬を、そっと撫でる。
あたしが降ろされた席に収まった、人間出身の【魔の女神】シリアの先祖返りであり、グランディア最後の生き残り。
あたしの襲撃にコイツの親が死に物狂いで抵抗し、その命と引き換えに張り巡らせたあの結界のおかげで、コイツが自分で出て来るまで一切干渉することができなくなっていたけど、今ではこうして触れることができる。
手を滑らせ、その細い首を締めあげようと両手で包むと、誰よりも知っているあたし自身の力で両手が強く弾かれた。
「……ホント、皮肉なものよね」
あたしの力で、あたしを拒む。
遂には自分自身ですら、あたしを否定しているような気持ちにさせられてしまう。
それはまるで、あたしのやり方が間違っているとでも言うかのようだった。
「復讐は何も生まない、か」
あの日、コイツに言われた言葉をふと思い出す。
『私を殺せば、一時的に気は晴れるかもしれません。ですがその後、ソラリア様はどうされるのですか? グランディアへの復讐という目的を達成したら、あなたは救われるのですか?』
『あなたの本当の願いを、私に教えてくださいませんか?』
神々を引きずり下ろし、幽世の門を開いて、世界の終焉を再演する。そうすれば、あたしが嫌いなこの世界も壊れ、あたしを追放した神々も皆殺しにすることができる。
コイツの言う通り、復讐は何も生まないかもしれない。だとしても、世界から消されたあたしがこの世界に爪痕を残すことはできる。
全世界の命を巻き込んだ、単なるエゴ。
誰かに覚えていてもらいたかっただけの、子どもじみた嫌がらせ。
何と言われようと構わない。
笑いたければ笑えばいい。
「あたしという存在を、絶対に消させない」
窓ガラスに映る自分の目が、紅く煌めいた。
世界崩壊までのカウントダウンは、もう止められないのだから。




