471話 ご先祖様は問われる
場面が切り替わった先では、今まさにシリア様達勇者一行と、魔族の誰かとの決着がついたところでした。
片膝を突く老兵の魔族の方は忌々しそうに顔を歪め、剣を構えるユースさんを睨みつけています。
「我が領地を踏み荒らせし人間め……。貴様らのような侵略者がいるからこの戦が終わらぬのだと、何故分からぬ……!」
「何を抜け抜けと! お前らが攻め込んでこなければ、この戦争が始まることは無かったんだろうが!」
「そうだ! それをあたかも俺達人間のせいにしやがって!」
吠えるユースさんとロイガーさんに、魔族の老兵の方が驚いたような顔を見せましたが、やがてそれは哀れみを帯びた嘲笑に変わりました。
「そうか……。貴様らも所詮、傀儡でしかないという訳か」
「クグツ? なんだそれは!」
「傀儡と言うのは、操り人形とも言い換えられます。ロイガー、もう少し本を読みなさい」
「う、うるせぇ! それくらい知ってるっての!」
焦り始めるロイガーさんを華麗に無視したシリア様は、一歩前へ出て尋ねます。
「私達も国王から命を受けて動いている以上、傀儡と見られてもおかしくはないでしょう。ですが、あなた達魔族の蛮行を止めるために、魔王を討つことを決めたのは私達自身の意思です」
「ふっ……。ならば問おう、年若き極地の魔女よ。貴様は、この戦の幕開けが何たるかを知っているのか?」
「あなた達が世界を掌握せんと、攻め入って来たと聞いています」
シリア様の回答を受け、老兵の方は小さく首を振りました。
そしてゆらりと立ち上がると、怪我によって力が上手く入らないのか、おぼつかない手つきでマジックウィンドウを操作し始めます。
彼の行為に警戒し、シリア様が杖を構えて中断させようとしますが、先に口を開いたのは老兵の方でした。
「もう長くはないこの命、先を生きる貴様らに最後の絶望を植え付けるのに使おう……。よく見るがいい、これが戦の始まりだ」
彼はシリア様達にも見えるようにとマジックウィンドウを拡大し、ある映像を流し始めます。
それは小さな人間と魔族の子ども達が、どこかの村で手を取り合いながら遊んでいる微笑ましい映像でした。
「かつての我々と貴様らは、この世を共生する友であった。貴様らが得意とする錬金術、我らが得意とする魔法。その二つを束ね、共に世を良くせんと民を導いていた」
次第に映像は変わっていき、やがて人間の子ども達が魔族の子どもをいじめているような物に切り替わります。
「だが、それも長くは続かなかった。やがて人間は、魔神を信仰していた我らを“呪われし民”と蔑むようになり、神々を信仰する自分達こそ選ばれし種族であると主張し始めたのだ」
魔神という単語は、私は初めて聞きました。
皆さんは知っていたのでしょうかとシリア様達の様子を見てみるも、彼女達もその存在を知らなかったらしく、老兵の方が言っている意味が分からないと言った顔を浮かべています。
レオノーラなら知っているかもしれません、と例の如く聞こうとした私に、レオノーラは先んじて説明をしてくれました。
「遥か昔、魔族の地を栄えさせたと言う神のことを魔神と呼び、人間と決別するまで崇めておりましたわ。歴史の研究が進んだ結果、確かに魔神は魔素を振りまき、魔族にとって住みやすい環境を作り上げたものの、それは魔族以外には害をなすものであると判明し、魔神ではなく“邪神”と名称が変わりましたの」
「なるほど。では魔族領の大半を覆っている魔素は、元々はその魔神と呼ばれる神様の力だったのですね」
「えぇ。魔素濃度が高ければ高いほど、体内の魔力を活性化させてより強力な魔法を放てるので、一概に害であるとは言い切れないのが、魔素の扱いの難しいところですわ」
また私の知らない歴史を学ぶことができました。
レオノーラの説明通り、魔素が邪神と呼ばれるようになった神様の力によるものであるとすれば、その力の恩恵を受けることはできても、神力を使うことができない大半の方は、魔素問題を解決することができなかったと今になって理解することができてしまいます。
当時レオノーラが大喜びしていたのは誇張ではなく、ソラリア様とシリア様の力を授かっていた私にしかできなかった浄化だったのでしょう。
あの頃は魔術師の方々との争いにも巻き込まれておらず、世界を知らなかったこともあって平和でしたね……と昔を懐かしみながらも、意識を切り替えてシリア様達へと向けなおします。
「信仰の違いは、やがて種族の違いへと発展し、遂には魔族は粛清の対象だと横暴な正義を掲げ始めた。これに抗い、人間との決別を決めたことがこの大戦の真相だ。我ら魔族は、貴様らに粛清されるのならば、我々が世界を統治し、その思想を潰してでもかつての世界を取り戻さんとしているだけに過ぎん」
老兵の方はそこで言葉を切ると、口から多量の血を吐き出してしまいました。
もう残された時間が少ないと見て分かる彼は、ゼェゼェと荒い呼吸をしながらも、シリア様達へ問いかけます。
「今一度問おう、傀儡の勇者よ。我らの在り方は、果たして悪なのか? 貴様ら人間に、正義はあるのか?」
ユースさんは、その問いに何も答えることができませんでした。
それは彼だけに限らず、恐らく嘘をついていないであろうその真実に対し、誰もが口を閉ざし、やや俯いてしまっています。
正義の在り方。それは人によって様々な定義があるのでしょうし、ましてや戦争の引き金となってしまった問題に、今を生きているシリア様達が答えられないのも当然かもしれません。
長く重い沈黙が続き、ユースさんが代表して何かを答えようと口を開いた次の瞬間。
突如、彼らの背後から放たれた細い光線が、老兵の方の眉間を的確に穿ちました。
目を剥き、ぐらりと倒れる老体に絶句しながら見つめることしかできないシリア様。
そして、その展開を予期できずに驚く私の隣で、レオノーラが珍しく暗い感情の籠った声で、小さく呟きました。
「……あぁ、そう言うことでしたのね。どうもおかしいと感じておりましたわ」
レオノーラから発せられている怨嗟の感情が向けられている先には、先ほど彼らが玉座の間で邂逅していた側近の女性が立っていました。




