466話 ご先祖様は張り切る
改めて地下迷宮に続く大扉の前まで戻って来たシリア様達は、いつ戦闘が始まっても問題ないように陣形を組みなおしていました。
重戦士であるロイガーさんが最前衛で待機、その後ろに剣士のユースさんと弓使いのフラリエさん、そして最後方に魔女のシリア様とシスターのクミンさんが控える形となり、バランスとしては非常に整っています。
「それじゃあクミン、頼む」
「うん、任せて」
クミンさんはその場に片膝を突き、祈りを捧げる体勢を取り始めました。
そのまま彼女は、自身が信仰している神様へ祝福をいただくための祝詞を唱えます。
「天より見守りし我らが神、スティア様。御身の威光を僅かばかり、苦難へ立ち向かわんとする子羊へ恵みたまえ。御身の威光で、子羊らの未来を彩りたまえ」
祝詞が終わるとほぼ同時に、シリア様達の体がきめ細やかな光の粒子に包まれました。
魔力による身体強化とはまた異なるそれに、シリア様が感想を口にします。
「これが神様の祝福ですか……。ほんのり温かくて、気分が高揚するような気がします」
「うん。やろうと思えば、この上から魔法で強化も重ねられるけどどうする?」
「なら、念には念を入れて頼んでもいいか?」
「いいよ~。ということでシリアさん、お願いします」
「え、今の流れはクミンさんがやる流れでは無かったのですか?」
私もそう思ってしまった疑問に、クミンさんはさも当然のように答えました。
「私がやってもいいけど、たぶんシリアさんの魔法の方が効果が高いしさ」
「はぁ……。分かりました」
えへへ、と可愛く笑って見せたクミンさんに嘆息し、シリア様は杖を前に突き出しながら詠唱を開始します。
「この身に宿すは、烈火の如き破壊の衝動。しかして対を成すは、深沈たる水面の如き不動の心。いざ、ここに形とならん! エクサライズ!」
シリア様の詠唱完了と同時に、全員に対して身体強化と魔法威力上昇、さらに簡易守護結界が付与されました。
私達魔女が戦闘を行う際では、無詠唱で実行して余裕のある時に維持できるよう掛けなおす基本的な支援魔法ですが、詠唱を挟むことでさらに効果を向上させられるそれを受けた皆さんは、その効果量の高さに目を剥きました。
「おいおい……。こんな支援魔法見たことねぇぞ」
「いくら術者によって差があると言っても、こんなにあっていいものなのか?」
「やっぱり魔女って凄いのねー……」
「ねぇシリアさん。やっぱり私の祈りいらなかったんじゃない?」
「重ね掛けができるなら必要ですよ。それと、この程度は普通です」
シリア様。私から見てもその効果量は高すぎると思います。
隣のレオノーラですら、そのやり取りがおかしいと笑っていました。
「さぁ行きますよ! 魔女と呼ばれし力、存分に見せてあげます!」
「頼んだぞシリア!」
「それじゃあ、開けるぞ」
ロイガーさんが大扉に手をかけ、重厚な地響きと共に、再び古代の遺跡である地下迷宮への入口が開かれます。
シリア様達は即座にドラゴンと戦えるように、各々が全力で待ち構えていましたが、その扉の奥には先ほどのドラゴンの姿はありませんでした。
「いねぇぞ……?」
「警戒を解くな、どこから出てきても対応できるようにしておけよ」
そろりそろりと足を踏みいれ、ひたすらに広く薄暗い空間を警戒しながら見渡すも、やはりドラゴンの姿はありません。
やや拍子抜けしてしまう皆さんでしたが、フラリエさんがある場所を指さしながら声を上げました。
「見て! この足跡、ドラゴンのじゃない?」
「あぁ、移動してるみたいだな」
その足跡が続く先には、別の場所へと続くであろう通り道がありました。
シリア様はロイガーさんの周囲に灯りを灯し、先陣を切ってもらいながらそちらへと歩を進めます。
壁にも何かを強く打ち付けた痕跡の残る通り道を進み、次の広間に出ようとした瞬間。
「止まれ。見つけた」
皆さんを進ませないように手で制したロイガーさんの視線の奥には、体を丸めて眠っているドラゴンがいました。
まだシリア様達の気配を感じ取った様子はなく、気持ちよさそうに眠っているようです。
「どうする? アイツを無視して先にも進めそうだぜ」
ロイガーさんの言う通り、ドラゴンが眠っている対角側には、別の場所へと続いていそうな通路があります。
私自身もドラゴンの脅威が分かりませんが、戦わないで済むのであればそれに越したことは無いと思います。ですがその一方で、他の魔獣と交戦中に襲われる可能性を考慮すると、この機を逃せ無さそうでもあります。
パーティとしての決定権が委ねられたユースさんは、熟考に熟考を重ね。
「……いや、ここで倒そう。後で俺達が窮地に陥ってる時に出くわしたらマズイ」
ここで倒すことを決め、剣を構えました。
その上で、シリア様へ指示を出します。
「シリア。初撃頼んでいいか? 魔力を察知されて起きた場合、全力でお前のことを全員で護る代わりに、最大の一撃で弱らせてほしい」
「分かりました。ですが、巻き込まない自信はないですよ?」
その一言で、シリア様はここで極大魔法を放つのだと察してしまいました。
それを知ってか知らずかは分かりませんが、ユースさんは頷き。
「心配するな。こう見えて、避けるのは慣れてるんだ」
「あぁ。なんたって、一撃貰ったら気絶待ったなしの怪力相手に一年鍛えられたからな!」
「あれ死ぬほど痛かったのよー! でも、おかげでかなり鍛えられたわよね」
アバンさんに散々鍛えられたことを、皆さんで自慢するのでした。
それを知らないクミンさんはきょとんとしていましたが、シリア様はクスクスと笑い返し、彼に頷きます。
「分かりました。では、私のとっておきを披露しましょう」
「よし。ロイガー、フラリエ、クミン。起きた瞬間にその場から動かさないよう、全力を尽くすぞ」
「「了解!」」
「はーい」
「それじゃ、シリアのタイミングで始めてくれ」
ユースさんの言葉に、シリア様は自身を浮遊させながら魔力を集中させ始めました。
それと同時に、シリア様を中心に肌がひりつく熱波がほんのりと漂ってきます。
「刮目せよ。ここに謳うは万物を滅する洛陽、しかしてその熱は太陽にあらず」
シリア様から発せられている魔力の波長は火属性。
火属性の極大魔法は“エスペラル・ニルヴァーナ”と“アーク・ミーティア”の二種類しかないはずですが、そのどちらでもない詠唱に私は察してしまいました。
シリア様は、この時点であの上級生から盗み学んだエスペラル・ニルヴァーナを改良し、“全てを無に帰す洛星”を作りあげていたのです!
「な、なぁユース。本当に俺達大丈夫だよな? な?」
「ねぇ、絶対まずいってあれ! シリア、もしかして火力調整苦手なんじゃないの!?」
「あはは! これはもしかしたら、この地下迷宮ごと吹き飛んじゃうかもねー」
「笑い事じゃないぞそれ!?」
焦り始めるユースさんの反対側で、異変を察知したドラゴンが目を覚ましました。
むくりと首をもたげるも、既にシリア様はいつでも魔法を撃てる状態になっており。
「盾を構えろロイガー!! 全力で耐えろっ!!」
「うおおおおおおおお!!」
「消し飛ばせ!! 全てを無に帰す洛星ッ!!!」
白光を放つ太陽の如き炎弾がドラゴンを押しつぶし、私達の視界も真っ白に染め上げました。




