472話 ご先祖様は無理をする
初めて見るレオノーラのその形相に驚かされますが、今彼女に理由を聞いても答えてもらえ無さそうです。
私は改めて、シリア様達が直面している状況の把握に努めることにしました。
「どうして、あなたがここに……」
突然現れた側近の女性。こちらからの回答を聞く前に命を散らした魔族。その唐突過ぎる状況に困惑しながらも、ユースさんが辛うじて口にすることができたのは、そんな問いでした。
その問いかけを受けた側近の女性は、「はて?」と首を傾げながらも逆に問いかけてきました。
「もしや勇者様……。ご自身が置かれている状況がお分かりでない?」
「どういう、ことですか」
「どうも何も」
彼女は両手を広げ、天を仰ぎました。
「いわば敵地のど真ん中でもあるこの砦。そこで前線の指揮を担っていたのは、老いぼれと言えども魔王が抱える魔将軍の一人ですよ。そんな人物に、たった五人のパーティが何故ここまであっさり辿り着けたと思います?」
「それは、俺達が作戦を練って」
「作戦~? 何千、何万と兵がひしめくこの周辺で、あんなずぼらな一点突破なんて本当にできると思ってたんですかぁ?」
「だが実際に」
「できた、できてしまった。それがこちらのお膳立てだとは露知らずにねぇ!?」
まるで人が変わってしまったかのような声色を出す彼女は、右手を高く掲げました。
すると、それに応じるようにどこからともなく魔族の兵士が現れ、シリア様達を囲むように武器を構えます。
ふと外からも物音が聞こえたような気がして、半壊した壁越しに外を見てみると、この砦の周辺には無数の魔族の兵士が押し寄せてきていました。
とても数え切れないその数は、恐らく数千――いえ、もしかしたら万単位なのではないでしょうか。
「まさか、最初から私達をここで殺すつもりで!?」
「ここでも何も、上手く拮抗するように調整していた戦況を崩したあなた達には、早々に死んでもらうことが目的でしたよ? そこの魔女のせいで生きながらえ、半年と経たずにここまで来てしまったのは想定外でしたけどねぇ?」
そこの魔女、と名指しを受けたのはシリア様です。
彼女の言葉から読み取るに、現在はシリア様達が王家からの命を受けて半年弱と言ったところでしょうか。
遅かれ早かれ、自分達を処理するつもりだとは分かっていたとは言えども、周到な罠を仕掛けた上で確実に仕留めに来ていたとは察せなかったシリア様達は、正しく絶体絶命の危機に陥っています。
「【偉才の魔女】シリア。あなたのせいで、こっちは大迷惑してるんですよ~。何度も殺せる機会はあったのに、それをことごとく乗り切って見せるその手腕……いい加減うんざりなんですよねぇ」
「それは光栄ですね。生憎ですが、私もここで終わるつもりは無いので、この機会も潰してあげましょう」
「その減らず口、どこまで持ちますかねぇ? やりなさい!!」
シリア様の挑発に乗った彼女が、全兵士に攻撃の指示を出しました。
それと同時に、武器を構えていた前衛の兵士が突撃を仕掛け、後方に控えていた魔法使いが詠唱を開始します。
シリア様達も応戦を開始しますが、あまりの数の多さにロイガーさんが防ぎきれていませんでした。
彼の大盾から漏れた攻撃をユースさんが防いだり、クミンさんが簡易結界を用いて受け流したりと臨機応変に立ち回ってはいますが、あまりにも多勢に無勢過ぎる状況に、完全に追い詰められるまで秒読みと言った段階まで来てしまっています。
「このっ……きゃあ!!」
「フラリエ!! クソッ!」
「大丈夫だ、カバーする!! ロイガーは可能な限り抑えてくれ!!」
「任された!!」
「シリア! 転移魔法は使えるか!?」
「今集中してるので話しかけないでください!!」
「悪い! だが!」
「できます! できますから!」
シリア様は多重詠唱を用いて転移魔法の準備を整えながらも、範囲攻撃魔法で敵の戦力を大きく削ろうとしている様子でした。
転移魔法でひとまずは逃げられると安堵したのも束の間、そこへ側近の女性からの攻撃も加わります。
「一人残らず逃がしませんよ!」
「あぁぁぁぁっ!!」
「シリアッ!!!」
ロイガーさんが盾で防ぐも、僅かに漏れた雷撃がシリア様の肩を掠め取りました。
対魔法防御が込められているこのローブですら大きく穴を開けられ、シリア様の肩に若干の火傷の跡が刻まれてしまいます。
「これくらい、大丈夫です……!」
「クミン、先にシリアの治癒を! 俺達なら何とかなる!」
「分かってる! でも!!」
クミンさんが治癒魔法を行使しようとするも、あまりにも攻撃の手数が多すぎる状況に結界を使わざるを得ないため、多重詠唱が使えないであろう彼女は、なかなか治癒に回ることができていませんでした。
「構いません! クミンさんはそのまま結界の維持を! 私が何とかします!」
「だがお前、それ以上の多重魔法は」
「そんなこと言ってられる状況ではないでしょう!!」
シリア様はそう怒鳴り、自身と周囲の皆さんに向けて治癒魔法を行使しました。
その結果、転移魔法と範囲攻撃に加え、狼型ゴーレムの維持と治癒魔法も含めて四重となり、流石のシリア様にも異変が現れ始めます。
「ぁ……ごっほ!! げほっ!!」
「シリア!!」
「やめろシリア! 攻撃なら何とかするから!!」
「げほ、うっ……。まだ、大丈夫……」
血を吐き出し、垂れて来た鼻血を手の甲で拭いながらも、シリア様は詠唱を止めようとしません。
隙を見てクミンさんが必死にシリア様をケアしようとしていますが、多重詠唱の負荷が高すぎてほとんど効果がなくなってしまっています。
それでもシリア様は何とか転移魔法の準備を整え、転移魔法に用いる莫大な魔力を補うべくマナポーションをぐびっと飲み干すと、全員に向かって声を上げました。
「準備ができました! 私の周囲に集まってください! クミンさんは全力で結界の維持を!!」
「分かった!」
「阻止しなさい! たかがシスターの結界です、何としてでも叩き割りなさい!!」
最後の猛攻と言わんばかりに、クミンさんが展開しているドーム型の結界に無数の攻撃が加えられます。クミンさん自身にも激しいフィードバックが襲い掛かり、苦痛と脂汗を顔に浮かべてしまっていますが、何とか持ちこたえさせようと踏ん張っているのがよく分かります。
そんな中、シリア様は転移魔法以外の魔法を全て中断し、ポケットからあるものを取り出してユースさんに手渡しました。
「はぁ……はぁ。これは、私の友人に繋がる連絡用の魔道具です。街に着いたらすぐに使用して、ここであったことを全て話して協力を仰いでください」
「……まさかお前、ここに残るつもりじゃないだろうな!?」
シリア様が使わないという言葉から、彼女一人でこの軍勢を相手取るという意味を汲み取ったユースさんに、シリア様は小さく首を振り返しました。
「彼女の狙いは恐らく、計画を遂行する上で最大の脅威となる私です。その私も街に引き返せば、この軍勢が人間領に押し寄せてくることに――げっほげほ!!」
「だからって、こんな状態のお前を置いていけるかよ!! カッコつけるのも大概にしろ!!」
「そうだよシリア! シリアだけ犠牲にして生き残りたくなんてないよ!! 私達、仲間でしょ!?」
「仲間……」
その言葉にシリア様は、一瞬だけ心の底から嬉しそうな表情を浮かべました。
そしてそれを彼らに気取られまいと、いつも通りの自信に満ちた顔を向けて言い放ちます。
「私がここで死ぬなんて、一言も言っていません。これはあくまでも、あなた達を極大魔法の範囲外に移動させるための転移なんですよ?」
「お前、強がりもいい加減に」
今にも掴みかかりそうなロイガーさんを杖の先で押しとどめ、シリア様はふっと力を抜いた優しい笑顔を向けました。
「私の友達――ラティスに、よろしくお願いしますね」
その言葉を最後に、シリア様は有無を言わせず転移魔法を起動させました。
クミンさんの結界だけが残り、自分以外が全て敵となったこの砦で、シリア様は再びマナポーションを飲み干して空を見上げます。
「ごめんなさいラティス。あなたまで、私の面倒ごとに巻き込んでしまいましたね」
静かにラティスさんへの謝罪を口にしながら、自身に飛翔の魔法を付与します。
術者を失い、崩壊寸前の結界から天高く飛び上がったシリア様は、そう独り言を零して小さく笑いました。
「ですがラティスならきっと、何故そんな楽しそうなことに誘わなかったのかと、違う方向で怒りそうですね」
砦が小さく見えるほどまでの高さで停止したシリア様は、自身を追う魔法の追撃から身を護るための最低限の結界を展開すると、残った全魔力を振り絞って魔素と共鳴させ始めます。
それは爆発的な魔力上昇となり、砦の外から見守っていた私達の周囲の大気まで震えさせました。
砦の中から手を振りかざし、自身も攻撃をしながら指示を飛ばす側近の女性を見据え、シリア様は静かに詠唱を開始しました。
「刮目せよ。ここに謳うは万物を滅する洛陽、しかしてその熱は太陽にあらず」
それはシリア様が扱える魔法の中で、最強最大の威力と範囲を誇る、オリジナルの極大魔法。
太古に生き、伝説の生き物とも言われるドラゴンですら跡形もなく消し飛ばす、究極の一撃。
魔素によって自身の魔力と共鳴させ、シリア様の持てる全力が注ぎこまれた疑似太陽が今、ゆっくりと降り注ごうとしています。
「我が身、ここで終えようとも……我らが未来を摘まんとする障害、ここで潰えさせん!! 消し飛ばせ、全てを無に帰す洛星ッ!!!」
シリア様の全身全霊が込められた一撃が砦に着弾し――世界は眩い閃光に包まれました。




