461話 ご先祖様は確かめる・前編
無事に魔女として認めていただいたシリア様は、今まで通り【偉才の魔女】を名乗ることとなり、ラヴィリスまでレイユさんに送って頂けることになりました。
約一年ぶりに帰ってきたシリア様は、街を懐かしそうに眺めながらもレイユさんへと振り返り、出会いから今までのお礼を口にしました。
「今まで本当にありがとうございました、レイユさん。あなた方に認めていただいた手前、絶対に失態は犯さないことを約束します」
「私としては、少しくらいやらかしてくれた方が刺激になって良いんだけどね。ニーナが怒らない程度に好きにするといいよ」
「あの人は何をやっても怒る気がします……」
「ははっ、それもそうだね。とりあえず、私はここまでだ。ここから先は、君の人生を自由に楽しむといいよ。元気でね、子猫ちゃん」
「はい! ニーナさんにもよろしくお伝えください!」
レイユさんは爽やかな笑みを向けると、くるりと踵を返して転移魔法を行使し、姿を消しました。
改めて一人になったシリア様は、大きく深呼吸をして凛々しい顔付きになると、堂々たる歩みで下宿先であったシエスタへと向かっていきます。
街の人達から「あ、魔女様ー!」「おかえり魔女様!」と声を掛けられ、柔らかく微笑んでは手を振り返しながら歩くこと数分。
シリア様の眼前には、今日も今日とて大盛況の行列ができているシエスタが現れました。
その行列に並んでいたお客さんの一人が、シリア様の姿に気がついて声を飛ばしてきます。
「おっ! シリアちゃーん! おかえりー!」
「こんにちは、ケリーさん。今日も来てくださっていたんですね」
「おうよ! 今日こそはシリアちゃん帰って来てるかなーって、毎日通い詰めだったぜ!」
「そんなこと言って、本当はただ皆さんで騒ぎながら飲みたかっただけじゃないんですか?」
「わはは! 流石に魔女様には嘘は通じねぇか!」
彼と共に並んでいた方々が揃って笑い始め、それにシリア様も笑い返します。
懐かしい顔馴染みのお客さんなのでしょうと微笑ましくなっていると、次のお客さんを呼びに来たらしいウェイトレスさんがシリア様を見つけ、ビックリした様子で声を上げました。
「わぁ!? ちょ、ちょっと待ってくださいね!? アバンさーん! アバンさーん!! シリアちゃん帰って来ましたー!!」
彼女がそう呼びかけながら店内へと慌ただしく駆け込んで行った数秒後、まるで大地が生きているのではないかと錯覚してしまうほどの揺れと共に、野太い声が私達の耳に届きました。
「シリアあああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああああああ!?」
声の主はこの一年でさらに筋肉が逞しくなったアバンさんでしたが、その姿にシリア様は二重の意味で悲鳴をあげました。
一つは、自分に向かって闘牛よろしく突撃してくるアバンさんの勢いに。
そしてもう一つは、何故か腰巻タオル一枚だけという危険な姿であったことへの物です。
アバンさんは逃げようとしたシリア様をがっちりと捕まえ、自慢の筋肉で締め上げながら帰宅を喜んでいます。
「会いたかったぞシリアぁ! 無事に帰ってきてくれて、俺は嬉しいぞー! ガハハハハハハ!!」
「お、おじさん……! ぐるし、潰れる……!!」
シリア様の悲鳴もアバンさんには届かず、押し潰されながらぐるぐると回され続けたシリア様は、やがて目を回しながら気を失ってしまうのでした。
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シリア様が目を覚まし、アバンさんに正座を強要して怒り猛っていた時間も過ぎた夜十時頃。
閉店したシエスタの客席には、一年ぶりに見る旧勇者一行の姿がありました。
少し大きめのテーブル席に並んだ彼らと相対する形で腰を掛けていたシリア様が、アバンさんへと問いかけます。
「それでおじさん。結論から言って、彼らはどうですか?」
アバンさんはその問いに時間を掛けて考え込み。
「……まぁ、及第点ってとこじゃねぇか? 少なくとも、そこの男連中は俺のしごきに丸一日耐えられるようにはなった」
「なるほど。元冒険者であったおじさんからそう言ってもらえる程度には、あなた達も努力したのですね」
ちらりと視線を向けられた彼らは、私から見ても成長の色が十分すぎるほどに伺えました。
レオノーラ曰く、未来の重戦士となるロイガーさんは特に見違えていて、アバンさんに匹敵しそうなほど膨れ上がった筋肉を始めとした、屈強な体つきへと変わっていました。
エルフ族であるフラリエさんも魔力の鍛練を積んでいたようで、初めて見た頃よりは風属性の魔力がずっと強くなっていることに加え、弓も相応に頼もしいものに変わっています。
そして、彼らのリーダーである勇者、ユースさんはと言いますと。
「……何だか、見たことのない魔力をしていますね」
魔力を込めて彼を注視してみると、私の光属性の魔力とはまた違った神々しさを放つ魔力を携えていたのです。
神力に似ていなくもないですが、それとは違う奇妙な力に首を傾げていると、レオノーラが忌々しそうに正体を教えてくれました。
「あれは魔力なんかではありませんわ。あれこそが、勇者となる物が持つ【加護】と言うものですのよ」
「ということは、この時代の神様に認められたか、あるいは契約を果たしていたのでしょうか」
「そうなりますわね。どこで手に入れたか知りませんけれども、あれのせいで負けたと言っても過言ではありませんわ。全く……」
この後に控えている衝突を思い返し、レオノーラが疲れたようにそう言っているのがなんだかおかしくて笑っていると、お三方を代表してユースさんが口を開きました。
「シリアさん。俺達は約束通り、死に物狂いで強くなった。アバンさんにも認めてもらえるくらいには強くなった俺達を、最後はキミの目で確かめてくれないか?」
「……ふぅん、言うようになったじゃないですか」
シリア様の挑発とも取れる言葉に、ユースさんは真っ向から見つめ返して頷きます。
「あぁ。俺達は魔王を倒さなければならない。その前段階で、大魔女であるキミの信用を勝ち取るためにも、俺達の全力を見て判断してほしいんだ」
ユースさんの真剣な言葉を受けたシリア様は、ほんの少し驚いたような反応を見せましたが、すぐに表情を改めて席を立ちました。
「いいでしょう。そこまで言うのならば、私も全力を持って確かめさせてもらいます。裏庭に来てください」
先に裏口へと向かっていくシリア様の後に、全員がぞろぞろと続いていきます。
日もとっくに暮れ、街も眠りに就いているこの時間で派手に戦うのは……と思っていましたが、そこは流石シリア様と言うべきでしょうか。彼女は亜空間魔法を用いて戦いの場を用意していたようでした。
初めての亜空間に緊張が走る旧勇者一行を置いて、一足先に入っていくシリア様。
その後を急いで追いかけた彼らを待ち受けていたのは、ただただ広く何もない、真っ白な空間でした。
「これが、魔女の魔法……」
「これは亜空間魔法と言って、この世界には存在しない空間を呼び出し、拡張する高度な魔法です。その分、どれだけ暴れようと私達の世界には影響はありません」
亜空間魔法についてさらっと説明したシリア様は、さっそく杖を取り出しました。
その杖には、既にニーナさんからいただいた燃え盛るような魔導石が付属されていて、私がいただいたレプリカのオリジナルであることが伝わってきます。
戦闘態勢を取るシリア様に、旧勇者一行の皆さんも各々の獲物を手に取って戦闘の準備を整えます。
「では、最終テストといきましょうか。私に一撃でも与えられたら、テストは合格。私はあなた達の旅に同行しましょう。もちろん、どんな攻撃を用いても構いませんよ。自分が得意なやり方で自由に戦ってください」
「分かりやすく、単純だな」
「えぇ。その代わり、死ぬ気で来なければ――あなた達の人生の幕がここで下りるということをお忘れなく」
シリア様の脅し文句に、彼らの身が引き締まりました。
ですが、一年前とは違うと主張するかのように、勇者であるユースさんが高らかに吠えました。
「相手が相手だ。例え女性だとしても手加減はするなよ!!」
「もちろんだ!」
「分かってる!」
「よし……行くぞっ!!」
ユースさんが剣を掲げ、突撃の指示を出し――シリア様の命運を決める一戦が始まりました。




