4話 孤独な王女は家族が増える
『ふむ、良い腕じゃな……。これほどの腕を持ちながらも振舞える相手がおらぬとは、また悲しき運命じゃのぅ』
「お褒めに与り光栄です、シリア様」
『ええい、いい加減にその堅苦しいのはやめんか。神祖として敬うのは分からなくもないが、お主に畏まられるとむず痒いわ』
食堂で私が作った朝食を食べながら、シリア様が私の態度に対して不満げにそう仰いました。
ですが、本の中でしか他の方との接し方を学べなかった私には、他にどう接したらよいか分かりません。
反応に困っていると、『何とも不器用な娘じゃな』と嘆息しながら言葉を続けられました。
『良いかシルヴィ。妾のことは神祖として見るのではなく、まずは家族として意識してみよ』
「か、家族ですか?」
『うむ。敬う気持ちを捨てろとは言わぬが、それを父や母に向けるものと同列に考えよ……。と、そうか。お主はそもそも、その家族を知らぬのだったな。すまぬ』
「い、いえ! 家族の形については本で学んではいたので、なんとなく分かります」
『そうか、ならば妾をそれに当てはめて接するとよい。妾とて、お主に崇められたくて顕現した訳ではない。お主とは対等にいたいのじゃよ』
「対等、ですか……。あ、そういえば先ほど聞き損ねてしまっていたのですが、何故この場に顕現されたのか教えていただけますでしょうか?」
シリア様の本当の姿と私が似ているのは、私がシリア様の先祖返りだから。という説明は受けたのですが、先祖返りと現世への顕現の接点がいまひとつ分からなかったのです。
シリア様は『そうじゃな』と小さく切り分けたソーセージを頬張ると、飲み込み終えてから説明をくださいました。
『簡単に言えば、お主の力が妾の力と完全に同調したから。というのが妥当じゃな。妾の話は伝承で知識として得ているとは思うが、お主の魔女としての力量は妾の若かりし頃にだいぶ近づいておる。方向性はかなり異なるがな』
「で、ですが私のは独学なので、たとえシリア様のお力をお借りしていたとは言え到底及ばないかと……」
『そう謙遜するでない。他人の力であれ何であれ、己が物とできるというのはそれだけで才能じゃ。そこは胸を張るがよい』
猫の手であるにも拘わらず、器用にフォークでサラダを突いてひと口頬張ったシリア様は、満足そうに頷き説明を続けます。
『して、妾の顕現の話の続きじゃが、これは恐らくお主の深層心理の欲求が形となったものじゃな。共に過ごせる人が欲しい、話し相手が欲しい、もう独りぼっちは嫌。諸々思うところはあったのじゃろうが、お主の強い願いが妾達の力を融和させ、こうして顕現となったのじゃろう』
「そうだったのですね……。私なんかのワガママでこのようなことになってしまい、申し訳ありません」
つまり私が望まなければ、わざわざこうして現世へ降りてくることもなかったのでしょう。本当に私は、どこまでも自分ばかり考えて……。
『お主はほんに、自分を卑下しすぎじゃな。あまり卑屈になられると、妾とてやり辛くて適わん。よいかシルヴィ? 妾がこうして現世に顕現しているのは、一種の召喚術に通じるものがある。お主が散々失敗していた召喚術の条件はなんじゃ?』
「えっと、術者の力量に応じて召喚された者が、その術者を主と認めて初めて主従の契約が成される……でしょうか」
『正解じゃ。故に、たとえ呼び出せたとしても召喚者の力量を超えたものであれば、契約に漕ぎつけることは叶わぬ。きっかけはお主やも知れぬが、お主を認めたからこそこうして姿を見せているのじゃ。……それ以上自責を続けるならば、お主の朝食も妾が頂くぞ?』
「も、申し訳ありません!」
頭では理解できていたつもりでも、やはり顔に出てしまっていたようです。
咄嗟に謝り食事に手を付け始めると、『食べながらでよい、耳だけこちらへ傾けよ』とシリア様が仰いました。
『お主は気づいておらぬだろうが、この塔の結界は周期的に綻びが生まれておる。綻びが出て数日後に魔導士が修繕しているようじゃが、それも年々雑になっておってな。まぁ十数年も前に行った結界を維持せよというのも、余程高名な大魔導士でもない限り無理があるものじゃがのぅ』
「全然分かりませんでした。結界は一度張ったら終わりでは無いのですね」
『うむ。して、その結界の綻びを狙って妾達は塔を出る、という目論見なのじゃが……。その目途も既に立っておる』
流石は神祖様です。私なんかでは気づきもしなかった事実を淡々と述べるそのお姿に、私は食べる手をつい止めて聞き入ってしまっていました。
『食べぬのならば妾が貰うぞ。あむ……』
「あっ」
『ん……。このソーセージは中々に美味じゃな、毎食食べても良いくらいじゃ。話を続けるが――なんじゃお主その顔は。たかがソーセージじゃろう、そんなにしょぼくれるでない』
「はい……」
『塔を出たら妾の手料理を振舞ってやる故、気を落とすなと言いたいところじゃが、この体では当分振舞えぬな。で、どこまで話したか……そうじゃ、脱出の日程じゃったな』
「結界の綻び? が生まれる日は近いのでしょうか?」
『綻びが生まれ始めるのは、今宵からちょうど一週間後まで。初日は微々たる亀裂なのじゃが、数日も経つとかなり脆くなる部分がある。そこを割って脱出しようと思うのじゃが、それで良いか?』
「はい、シリア様の仰せの通りに」
『ええい、だからそれが固いと言うのに分からん奴じゃな! 普通にせい、分かったでよい!』
「わ、わかりました……」
普通とは難しいものです。今後もシリア様に教わりながら、人と普通に接することが出来るようにならなくては……。
ですが、こうして誰かと話ができるというのはとても楽しくて、お怒りになられているシリア様には大変失礼なのですが、それすらも楽しく感じてしまう私がいました。
『む、お主初めて笑ったな』
「え? 笑っていましたか私?」
思わず自分の顔を触っていると、その様子がおかしかったのかシリア様に笑われてしまいました。
『長いこと人と接することなく過ごしておると、人間としての感情が欠けることはあるのじゃが、その分なら問題なかろう。お主とこうして話していても、他の人間とそう変わらんくらいには普通じゃよ』
「そ、そうでしょうか。私は物心ついた頃からこの塔で一人でしたので、こうしてお話しするのはシリア様が初めてなのですが……」
『む、そうなのか? ならば妾とのコミュニケーションで対人の扱いを学ぶがよい』
小さな前足をくるくると宙で回し、少し思案する様子を見せていたシリア様でしたが、『そうじゃな』と考えながらも話し始めます。
『例えばじゃが、人間とは会話をすることで意思疎通を図る生き物じゃ。故にお主が卑屈な態度で接し続けると、相手に何か隠し事でもあるのか? といらぬ誤解を受けることすらあり得よう。お主とて疑われながら話すのは快いものではなかろう?』
「はい。できるのであれば、街の人達みたいに笑って楽しくお話ができるようになりたいです」
『そうであろう。なら、まずは手始めにこの塔を出るまでに妾と会話を重ね、普通の接し方を学ぶとよい。妾は魔女故、魔法の何たるかを教える方が得意ではあるが、お主はそれ以前の問題じゃ。地力もあるからそんなものは二の次三の次でよかろう』
シリア様はそう言いながら朝食を食べ終えると、食器を流し台へ運ぼうとして――猫の手では満足に食器を持ち上げられないことに気が付かれたようで、申し訳なさそうな顔でこちらを見上げてきました。
『すまぬシルヴィ。妾はこの体故に、満足に自分の世話もすることが出来ぬ……』
「いえいえ。こうしてお話してくださったり、これから魔法についても教えていただけるので迷惑だなんて欠片も感じません。むしろ、生活面においては私にお任せください。適材適所というものです」
『くっふふ! 適材適所か。ならば、これからは世話になるぞ』
楽しそうに笑うシリア様に、私も思わず表情が緩みます。初めて他者と取るコミュニケーションに、私は心が弾むのを隠しきれませんでした。