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477話 ご先祖様は心配される

 多重詠唱による魔力の酷使が体への負担となっていたシリア様は、一週間ほど療養することになっていましたが、魔族のラドリーさんから完治のお墨付きが出るや否や、即座に転移魔法を使ってラヴィリスへと帰還しようとしていました。

 しかし、それを止めさせようとしたアルシェさんがシリア様の背中にしがみつき、イヤイヤと顔を擦り付けています。


「アルシェ、転移できないので離れてください」


「嫌」


「私は魔王を討伐しなければいけないのです。こうしている間にも、私の友達が魔王軍の進行を食い止めてくれていて」


「嫌!」


 アルシェさんは短く叫び、シリア様をさらに強く抱きしめます。

 少し苦しそうに顔を歪めたシリア様でしたが、彼女から僅かに聞こえてくるすすり泣きに気が付き、身動きを止めてしまいました。


「アルシェ、どうして泣いているんですか?」


「……シリア、また、倒れちゃう。次は、本当に死んじゃう」


「私は死にませんよ」


「嘘!」


 シリア様の言葉を強く否定したアルシェさんは、涙に濡れた顔をシリア様に向けました。

 その瞳には不安の色が強く表れていて、心の底からシリア様を心配しているのだと伺えます。


「死なないって言った人、みんな死んだ! みんな、シリアみたいな、顔してた!」


 彼女には何かしらのトラウマがあるのでしょう。ですが、それを知る由もないシリア様は困惑することしかできません。

 そんなシリア様へ、ラドリーさんが優しく教えてくれました。


「アルシェのようなダークエルフは、元々は森エルフと言われる白い肌を持った種族だったんだ。でも、この大戦で森が焼き払われ、否応なしに森の奥に逃げるか人里に行くしかなくてね。彼女の部族は人里に出ることを選んだんだけど、この魔素濃度に適応できないエルフ族は体組織が汚染されて、やがて裏切りの象徴である黒肌へ――ダークエルフへと作り変えられてしまったんだ」


 シリア様はその話を聞きながら、自身にしがみついているアルシェさんへと視線を落とします。

 エルフ族と言うこともあり、恐らくはシリア様より年が上であることは予想できますが、それでも精神的にはまだ幼さを残すアルシェさん。そんな彼女を含むエルフの部族が、魔素によって突然体を変えられてしまい、黒い噂の多いダークエルフへと変貌してしまった後は、人の住む街でどのような扱いを受けていたのか想像に難くありませんでした。


「シリアさんは強い魔女だ。きっと、役目を果たして生還できるだろう。でも、力が無くても戦うことを選ばされたアルシェの部族はそうじゃなかった。だからアルシェは、キミもいなくなっちゃうんじゃないかって不安なんだよ」


 幼いながらも、目の前で仲間が命を散らせていくところを見続けていたと、遠回しに教えていただいたシリア様は、アルシェさんの腕の中でくるりと体を回し、彼女を優しく抱きしめ返しました。


「アルシェ。私は絶対に死にません。だって私は、最強の魔女ですから」


「嘘。シリア、無理して倒れてた」


「そこを突かれると痛いですね……」


「行かないで。私を、置いていかないで。一人に、しないで……」


 きゅっと込められる力を感じながら、シリア様は彼女の頭に優しく手を置き、子供をあやす母親の様な顔つきで撫で始めました。

 シリア様はそのまま、静かに彼女へと語りかけます。


「魔王を倒すことが、私の夢ではありません。私の夢は、もっともっと先……。大戦が終わって、平和になった世界じゃないと叶えることができないんです」


 そっと顔を上げたアルシェさんに、シリア様は微笑みながら続けます。


「私の国は、男女差別が厳しい国なんです。女として生まれてしまったが最後、何をするにも男の人を立てなくてはならず、常に男の人に尽くさなければならない。自由なんてもちろんありません。何かをすれば、女のくせにと後ろ指を指され、同じ女性同士でも陰口を言われて省き者にされる。そんな生きづらい国なんです」


「シリアも、女の子……」


「はい。私もそうでしたが、私は魔女になることで力と立場を手に入れることができました。ですが、それはたまたま私がなれただけであって、全員がなれるわけではありません」


 シリア様はそこで言葉を切ると、小さく息を吸い、自身の気持ちを固めなおすかのようにアルシェさんへ告げます。


「私は、あのグランディア王国を変えたいんです。誰もが自由に生活できて、誰もが自由に職を選べて、魔女になるために家を捨てなくてもいい国に。そのためにも、まずは魔王を倒して大戦を終わらせないといけないんです」


「……ははっ。それはまた、大変な道のりになりそうだね」


「えぇ。何年、何十年かかるか分かりません。それでも私は、世界をより良い方へ導くために挑みたいと思います。それがきっと、私がこの力を手に入れた理由ですから」


 ラドリーさんはシリア様の言葉を受け、彼女へ優しいまなざしを送っていました。

 シリア様は続けて、アルシェさんに言い聞かせるように言います。


「アルシェ、どうか私を応援してくれませんか? 魔王を倒して、国を変えて、世界も変えたいと思っている、このワガママな魔女である私を」


 アルシェさんからの返答はありません。

 シリア様のお腹に顔を埋め、微動だにしないその姿にラドリーさんとシリア様が苦笑していると、やがてくぐもった返答が返ってきました。


「……約束」


「はい?」


「約束、して。魔王を、倒して、平和になったら……レイユと、迎えに来て、くれるって」


 途切れ途切れながらも、シリア様を信じてくれると言ってくれたアルシェさんに、シリア様は嬉しそうに顔をほころばせながら、優しく抱きしめなおしました。


「もちろんです。レイユさんと共に、アルシェを迎えに来ます。そしたらまた、レイユさんの家でお茶をしましょう。私はまだ、アルシェの淹れてくれたお茶を飲んでいませんから」


「うん」


 シリア様との約束を交わしたアルシェさんは、そっとシリア様から身を離しました。

 そして、パタパタと部屋に戻ってしまっていったと思うと、部屋の中から一冊の本を手に戻ってきて、シリア様へそれを差し出しました。


「これは?」


「魔導書。レイユが、私じゃ読めないって、言ってた。でも、最強のシリアなら、読めるかも」


 ある意味、これはアルシェさんからの信頼の証なのでしょう。

 シリア様はそれを受け取り、彼女に目線を合わせるように少し屈みこみながらお礼を口にしました。


「ありがとうございます、アルシェ。必ずこれを解読して、もっと最強の魔女になって見せますね」


「うん」


 彼女の頭を再び数度撫でたシリア様は、「さて」と外に出ながら転移の準備を再開させます。


「お世話になりました、ラドリーさん。アルシェをよろしくお願いします」


「うん。こっちは安全だから、安心して戦ってくるといい。だけど、あまり無茶はしないようにね」


「ふふ、善処はします」


 シリア様の足元に転移の魔法陣が描かれていき、それが輝きを増してまもなく魔法が発動しようという頃、アルシェさんが一歩前に出ました。

 彼女は大きく息を吸い込むと、これまで聞いたことが無かったような声量でシリア様へ言葉を贈ります。


「負けないで、シリア!! 私、待ってるから!!」


「……っ! はい! 待っていてくださいねアルシェ! 必ず、この戦いを終わらせて迎えに来ます!!」


 その言葉と同時にシリア様の姿は消え、アルシェさん達の前には光の粒子だけが残されました。

 キラキラと空へ登っていくそれを見ながら、アルシェさんは小さく呟きます。


「絶対、絶対に……負けないでね」


 小さな祈りの言葉は、粒子と共に空へと溶けていくのでした。

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