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492話 魔女様は幻を見る

 小箱を手にした時には四つしか入っていなかったはずのお団子でしたが、何故か食べても食べても無くならず、永遠に増え続けていてしまったため、私達のお腹が限界に来てしまいました。


「も、もう無理じゃ! 食いきれん!!」


「美味しくはありますし、核を治すためにも必要だとは分かっていますが……」


「そもそも、一体どういう原理なのじゃこの箱は!? 新手の転移魔法か!?」


「転移が使われてる形跡はありませんわね」


「そんなこと分かっておるわ! 妾を誰だと思っておる!?」


「まぁ!? 人に聞いておいて逆ギレですの!? このっ!!」


「やめよ阿呆!! もう食えぬと言ったばかりじゃろうが!!」


 レオノーラとシリア様が取っ組み合いをし始めたのを微笑ましく見守りながら、私は自身の体を再確認することに努めます。

 プラーナさん達との戦いが終わってから、ずっと私を蝕んでいたあの感覚は既に無くなっていて、大神様からいただいた飴で補強していた感覚ではなく、大元の魔力の核への影響自体がなかった頃と同じように思えます。

 シリア様の体もすっかり元通りになっていらっしゃるようで、体全身に走っていたヒビも無ければ、私から見てもシリア様の魔力に異常は見受けられません。


 内心で改めて、サンタクロースさんと【運命の女神】スティア様へお礼を述べていると、何故か食べる必要のないレオノーラの口に無理やりお団子を詰め込んでいたシリア様が、ふと思い出したかのように私へ声を掛けてきました。


「そうじゃシルヴィよ。妾の過去を追い、何か現世に持ち帰れそうな知識はあったか?」


「知識ですか? 魔族の体制や王家の成り立ち、勇者物語の真相などを知ることができましたが」


「そんなもの知ったところで、大した役には立たんじゃろう」


(わたくし)の活躍を、そんなものとは失礼ではありませ――ふもっ!!」


「黙っておれ。妾が聞きたかったのは、魔術との敵対のきっかけや、あの神殺しの力についてじゃ」


 やはり、シリア様は当事者であったことから、あの原因について分からなかったのでしょう。

 私はシリア様へ頷き、シリア様がかつて破門した“リンディ”という魔法使いのことと、彼女がシリア様の研究していた何かを盗み出していたこと、そして“復讐の炎(プラーナ)”と名を改めて錬金術サイドへ向かったことを伝えました。

 すると、シリア様は記憶を辿りながらも、お一人で思い当たる節に頭を悩ませ続けていましたが、やがてスッキリした様子でお団子をもう一個レオノーラの口にねじ込みながら言葉を返してきました。


「そうか……それならば、魔術師であるはずのあ奴が魔法を巧みに扱い、神殺しの力を手にしていたのにも合点がいく。そして、妾に放った“贖罪”という言葉の意味も理解できよう」


「ということは、やはり彼女は」


「うむ。妾に破門された恨みから、同じく錬金術の立場を奪われた者共とひとつになり、魔女へ――ひいては妾への復讐を目論んでおったのじゃろう。して、当時妾が研究していた神力を独自に解明し、それを反転させることで神への切り札を編み出した、といったところか」


 シリア様が当時から研究されていたものが神力と分かり、私もようやく納得がいきました。

 となれば、彼女を始めとした魔術師の皆さんに刻まれている“魔術刻印”は、神力による魔力への干渉なのでしょう。そのため、並大抵の威力の魔法や結界の防御力は、魔術刻印の前には意味を成さなかったと考えられそうです。


 使っている私自身でも未知の部分が多すぎる神力ですが、それを独学で解析して応用してしまったプラーナさん。彼女がアーデルハイトさんに嫉妬をしてしまわなければ、いずれは大魔導士として花開くことがあったのかもしれません。

 ……いえ、正確にはシリア様がアーデルハイトさんに付きっきりにならなければ、なのかもしれません。

 断片的にしか知ることができなかった情報から、どちらが悪いと判断するのは双方に失礼でしょう。と思考をやめ、私は話題を変えることにしました。


「ところでレオノーラ。シリア様と私の核が無事に元通りになったのですが、そろそろ元の世界に帰れますか?」


「えぇ、いつでも戻れますわよ」


「なら何故やらん。このボンクラめ」


「まぁ!? 貴女が私に万病団子を処理させようと、邪魔し続けていたのではありませんの!?」


「むおっ!? 何じゃ貴様! 妾の全盛期のこの体に敵うと思うでないぞ!!」


「きゃあ!! シルヴィ、助けてくださいまし~! 私、この野蛮な魔女に襲われてしまいますわ~!!」


「語弊のある言い方はやめよ!」


 再び取っ組み合いをし始め、ゴロゴロと転がりながらお互いの口にお団子をねじ込む姿に、私は苦笑してしまいます。

 本当に、レオノーラとシリア様は仲がいいのですね。そう微笑ましい気持ちになりつつも、いつまでもこの世界で遊んでいるわけにもいかないので、私は仲裁に入ることにしました。


「シリア様、そこまでにしてあげてください。皆さん、私達の帰りを待っていますので」


「そうですわよ! この不出来な女神を救うべく、わざわざ大神様が顕現してこの世界の維持をしてくださっておりますのよ!?」


「ふで……!? 放せシルヴィ! やはりこ奴はここでもう一度殺さねばならぬ!!」


「ダメですって! レオノーラ、早く出口を!」


「うふふ! ほぉら、魔女さんこちらですわ~!」


 レオノーラが亜空間への入口を作り、ひらりと手を振りながら中へ消えると同時に、シリア様が私の腕を振りほどいて追いかけていきました。

 それと同時に、過去の世界がパキパキと音を立てながら崩れようとし始めます。


 これは、置いていかれてしまうと危ないかもしれません。

 そう思って二人の後に続こうとした時。


『シリアをよろしく頼む』


「えっ……」


 背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはかつてシリア様が共に旅をした勇者一行の、若き日の姿がありました。

 彼らの体は透けていて、崩壊していくこの世界と同じようにパラパラと崩れ落ちていますが、それでも彼らは笑顔を私に向けています。


『アイツ普段は冷静なくせに、変なところでスイッチが入ると止まらないんだよなー』


『おかげで、戦わなくていいはずの相手とも戦わされたりと大変だったわよね』


『あはは! それもまた、シリアさんらしいと言えばらしいよね』


『違いねぇ!』


 楽しそうに笑いあう彼らでしたが、やがて全員揃って優しい顔を浮かべ、彼らを代表するようにユースさんが一歩前へと歩み寄ります。


『ある意味、これはシリアが生前に叶わなかった願いを叶えられる世界なんだ。あいつのせいで、魔法使いと錬金術師が対立したこと。あいつが神になることを選んだせいで、子どもの成長を見届けられなかったこと。それを叶えてやれるのは、シリアの子孫であり、俺の子孫でもあるシルヴィ……お前だけだ』


「私が、シリア様の願いを叶える……」


『だから、どうか……』


「シールヴィー!? 何してますのー!?」


「早う帰るぞ、シルヴィ!」


 ユースさんの声を遮るように聞こえて来た呼び声に、咄嗟に振り向いてしまいました。

 直後に、聞き逃してしまったことを謝ろうとするも、再び視線を戻した場所には彼らの姿はありませんでした。


 今のは、これまでのシリア様の生涯を見て来た私の頭が、自分がやるべきことをイメージにしたものだったのでしょうか。それとも……。


 私は崩れ行く世界を見上げ、誰に向けて言うでもなく、そっと約束を口にします。


「必ず、シリア様の後悔を払拭してみせます。そして、世界を元の形に戻します」


 またひとつ、背負うべき約束が増えたことを胸に刻み、私は亜空間の中へと足を踏み入れました。

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