488話 ご先祖様は誘われる
シリア様による、後のプラーナさんの魔女資格はく奪。それによる、錬金術から魔術への転換。
きっかけはほんの些細な出来事ではあったものの、やはりシリア様という人物が持っていた才能が後世に残した影響は非常に大きいものとなることを、この時代のシリア様が知る由もありませんでした。
そんな小さくも大きな事件となった一件を終え、次に場面が切り替わった先に広がった光景は、やや懐かしさを感じる人物が登場していたところでした。
「やぁシリアさん! 元気にしてたかな?」
「なっ!? く、クミンさん!?」
恐らく、時刻は既に夜もいい時間ではあるとは思うのですが、そろそろ就寝しようとしていたシリア様の自室に、共に旅をしていた頃から一切見た目の変わっていないクミンさんが現れたのです。
シリア様は困惑を極めてしまっており、月明かりが差し込んでいた窓を閉め、外に誰もいないことをを慌ただしく確認すると、パチンと指を鳴らして魔女服に着替え、彼女を席へと案内します。
「妾としたことが、よもやお主の来訪に気づけぬとは……! 夜会の頃からおったのか?」
「ううん、来たのは今さっきだよ。それはそうと、何だか変な口調になってるね?」
「これは、ええと……。こほん! あー、すみません。色々あって」
「あはは! 相変わらず面白い人だね」
あれからどれほどの時間が経ったか分かりませんが、少なくとも、シリア様が私の知る口調に変わってしまってから随分馴染むほどにはなってしまっていたようです。
それを楽しそうに笑ったクミンさんは、シリア様に勧められたソファに腰掛けながら、彼女をニコニコと見上げています。
「本当に、人はすぐ変わっちゃうなぁ。私の中のシリアさんはあの頃のままだったけど、実物はもうすっかりお母さんだし」
そう言うクミンさんの視線の先には、赤ちゃんを寝かしつけるようの小さなベッドがありました。
少しだけ移動してその中を覗き込んでみると、そこには銀色の髪を持った男の子が、気持ちよさそうに眠っています。
「あれからもう十四年ですよ? 魔女であろうとも年は取りますし、王家である以上は世継ぎを残さなければなりませんから」
「そうだね~。いいお母さんになれたかな?」
「分かりません。私も私で多忙を極めてるので」
「あはは! 魔導連合の運営と、国政に追われる日々で、さらに時間を縫って魔法の研究も続けてるもんね。子どもに割ける時間を作るには、こうした睡眠時間を削るしかなさそうだし」
「どうしてそれを……」
長年会ってなかったにも関わらず、今のシリア様を隅々まで知っているかのような口調に困惑していたシリア様へ、彼女は優しく微笑みながら答えました。
「言ったでしょ? 私は神様に仕えるシスターのようなものだって」
「えぇ? 教会では、王妃のプライベートまで筒抜けなのですか?」
「あぁ、そっか。結局、シリアさん達には言わないまま別れちゃったんだったっけ」
謎めいた言葉に、シリア様と共に小首を傾げていると、彼女はすくっと立ち上がり、淡い光を全身から放ち始めました。
その光は神々しく、言い換えるなら私がよく知る力でもあり。
「――ふぅ。こっちが私の本当の姿なんだ。【運命の女神】スティア様に仕える、天の御使い。この世界に合わせて言うと、天使ってところかな」
神様の御使いと自身を呼称し、姿を変えた彼女に私達は声を失ってしまいました。
彼女が着ていた修道服は神聖さを感じさせるデザインへと変わっていはするものの、原型は大きく変わってはいません。ですが、クミンさんの背中から生えている純白の翼と、頭上に浮遊している光の輪っかとそれに追従する十字架が、彼女がこの世界の住人ではないことを示すかのようです。
小さく翼をはためかせ、メイナードの物に似てはいるけど性質が異なる燐光と共に、彼女の翼から抜け落ちた羽が部屋にふわりと舞います。それのひとつがシリア様の顔の前を通り、反射的にシリア様が両手で受け止めました。
「本物……」
「そうだよ。私は本物の天使。スティア様からの命令で、この世界を大きく変える人物となるシリアさんを観察しに来ていたんだ」
「私を?」
「うん。この世界を大きく変えるってことは、良くも悪くもこの世界に生きている人達の運命を捻じ曲げるってことになる。最近の例で例えるなら、道端で首を吊ろうとしていた子どもを助けたでしょ? あの子どもはあそこで死に、野生の魔獣のエサになる運命だったけど、シリアさんはそれを止めさせて魔女にしてしまったよね?」
クミンさんが示唆しているのは、間違いなくアーデルハイトさんのことです。
彼女の言う通り、たまたまシリア様が徒歩を選んで帰路に着いていなければ、アーデルハイトさんはあそこで生を終えていたことでしょう。
シリア様もそれを理解したようで、首を小さく縦に振ったのを見たクミンさんは、さらに言葉を続けます。
「おかげであの子の運命が大きく変わり、この世界にも影響が出る存在になった。シリアさんはその時の気分だったかもしれないけど、キミの行動のほとんどが、他人の運命すらも変えられるほどの大きな影響力を持っていたんだよ」
「そんなことは」
「ない、とは言わせないよ?」
シリア様の言葉を遮るように、クミンさんが被せます。
そのまま彼女は指折りで数えながら、シリア様が変えたと思われる運命の数々を挙げ始めました。
「まずは私達勇者一行。あそこにシリアさんが入らなければ、彼らは無謀にも前線へ加わって初陣で命を散らしていた。それはそうだよね、だってシリアさんが稽古を付けさせないと弱すぎるって思ってたくらいだもんね」
そのまま、シリア様がパーティを組んでいた皆さんの窮地を救い続けていたことを次々と述べ、さらにと続けます。
「キミの友達であるラティス。ほら、旅をしていた夜中にふと通話していた時があったでしょう? あの時、ラティスは単独で魔族の幹部を落とそうとしていたんだよ。少しでもキミ達の負担が減らせるようにとね」
その言葉に、シリア様はハッとした表情を浮かべました。
「まさかあの時、ラティスの声が強張っていたのって!?」
「そう、そのまさか。彼女一人で陥落させることは難しい要塞を前に、緊張していたんだろうね。そんな時、親友でもあるキミからの連絡を受けて、下手に攻め込んで危険を冒すよりも、謎の自信に満ちていたシリアさんの邪魔をしないことを選んだんだ。その結果、たまたま居合わせていた魔王と遭遇することなく、彼女は生き延びることができた」
シリア様が旅の途中で連絡していたあの他愛のないやり取りが、思わぬ形で命を救っていたことに繋がっていたことを知り、かけがえのない友達を失わずに済んだと胸を撫で下ろしていました。
しかし、シリア様はまだ信じられない様子であるようです。
「ですが、流石に偶然では?」
「偶然、という言葉はこの世には無いんだよシリアさん。その人がたまたまそういう行動を取ったのだとしても、それは見方を変えるだけで運命に沿った必然の行動になる。人はそう動くように、運命を決められているからね」
【運命の女神】の御使いである彼女がそう断言するということは、間違いなくすべての行為は必然であるのでしょう。
その点において、シリア様は恐らく他の方々よりも多く、他人の運命に干渉することが決まっていたため、その干渉によって予定外が起きないか監視するようにと、シリア様の下へクミンさんが差し向けられたのだと理解することができました。
私が理解できたことを理解できないシリア様であるはずがなく、彼女はそれを踏まえてクミンさんへと尋ねます。
「……では、何故今になってそれを教えに来たのですか? まさか、私が運命から外れた行動を取ったから?」
「ううん、その逆だよ」
クミンさんはそう言うと、シリア様へすっと手を差し伸べました。
「神々の期待通りに世界を導き、平和をもたらしてくれた。そして魔法の極致へと至った魔女のキミを、神の座に迎え入れることが決まったんだ。この世界に存在する魔法を統括する【魔の女神】になってほしいとね」
「……えぇ!?」
声が裏返るほど驚いたシリア様に、クミンさんは昔のようにケラケラと笑うのでした。




