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476話 魔女様は打ちひしがれる

 その日の夜遅くになり、ようやくアルシェさんが帰ってきました。


「ラドリー、ただいま」


「おかえりアルシェ。アレは採れたかな?」


「うん」


 アルシェさんは小さなポーチの中に手を入れ、目的の物を取り出して彼に渡します。

 それは私が今まで見たことも無く、図鑑などにも記載のなかった、儚げな光を灯す水色の花でした。


「うん、ありがとう。これで薬が作れるよ」


 魔族の男性――ラドリーさんはそれを受け取ると、いそいそと調合の準備をし始めます。

 次々と作業台の上に並べられていくのは、何かから抽出された液体や、一目見ただけでは何の種か分からないものなどです。

 あの正体さえ分かれば……と歯噛みしてしまいそうな私の前で、彼は手際よく作業を始めてしまいました。


 摘まれた後でも仄かに光り続けている花弁を数枚もぎ取り、包丁で細かく刻んでからすり鉢へ投入します。

 その後、先ほどの種も一緒に投入し、すり潰しながらそれらを混ぜ合わせると、そこへ謎の液体も混ぜて揉み込んでいきます。

 水分が無くなるまでしっかり揉みこまれたそれを手に取った彼は、そのまま厨房の方へと向かっていき、予め沸騰させていたお湯の中へ入れて茹で始めました。


 湯気を伝ってふわりと香ってくる匂いは、薬品のような鼻を衝くものでは無く、ほんのりと甘い香りの乗っている落ち着いた物でした。

 それを嗅いだレオノーラは、どこか懐かしそうな声色で感想を述べます。


「これはまた懐かしいですわね……。かれこれ、千八百年ほどは嗅いだことのない香りですわ」


「レオノーラに馴染みのあるものなのですか?」


「馴染みがあるかと言われるとあまりありませんけれども、彼が作っているものが何かは理解できましたわ」


「教えてください!」


 前のめり気味に食いついた私に、レオノーラはやや身を逸らせながらも答えてくれました。


「あ、あれはですね? 魔族の中で万病に効くと言われている、夜光花(やこうばな)を用いたお団子ですの」


「お団子? ということは、魔族のおやつか何かなのですか?」


「夜光花そのものが苦すぎるので、調理する必要があるだけですのよ。そして、夜光花単体ではそこまで効果は高くはないのですが、彼が混ぜていた種は世界樹の種と言って、調合素材として使うと効能をぐんと高めてくれる希少品ですの。そこに、甘味として魔糖きびから抽出された液体を混ぜたのが万病団子という訳ですわ」


「では、それを作ればシリア様を助けられるということですか!?」


「落ち着いてくださいまし! 近い、近すぎますわ!」


「す、すみません……」


 シリア様を救う唯一の手段に見えてしまい、思わずレオノーラの両肩を掴みながら問い詰めてしまったことを反省していると、彼女はこほんと咳払いをして話の続きをしてくれました。


「確かに、夜光花さえあれば傷ついた魔力の核を再生させることも可能でしょう。ですが、先ほど(わたくし)が千八百年ほど嗅いだことが無いと口にした意味、理解できない貴女ではないでしょう?」


 レオノーラの発言を振り返り、今私が生きている時代と、シリア様が生きていた時代を照らし合わせ、私は考えたくもない結論を導き出してしまいました。


「まさか……今の時代では、その夜光花という植物は手に入らないということですか?」


「残念ながら、その通りですわ。この大戦で夜光花の群生地は大半が戦火に見舞われ、僅かに残ったものも残りを争うように次々と摘まれていきましたの。結果、私が万病団子を――もとい、夜光花を最後に目にしたのが千八百年前と言うことですわ」


「そんな……」


 僅かに見えて来た希望が一瞬にして刈り取られ、私は膝から崩れ落ちてしまいました。

 無事にシリア様の下へ辿り着くまでに、どうにかしてシリア様の核を再生させる方法を見つけなければならなかったのですが、これ以上ない最適な手段が消えてしまった以上、他に方法が残されているのかすら怪しくなってきます。


 ……いえ、待ってください。まだ手段は残されていました。

 私達はシリア様の過去を見に来ていますが、私達の体は実体なのです。

 現に、過去に生きていたレイユさんが私達に干渉できていましたし、その逆をすることも十分可能なのでは無いのでしょうか?


「レオノーラ」


「貴女が考えてることくらい、容易に分かりましてよ」


「なら、今すぐにでも」


 夜光花を探しに行きたいと口にする前に、レオノーラは私にいつの間にか摘んでいたらしい夜光花を見せつけてきました。


「こちらがお望みなのでしょう?」


「流石レオノーラです! これなら」


「ですが、それは不可能なのです」


「えっ」


 言葉を詰まらせる私に、レオノーラは窓越しに見える夜空を照らすかのように、夜光花を持ち上げながら言います。


「夜光花はその名の通り、夜間帯にしか花を開かせない植物。そして一度開いた花は、その日の朝が来ると同時に枯れてしまいます。そしてこの花はかなり特殊で、一切の魔法を受け付けないため保管も効かないのです」


「ということは、つまり……」


「えぇ。残念ですが、私達で採りに行ったとしても、シリアの下まで届けることは叶いませんの」


「で、では! それを使って今の内に万病団子を作るというのは」


「それもできませんわ。夜光花の寿命は、花が開いてから僅か六時間。そのため、万病団子の効能もほぼほぼ同時間しか持ちませんの」


 八方塞がりというのは、まさにこのような状況を指しているのでしょう。

 干渉できても保管ができない。開花してから六時間で枯れてしまうという、あまりにも植物としての寿命が短すぎる夜光花を、私は恨んでしまいそうになります。


 どうにかして、シリア様の下に辿り着いた瞬間に手に入れる方法があればいいのですが……。

 悔しさと無力に渦巻く心境で、出来上がったお団子を運んでいく姿を見送るしかできないのでした。

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