473話 魔王様は魔族を語る
シリア様が放った魔法の着弾とほぼ同時に私達の移動も行われていたらしく、瞼越しでも刺すような眩い閃光が収まったころには、全く違う景色が映し出されていました。
「どこかの家、のようですわね」
レオノーラの言う通り、簡素なベッドの上で横たわっているシリア様を除けば、民家と言って差し支えない場所のように見えます。
無事に転移を終えたユースさん達が、あの魔道具を使ってラティスさんに連絡を取り、シリア様を助けてくださったのでしょうと思っていると、部屋のドアを押し開きながら誰かが入室してきました。
その男性の頭上には雄々しく天を突く巻き角があり、腰元から見え隠れしているひょろりとした尻尾から、彼が魔族であることが見受けられます。
戦時中であり、敵対種族である人間を介護する魔族がいるなんて……と興味深く観察していると、彼の後ろから見覚えのある姿がひょっこりと顔を覗かせました。
「彼女は、ええと……ダークエルフのアルシェさんでしたか」
「えぇ。【雷霆の魔女】と共にいた子ですわね」
「どうして彼女が魔族領に?」
「その質問が、何故ダークエルフが魔族領にいるのか? という物であれば、さして大した問題ではありませんわ。エルフ族が魔素を取り込み、体組織が変わってしまったダークエルフは、魔族領で共生しておりますのよ。もし【雷霆の魔女】の下を離れているのか? という物でしたら、聞かれても困りますとだけ答えておきますわ」
流石はレオノーラです。私が気になっていることを読み取る力は、恐らく私の友達の中でも群を抜いていると思います。
彼女が元々、人の思考を読むのが上手なのか、はたまた私が分かりやすすぎるのかは分かりませんが……。
アルシェさんはトトトッとシリア様へ駆け寄ると、シリア様の枕元に目線を合わせるように屈みこみました。
そのままじっと見つめている彼女に、魔族の男性が苦笑しながら声を掛けます。
「大丈夫だよアルシェちゃん。魔力欠乏症になっていたけど、思いの外魔力の生成速度が速いから、あと数日で目を覚ますと思うよ」
「うん……」
「人間は魔素を取り込み過ぎると致死毒になるけど、どうも彼女はその毒すらも力に変えてしまえていたようだからね。慣れない力ですら己の物にするなんて、魔女って存在は末恐ろしいね」
「シリアは、怖くないよ?」
「あはは。この場合の恐ろしいって言うのは、どこまで強くなるのかが楽しみだって意味だよ。魔王様を倒しに来てたみたいだけど、もしかしたらもしかしちゃうのかもしれないね」
あっけからんと言う彼の言葉に、私は疑問を覚えてしまいました。
彼は魔族ではありますが、自分達を率いて魔族領を統治しているレオノーラのことを嫌っているのでしょうか。
「あの、レオノーラ」
「分かっておりますわ。彼の言動について、でしょう?」
「すみません……」
「別に気にする必要はありませんのよ? 魔族という種族を良く知らないのであればなおさらですわ」
レオノーラはそう言うと、シリア様を介護している男性を見つめながら説明してくれました。
「魔族とは、代々力がある者が頂点に立ち、民草を率いていく種族です。前にも言いましたけど、力がある者の座を狙って代替わりしようとする者も少なくはありませんの」
「何か役職についている方でも、負けたら奪われてしまうのでしたか」
「そうですわ。それは例え、魔王であっても同じこと。現在の魔王……つまり私ですが、私よりも強い者が現れれば、自ずとその者に付き従うようになります。それが人間であっても、神であっても」
「と言うことは、魔族の方々としては勇者であるユースさんがレオノーラを討ちに行く、ということについてはさほど関心がないのでしょうか?」
「その通りですわ。むしろ、やれるものならやってみろの気構えで傍観する者が半数以上はいるでしょうね」
何とも、絶対強者を自分達の王と据えている魔族らしい思考かもしれませんが、それと同時にやや薄情な気もしてしまいました。
ですが、これはこれで種族間の感性の違いなのでしょうと飲み込むことにして、さらに質問をしてみることにします。
「これは聞いていいか分からないのですが、先ほど側近の女性に対して強い憎悪を感じていたのは……?」
「あぁ、それは簡単ですわ」
レオノーラは片手を腰に置き、もう片方の手の平を上に向けることで呆れたような姿勢を取ります。
「自分の部下が戦いに敗れて命を散らすことは、大して思うところはありません。ですが、あのように下衆な手段で命を奪われ、私の愛しい魔族を洗脳して手駒とする手段が気に入らなかっただけですわ」
「なるほど……」
「当時は、シリアという大魔女が砦周辺を巻き込んで消滅させたとしか知らなかったので、人間の奥の手が出て来たものと思っておりましたが、まさか人間側が手引きして謀略に貶めていたとは予想もできませんでしたわ」
「シリア様がこうして救助されてどれだけ経っているか分かりませんが、人間領は大騒ぎかもしれませんね」
「まぁ、どちらにせよ今後は人間領は大変な目に遭うことになりますわね」
「と、言いますと?」
小首を傾げる私に、レオノーラはふふんと胸を張って見せました。
まさか……と嫌な予感がしてきた私の予想は、こういう時ばかりよく当たるものです。
「二千年前、恐るべし魔王として君臨していた私の出番ですわよ!」




