457話 魔女様は一時帰還する
「……あっ! シルヴィとレオノーラが帰って来たわよ!!」
決して短くはなかった亜空間の通路を抜けた先では、まだフローリア様の姿でテーブルの上にある虹色の球体を操っている大神様とレナさんがいました。彼女の隣では、エミリとティファニーが肩を寄せ合いながら眠っています。
「ただいま戻りましてよ。こちらは変わりありませんこと?」
「変わりないって言いたいけど、ちょっと色々あったわ」
「まぁまぁレナちゃん。それよりも今は、シルヴィちゃんの休憩が先よ。イルザちゃんを呼んできてもらえるかしら?」
「はいはいっと」
レナさんが席を立ち、二階の一室を借りているイルザさんを呼びに向かいます。
彼女の背中を見送る際に、窓から見える外の景色が視界の端に入ってきました。
夜を照らすように、薄っすらと差し込む街の灯りがともっていることから、時刻は夜も遅めなのでしょうか。
「大神様、今は」
「夜の二十二時よ」
「あ、ありがとうございます」
「シルヴィちゃん達が過去に向かってから、三日が経った夜だけどね」
「えっ!?」
さらっと付け加えられた時間の経過に、私は驚きを隠せませんでした。
しかしレオノーラは何となく分かっていたらしく、テーブルに腰を掛けながらさも当然かのように言います。
「私達は、シリアの過去を九年ほど追体験しておりましたのよ? あれほど長い時間を追っていたのですから、現実でも相応の時間が流れていると考える方が賢明ですわ」
「それはそうですが……」
流石に三日も経過していたとなると、私達の体にも異常が出ていてもおかしくないはずだと思います。
それなのに、食事を始めとした基本的な物を不要としていたことに疑問を感じていると。
「あ! もしかしてシルヴィちゃん、全然疲れてなかったり、お腹が空いてなかったことを気にしてるのかしら?」
私の考えを読み取ったかのように、フローリア様の口調を模している大神様が問いかけてきました。
また顔に出てしまっていたのでしょうか、と驚く私に大神様はクスクスと笑います。
「私を誰だと思ってるのシルヴィちゃん? シルヴィちゃん達に影響が出ないように、時間を止めておいてあげたのよ」
「なるほど……?」
「ほら、考えてみて? フローリアやコーレリアを始めとした神様って、みんな私が創った神様でしょ? それなら、本人がいなくても私が使えても当然じゃないかしら?」
大神様の仰っていることは何となくは分かります。
ですが、私の時間を止めていただいていたのなら、私の魔力の核の崩壊も止められそうな気はしますが、それは別物なのでしょうか。
「あ、ちなみに魔力の核だけど、通常は神の影響を受けない代物だからね? 神が干渉できちゃったら、いくらでも神力を使える人が増えちゃうし、世界のバランスも崩れちゃうから」
「そう言うことですわ。なので、体の方は時間を止められても、貴女自身の魔力の崩壊は止められなかったということですの」
「レオノーラは、時間が止まっていることに気づいていたのですか?」
「むしろ分からなかったのですの? これだから超常を当たり前だと思っている魔女は困りますわ」
な、何か理不尽な呆れられ方をされた気がします。
ですが、こればかりは私が分からなかったのが悪いような気もしますので、何も言わないことにしましょう……。
そんな会話を繰り広げていると、二階からイルザさんを連れて来たレナさんが戻ってきました。
イルザさんは私を見るなり、血相を変えて駆け寄ってきました。
「シルヴィ先生! もう、こんなになるまで無理をするなんて!」
「いえ、私はそこまで無理はしていな――」
「魔力に異常が出ている時点で、十分すぎる無理をしているんです!」
「す、すみません……」
私の顔の前にぐいっと寄せられた怒り顔のイルザさんに圧倒されてしまい、私は咄嗟に謝ることしかできません。
しかし彼女はそれだけで十分であったらしく、表情を一変させてにっこりと笑って見せると、私の背を押して二階へ戻ろうとし始めました。
「あの、イルザさん。どうして二階へ戻ろうとしているのですか?」
「どうして、と言われましても。シルヴィ先生の魔力を調律するために、ベッドをお借りしないといけませんから」
「椅子ではダメなのですか?」
「人間が一番体を休められる態勢は、仰向けで横になることなのです。座るという行為は、元々想定されていないんですよ? ということで皆さん、シルヴィ先生は少々お借りしていきますね~」
「はーい、よろしくね教頭先生」
「世界の維持は私に任せて、シルヴィちゃんはゆっくり休んでくるのよ~!」
「では私も、少し横になってくるといたしましょうか。戻ってきたら急に疲れたような気がしてきましたわ、ふわぁ……」
私を見送るレナさんと大神様、そして自分もと別の階段を使用して客室へと向かうレオノーラを尻目に、私達はイルザさんが借りている客室へと入っていきました。
戸締りを確認したイルザさんは、両手をぽんと打ち合わせると。
「さてさて。ではシルヴィ先生、服を脱いでくださいね」
「何故そうなるのですか!? 待ってください待ってください! 分かりました、脱ぎます! 自分で脱ぎますから!!」
それが必要なことなのかは分かりませんが、私の服を脱がそうとしてきました!
有無を言わせない手際の良さに私は早々に観念し、大人しく彼女の前で下着姿になります。
気恥ずかしさから体を少し隠しながら顔を背けていると、イルザさんは少し楽しげな笑い声を上げました。
「私に恥じらってるシルヴィ先生は可愛いとは思いますが、隠さなくて大丈夫ですよ~。これでも何百人という同じ年頃の子どもの体を見てますので、何も思いませんから」
確かに、イルザさんは教頭という立場にありながらも、子ども達に保健体育科という項目の授業を担当していたため、身体測定の時などで私と同い年の生徒達の裸や下着姿を見慣れているのでしょう。
ですが、彼女は良くても私が恥ずかしいことには何一つ変わりが無いのです……。
そんな私の肩を抱くように引き寄せながら、イルザさんは私をベッドの上に横たわらせるように押し倒してきました。
「さぁ、始めますよ。目を閉じて、リラックスしてくださいね~」
こんな状況でリラックスなんて……と思っていましたが、彼女の少しひんやりとした手が額に置かれた瞬間、急激に眠気が私を襲い始めました。
「イルザさん……? 何か魔法を使いましたか……?」
「いいえ? まだ何も使ってないですよ」
「なんだか、凄まじく眠くなってきまして……」
「うん? ……あぁ~、それは仕方がありませんよ! だって、時間を止められていたとはいえ、シルヴィ先生達の体は動き続けていたんですから。蓄積していた疲労がどっと出たのでしょうね~」
そう言えば、先ほどもレオノーラが眠そうにしながら部屋に帰って行っていた気がします。
あくまでも大神様が私達にかけてくださっていた物は、時の流れに巻き込まれないための魔法だった、と言うことでしょうか。
そう考えている内にも、だんだん思考がまとまらないくらいに眠気が私を包み込んできていました。これ以上は何も考えられなさそうです。
「すみません、イルザさん……」
「ふふっ。ゆっくり休んでくださいね、シルヴィ先生。お疲れさまでした」
私の緊張をほぐそうと優しく頭を撫でてくださっていた彼女の手が、私の瞼を閉じるように顔を撫でたところで、私は意識を手放してしまいました。




