468話 ご先祖様は企てる
大量のお宝を手に入れた彼らは街で大半を売り払い、旅の資金として少しずつ魔族領へと進軍していくことになりました。
ある時は最前線で戦っていた人間領の兵士に加勢したり、またある時は現代の私が住んでいる森に入り、エルフの一族と交流したりと、かなり速いテンポで彼らの歩みが切り替わっていきます。
そんな中、そろそろ本格的に魔王城を目指そうかと話し合いが行われていたある日の出来事でした。
「……? 少し待ってもらえますか?」
街道を歩いていた一行に、シリア様がポケットをまさぐりながらそう呼び止めました。
振り返る皆さんの前で、シリア様は連絡用の水晶玉を取り出し、魔力を込めて応答します。
「はい、シリアです」
『あぁシリアかい!? あんた今どこにいるのさ!』
「ニーナさん? 今は、魔族領のゲヘナザード地方に向かっていたところですが」
『かーっ! んじゃあ、あんたらが原因ってことかい! やってくれたじゃないか!』
「どういうことですか? まだ何もしてないと思いますが」
困惑するシリア様達に、ニーナさんが吠えました。
『魔王軍が本腰入れて攻め込み始めたのさ! その理由は、“戦争とは無関係の地域でも侵略を行う者がいるため”だと。あんたら、知らないとは言わせないよ!!』
「えぇ? ですが私達は侵略行為なんて」
『あんたらはしてないって主張するけどねぇ! 戦争ってもんはそんな理屈は通用しないんだよ! 自分の領地に乗り込んできた敵軍が、あちこちふらついてたら敵情視察って思われるのさ! んで、そこで戦闘なんてしてみな、それはもう立派な侵略行為なんだよ!』
その言葉に、シリア様達は思うところがあったようでした。
全員が顔を見合わせ、自分達が戦争を激化させてしまっているということにおののいていると、ニーナさんがその沈黙を破るように再び声を上げます。
『で、そんなあんたらを名指しで国王サマがお呼びだよ。今すぐに帰ってきな』
「国王陛下が!?」
『なんでも、正式に魔王討伐を勅令したいんだと。つまるところ、あんたらに全責任を押し付けるってことさね。仮に負けても、主犯格であるあんたらを処理できて国内の不満はある程度抑えられる。勝ったら勝ったで、適当な報酬を与えた後で戦犯として秘密裏に消す。んま、都合のいい捨て駒ってとこさ』
身も蓋もない言い方ですが、それほどシリア様達を取り巻く環境は最悪の状況なようです。
どちらにせよ、魔王であるレオノーラと対峙することは彼らの運命ではあるのですが、その後のことを考えるとかなり厳しい現実を突きつけられてしまっています。
各々が将来的に死を迎えるしかないと思い詰め始める中、唯一不安を感じていない様子で思考に耽っていたシリア様に、クミンさんが問いかけました。
「シリアさんは、絶望してなさそうだね。理由を聞いてもいいかな?」
「……状況だけを考えたら、私達に不利な状況であることは間違いないでしょう。ですが、逆に考えればこれはチャンスなのです」
「チャンス?」
シリア様は頷き、暗い表情を浮かべている皆さんに向けて話し始めました。
「いいですか? 国王陛下に命じられるにせよ、そうでないにせよ、私達の目標は何一つ変わりません。ならば、その後のことを考えるべきです」
「と、言うと?」
「私達が負けることは、万に一つもありません。何故なら私が付いているからです。と言うことで帰還した後の話をしますが、何故国王陛下は私達を消したいと考えると思いますか?」
「何故って、そりゃあ人間側のペースを乱して勝手に行動したからじゃねぇのか?」
ロイガーさんの答えに、シリア様は頷いて見せます。
「ロイガーの言う通り、身勝手な行動を取る異分子は排除される。これはどの時代、どのコミュニティでも同じでしょう。ですが、新たな風を取り入れるのもまた、その異分子なのです」
『あっははは! いいねいいね。それでこそあたしの自慢の弟子さね!』
水晶越しに話を聞いていたニーナさんは気持ちよさそうに笑い、シリア様へ続けます。
『いいよシリア、使えるもんは何でも使いな。あんたの尻ぬぐいくらいなら、レイユも喜んでやるだろうさ』
「そこはニーナさんがやってくれるんじゃないんですね」
『バカ言うんじゃないよ! なーんであたしがそんな面倒なことせにゃならんのさ!』
いつも通りの面倒くさがりを発揮するニーナさんにシリア様が笑っていると、未だ話の展開が読めていない皆さんを代表して、フラリエさんがおずおずと口を開きました。
「ごめんねシリア。私頭が良くないから、シリアが言いたいことがよく分からない……。もうちょっと簡単に言ってくれない?」
その質問にシリア様は苦笑し、こほんと咳払いをして続けました。
「要は、私達が魔王を倒す以上の利得を出せばいいのです。あくまでも国王陛下が望んでいるのは、魔王討伐か私達の命乞いによる進軍の取りやめか。それを上回る結果を持ち帰ることができたのならば、私達が国王陛下に運命を握られることは無いと思いませんか?」
「とは言うが、魔王を倒す以上の結果なんて――」
「ユース、考えてみてください。これまでの歴史でも、勝者は常に敗者の領土を奪うことで栄えてきましたが、後々で離反や反乱が起きるのは常に敗者が抱えていた不満が原因です。なら、そこの帳尻を合わせながら栄えさせればいいのですよ」
シリア様の目論見が未だ見えず、ただただ困惑するしかない皆さんに、シリア様は悪だくみを共有するかのように、指を立てながら声を潜めました。
「魔王を倒すことは変わりません。その上で、魔族と共存関係を結ばせるのです」
ちらりとレオノーラへ視線を送ると、彼女は懐かしそうにしながらも、シリア様へ穏やかな笑みを向けています。
すると、私の視線に気が付いたレオノーラが自身の気持ちについて教えてくれました。
「シリアのこの提案のおかげで、我々魔族は領土を奪われることも無く、自由を奪われることも無く繁栄を続けることができましたの。殺しあうしかできなかった種族間を取り持つのは並大抵の労力ではありませんが、魔女という特殊な立場を利用して、それを買って出てくれた彼女には今でも感謝しかありませんわ」
「この時から、魔女は特殊な立場にあったのですね」
「それはもう。特に魔女であるシリアが王家に入った時なんて、人間領の間で話題が持ちきりになったほどでしたのよ?」
当時を懐かしみながらクスクスと笑うレオノーラは、心の底からシリア様へ感謝の気持ちを感じているようでした。




