486話 ご先祖様は決別する
遂に、魔法と錬金術――魔術と決別してしまう、その時が来てしまうのですか。
やや悲しく感じながらも、どのような経緯であったかしっかり見届けるべく、二つ目の飴を口にすると同時に景色が切り替わっていきます。
モノクロのノイズが消えた新たな場面では、魔女服に身を包んだシリア様が、研究者独特の風変わりな衣装を着ている方々や、彼らに日ごろお世話になっているであろう街の人々の前で、土属性魔法を披露しているところでした。
「……このように、土属性魔法は自身の魔力をリソースとして、術者の習熟度に応じた品質の錬成物を生成することができます。これが有から有で物質を錬成し直す、限られたリソースを必要とする錬金術と、無から有を生み出す魔法の大きな相違点です」
「おぉ……! 魔法でも錬金術と同じことができるのか! それに、物質を必要としないのなら、コストも安く収まるかもしれないな!」
「品質も断然いいわ! 魔法使いさんにお願いしてみようかしら!」
シリア様が生成したインゴットに人々が群がり、その品質を錬金術製の物と見比べながら口々にその腕を褒めたたえます。
しかし、その光景はやはり錬金術師から見たら面白いものでは無く。
「で、ですが王妃様! 僭越ながら申しあげさせていただきますが、ご自身が仰ったように、魔法では術者によって力量が大きく左右されてしまうため、均一の品質を保つことができません! その点、我々の錬金術であれば」
「何言ってんだ! 錬金術製であっても、やれ鉱山の鉱石の品質が落ちてるだの、釜戸の調子が悪いだので粗悪品を並べることがあるだろうが!」
「そうよ! そのくせ、普段の品質と同じ価格で販売して!」
「魔法なら、常に同じ品質を作り出せる人を抱えることができれば安定するんだ!」
品質維持の難点を指摘するも、日ごろから錬金術師が生成していた製品に不満を感じていた街の人々から猛反発を受けてしまうのでした。
シリア様は続けて、現在錬金術で補っている部分は全て土属性魔法が利点を上回れることを始め、当面は自分を始めとした土属性魔法に特化した魔法使いで生成できるが、後進の育成が進み次第彼らに任せることから、若干品質が下がるかもしれないこと。それでも、市場価格よりはコストを抑えて提供が可能であること。さらには必要であれば、その魔法使いと専属契約を結んでもらっても構わないことをアピールし、急速に土属性魔法の需要を言葉巧みにセールスしていきます。
それは街の方々の中でも、土属性魔法に適正はあるけど他属性を伸ばしていたという魔法使いの方にも響き、シリア様へ質問を投げかけます。
「あの、王妃様! 自分は土属性の適性があると言われ、やむなく炎属性に転向していたのですが、そんな自分のような半端者でも学びの場を設けていただけたりするのでしょうか?」
「当然です。今までの土属性は、世の大部分を錬金術によって補っていたため軽視され、錬金術の下位互換と蔑まれ研究が不足していましたが、同じ土属性の使い手である私自ら、土属性には多彩な伸びしろがあることを教鞭を振るうつもりです」
「王妃様自ら……!」
「うおおお! これでやっと、劣化魔法使いなんて言われなくてよくなるんだ!」
シリア様自ら、望む物には知識を授ける。
その言葉は、今のシリア様の立場を最大限に利用した魅力的なお誘いでした。
そしてそれは同時に、かつてのシリア様同様に土属性の適性があると烙印を押され、他魔法使いの劣化として生きていくしかなかった方々への救済でもあったため、諸手を上げて歓迎されることになります。
生活コストが下がることから上がる歓喜の声と、将来への希望で活気に満ちている声を聞きながら歯噛みしていた錬金術師の方々でしたが、遂にシリア様に対して極論を叩きつけ始めます。
「……しかし王妃様! それはあまりにも横暴ではございませんか!? この政策は、我ら錬金術師の生活を奪う事にもなる! それを承知の上で、お言葉を並べていらっしゃるのでしょうか!?」
その言葉を受けたシリア様は、街の方々へ向けていた笑顔を固めると、急激にその表情の温度を下げていき、侮蔑の視線を彼らへ向けながら返答しました。
「では今一度、あなた方に問いましょう。今のこの人間領において、あなた方が手にしている地位は何を犠牲に成り立っていたものですか?」
「犠牲など、何も」
「何もない? 考古学にも優れているあなた方が、まさか知らないとは言わせませんよ?」
シリア様は彼らへ向き直り、マジックウィンドウを表示しました。
そこには、まさに今とは正反対の状況が描かれています。
「かつて、土属性の魔法使いはその研究の浅さから、後発であるあなた方によって地位を奪われました。その時も彼らはあなた方へ同じ懇願をしていたはずです。我々にはこれしかない、これを奪われると生活ができなくなると」
「な、何を」
「しかし、あなた達は無情にも言い放ちました。“魔法が使えるのならば、他の属性でも仕事はある”と」
私はふと、視界の端でレオノーラがうんうんと頷いているのを見つけました。
「もしかして、レオノーラが教えたのですか?」
「その通りですわ。人間領にだけ存在し、魔族領には存在しない錬金術。シリアから聞いた時は非常に興味が湧きましたが、ルーツを辿れば魔法の精度を下げて、物質の合成反応に応用しただけの存在でしたわ。ですが、当時の魔法学の研究から見れば、説き伏せるには十分すぎるものだった、という訳ですわね」
どうりで魔族領では錬金術を知ってはいても、魔術師という言葉があまり浸透していなかった訳ですね。と一人で納得し、シリア様達へ視線を戻します。
そこでは、冷や汗をかきながら狼狽える錬金術師達へ、街の方々から冷たい視線が向けられていました。
反論しようと言葉を探すも、事実を否定することになるため口ごもってしまう彼らへ、シリア様は無情にも告げます。
「あなた達の時代はここまでです。これからは、私達土属性の魔法が世界を導いていきます。これが、因果応報という物ではありませんか?」
初めは土属性の魔法で回していた物作りの世界を、後発した錬金術がそれを上回ってしまったから塗り替えてしまっていた。
新たな事実を知ると同時に、何故魔術師の方々があそこまで魔女に対して敵意を抱いているのかが、強く疑問に感じてしまいます。
逆恨みという言葉が、これ以上なく当てはまってしまいそうなものですが……と首を傾げてしまう中、場面は再び切り替わろうとしていました。




