480話 ご先祖様は賭けに出る
そこから先は、一気にシリア様達勇者一行が劣勢となるばかりでした。
攻撃を受けないように立ち回ることに意識を割かされ続けた結果、魔王への攻め手が薄くなり、防戦一方になってしまっています。
シリア様の簡易結界を以てしても、魔王の攻撃を防げるのは一度が限界である以上、彼らの立ち回りは重く慎重にならざるを得ない状況です。
「クハハ! どうした勇者とやら! 我を殺すのではなかったのか!? 逃げ回るだけで手一杯では無いか!!」
「クソッ、どうすれば……!」
「っ! ユース、危ない!!」
焦りからか集中力が切れ始めていたユースさんへ、死角を襲うように黒炎が二つ襲い掛かってきました。
一つはシリア様が撃ち落とすことで対処できたものの、もう一つまでの対処が追いつかず、彼の顔を狙った黒炎が着弾してしまう――そう、ユースさん自身も身構えた時でした。
「ドロー・バインドッ!!」
「うおっ!?」
彼の体がくの字に引き寄せられ、黒炎の直撃を免れました。
しかしそれは、弓使いとしての技の中でも、自身と対象の居場所を入れ替える物であったようであり。
「きゃああああっ!!」
「フラリエーッ!!」「フラリエさん!!」
ユースさんを襲うはずだった物を、フラリエさん自身の体で防ぐ形となってしまいました。
体全身を黒紫色の炎で焼かれ、床に倒れ伏すフラリエさんに駆け寄ろうとしたところを、魔王は嬉々として槍を投げつけて射止めようとします。
それをロイガーさんが大盾で防ぎながらも、後方に控える味方へ声を上げました。
「どうすんだこれ!! このままじゃジリ貧しかないぞ!!」
「そうは言うが、俺もどうしたらいいか……! シリア、お前さっきから何か考えてただろ! 何かないか!?」
藁にも縋る勢いでユースさんがシリア様へ問いかけ、二人の視線を集めたシリア様は。
「……あることにはありますが、かなり危険かもしれません」
「何でもいい! 俺達にやれることなら言ってくれ!!」
「では……私が倒れたとしても、二人で魔王を倒せますか?」
「「……は?」」
「失敗した場合、私抜きでアレを倒してくださいと言ったんです」
そう、彼らに告げるのでした。
それを聞いた瞬間、魔王も含めた全員の動きが一瞬止まりましたが、即座に反発と高笑いが玉座の間に響き渡ります。
「ふざけるなよお前! またこの前みたいなことするつもりじゃねぇだろうな!?」
「他に方法は無いのか!?」
「クッハハハハハハハ!! いい、いいぞ【偉才の魔女】! 貴様は我を、笑いでも楽しませてくれるな!!」
シリア様に詰め寄るお二人に、シリア様は真剣な表情で伝えます。
「これまでに魔王の魔法をずっと観察してきていましたが、あと一歩であの魔法の神髄を会得できそうなのです。そのためには、私自身があの攻撃を受ける必要がある。というだけです」
「バカか!? あんなの、いくら魔法耐性が高い魔女だろうと、受けたらタダじゃすまな」
「それは承知の上です!!」
ロイガーさんの言葉を遮るように、シリア様は声を上げました。
「ですが、あの魔法を撃ち破らないと私達に勝ち目がないのもまた事実。なら、可能性がある方に賭けるべきです。違いますか?」
シリア様の問いに、二人は答えを出すことができません。
ここで「そうだ」と頷いてしまえば、失敗した場合にシリア様を殺してしまうことにも繋がることを恐れているのです。
そんな二人の優しさを感じ取っていたシリア様は、ふっと優しい顔を浮かべながら彼らへ付け足しました。
「私を信じてください。あなた達が期待を寄せ、仲間にした【偉才の魔女】は、この程度の障害も容易く乗り越える大魔女であると」
彼らはそれでも何かを言いたげな様子でしたが、どちらからともなく身を引き、シリア様に頷きました。
「……信じるぞ、シリア」
「ここまでカッコつけておいて、やっぱりダメでしたは聞かないからな」
「ふふっ。ではこの先、私に何があっても近づかないでくださいね」
シリア様は彼らが開けた道を進み、魔王と改めて対峙します。
そんなシリア様だけを残して距離を開けた二人を見ながら、魔王は怪訝そうに尋ねました。
「作戦会議はもういいのか」
「はい。彼らは私に、この状況を打開する術を託してくれました。ここからは、私一人で十分です」
「ほぅ……。大きく出たな、【偉才の魔女】」
魔王が周囲に槍を構えると同時に、シリア様も杖を構えて魔力を練り始めます。
しかし、その時間も与えないと言わんばかりに、魔王が先手を打ちました。
「ならば、我が呪刻をその身で受けるがいい!!」
魔王は槍の全てに呪刻を乗せ、シリア様に目掛けて投擲します。
それをシリア様は――何もせずに、本当に生身の体で受けてしまいました!
「「シリアッ!!!」」
「なっ……」
弾け飛ぶシリア様の鮮血と、短く途切れた断末魔に、ユースさんとロイガーさんがシリア様の名を叫びます。
まさか何もせずに受けると思っていなかった魔王も驚愕し、魔女帽を浮き上がらせながらぐらりと倒れるシリア様に目を剥いていました。
投擲された勢いのまま仰向けに倒れ、呪いの炎がその身を焼きながら血だまりを作るシリア様に、魔王が咆哮します。
「貴様……! 見損なったぞ【偉才の魔女】!! 貴様だけは我の渇きを潤す者と思っていたが、自ら命を絶つとはなぁ!!」
おびただしい量の血を流し、未だ体を焼かれ続けているシリア様。
この勝負の行く末を知っているとはいえ、私から見ても、あの出血量と傷では到底戦うことなどできないと思ってしまいます。
やがて、彼女を包んでいた黒炎と槍が消失し、玉座の間に静寂が訪れました。
未だ微動だにしないシリア様に、ユースさんとロイガーさんが顔を俯かせ、拳を握りしめた次の瞬間――。
「……あぁ、ようやく“至れた”」
口の端から血を零しながらも、シリア様が口角を吊り上げながらそう呟きました。




