479話 ご先祖様は魔王に挑む
楽し気な食事風景から一転し、次に映し出されたのはまさに大戦も最終局面と言った激闘でした。
私の記憶の中のシングレイ城下町と、概ね代わり映えのない当時の魔族領王都は戦火に覆われていて、人間領の騎士軍を引き連れたユースさん達勇者一行と、魔王城を陥落から防がんと必死になっている魔族軍の交戦が繰り広げられています。
魔王城内でもその戦闘は行われていて、複雑に入り組んでいる城内のあちこちで悲鳴と怒声、そして剣戟と爆発音が響き渡っています。
「くっ……数が多い! 全部を相手にするな! なるべく消耗を押さえながら行くぞ!」
「分かっています! グランド・ウォール!!」
シリア様が生成した分厚い土の壁が通路を塞ぎ、追手の兵士たちの行く手を阻みます。
ユースさんはシリア様に短く「助かる!」と礼を述べると、長い長い螺旋階段を駆け上り始めました。
上っている最中も上階から襲撃を受けたり、踊り場で待ち伏せなどが行われていましたが、遠近共にバランスのいいチームプレーで難なくと撃破しながら進み続けると、やがて魔王レオノーラの待つ玉座の間が見えてきました。
ロイガーさんがその大扉を押し開け、なだれ込むように玉座の間へ侵入してきた勇者一行へ、悠々と構えていた魔王が膝を組み替えながら声を掛けます。
「この城を汚らわしい人間の靴で踏み荒らされたのは、貴様らで二度目だ。生きて帰れるなどと思うてくれるなよ?」
「ようやく辿り着いたぞ、魔王……! 世界を統一させようだなんて、絶対にさせない!!」
「クク、クハハハハハ!! させない、だと? たかが人間風情が、誰に物を言っているのか……。身の程を知れ!!」
その言葉と同時に、魔王は強烈な魔力を解き放ちました。
魔法耐性の低い人なら何十人と余裕で刈り取れるその圧に、ユースさん達は顔を腕で覆いながら踏ん張ります。
魔王はゆらりと立ち上がると、右の手の平で黒炎を弄びながら彼らへ言います。
「我こそは魔族を統べし王、レオノーラ=シングレイ。貴様ら如き小さき命が、我が覇道の歩みを止められはせん!」
「行くぞみんな! 出し惜しみは無しだ、全力をアイツに叩きつけろ!!」
「「了解ッ!!」」
かくして、勇者一行と魔王による決戦の火ぶたが切り落とされました。
それは筆舌に尽くしがたいほど激しく、両者一歩も譲らない攻防が繰り広げられていましたが、それもやがて魔王によって均衡を崩されてしまうことになります。
「あうっ!!」
「クミン!!」
突如現れた闇の鳥かごがクミンさんを捕え、彼女の魔法と祈りを封じてしまったのです。
中から脱出しようとクミンさんがその檻に触れると、それを拒むかのように、触れた箇所から黒炎が燃え上がります。
「先ほどから鬱陶しいサポートばかり使いおって……。まずは貴様からだ、神に仕えるシスターよ」
魔王はクミンさんに向けて手をかざし、何かの魔法の準備を始めました。
それを見たユースさんは額に焦りを浮かべながらも、全員に指示を飛ばします。
「ロイガーはあれを防いでくれ! 他の全員でクミンの檻を壊すぞ!!」
魔王からの攻撃をロイガーさんが受け止め続け、総員で檻の破壊に努めるも、檻は壊れるどころか徐々に燃え盛り始めてしまいます。
それを観察しながら攻撃の手を緩めていたシリア様に、ユースさんが声を荒げました。
「シリア! 何で攻撃を止めるんだ!? このままだとクミンが!」
「……いえ、待ってください! これは――」
シリア様が何かを言いかけた瞬間、檻がこれまでにない勢いで燃え盛り、中にいたクミンさんが絶叫と共に身を焼かれ始めました!
まさか魔王からの攻撃が来ていたのかと振り返るも、魔王側からの攻撃はロイガーさんが全て受け止めていて、その線は無さそうに見えます。
困惑しながらクミンさんへ呼びかけるしかできないユースさんとフラリエさんの様子を見ながら、魔王は悦に浸った笑みを浮かべてシリア様へ尋ねました。
「魔法の知識がないというのは、こうも滑稽で愚かだな! そうは思わないか、【偉才の魔女】? 恐らく貴様は、我の魔法陣から効果を読み取ったのだろう?」
「魔王……ッ!!」
シリア様は歯噛みをして睨みつけるも、最優先はクミンさんの救出であると判断し、未だ燃え続けている魔法への干渉を始めました。
魔王はやれるものならやってみるがいいと言わんばかりにそれを見下していましたが、ものの数秒で解いてしまったシリア様に感嘆の声を上げました。
「ほぅ? 我の魔法の対抗策を、もう編み上げたか」
その感心を他所に、服があちこち焦げて意識を失ってしまっているクミンさんを、シリア様は急いで介護し始めます。
しかし、上級治癒を用いても全く効果を成さないことに、シリア様も焦りを浮かべてしまっています。
「シリア、クミンは大丈夫か!?」
「私の治癒が効かない……! まさか!?」
何か原因に辿り着いたシリア様に、魔王が声高々に言い放ちます。
「そう、そのまさかだ! 我が得意とするのは闇魔法の中でも特上の呪刻魔法! それに気づけたことは賞賛するが、闇魔法の何たるかを知らぬ貴様らに、この呪いを解くことなどできぬ!!」
自分から魔法の正体をバラすなど、現代においてもかなりのタブーとされている行為ですが、それほど自身の魔法に絶対の自信があるらしい魔王の言葉を聞き、被弾したが最後、呪いを刻まれて回復ができなくなると言った絶望的な状況にユースさん達が戦慄します。
それはロイガーさんにも適応されていて、彼の体を蝕むかのように黒紫色のモヤが出始めていました。
「ロイガー!」
「大、丈夫だ。これくらい、どうってことはねぇ……!」
シリア様達がクミンさんに付きっきりになっていた間も、魔王からの攻撃を一人防ぎ続けていた代償か、彼の体はとても大丈夫と言えないくらいふらついてしまっています。
威勢の良かった勇者一行に絶望と不安が沸き上がり始め、魔王は心底楽しそうに顔を歪めました。
「いい顔だな……! さぁ、来るがいい。貴様らの大切な絆とやらを、一つずつ丹念に踏みにじった上で嬲り殺してやろう」




