455話 ご先祖様は頼まれる
その後もシリア様とニーナさんが何度か戦場に足を運んでは、派手に打ち込むニーナさんのケアをシリア様が行い、時には月喰らいの大熊級の魔獣の討伐に出向いたりと、様々な場面が切り替わりながら時間が経過していきましたが、いずれのシーンでもシリア様とニーナさんは仲が良さそうに笑いあっていることが多く、すっかり打ち解けているという様子が伺えました。
そんなある日、食材の買い込みにシリア様が最寄りの街へ出かけていた時のことでした。
「もし、そこの魔女さん」
「はい? ……あっ!」
声を掛けられたシリア様が振り向いた先には、以前シリア様がラヴィリスへ向かう馬車に乗り合わせていたシスターさんがいました。
あの頃から全く見た目の変わっていない彼女は、人当たりの好さそうな笑顔を向けながらシリア様に手を振っています。
「お久しぶりです! 良く私だと分かりましたね?」
「キミは分かりやすい魔力をしてるから、私でもすぐに見分けがつくよ。それより、無事に魔女になることができたんだね」
「はい! と言っても、今は魔女と認めていただくために修行させていただいていますが」
「へぇ? キミほどの魔力を持った子でも、魔女とは認めてもらえないんだ。人の世は何と難しいかな」
「人の……?」
「あぁ、ごめんね。私はほら、見ての通りシスターだから俗世のやり方がよく分からないんだ」
「あはは、そう言うことでしたか。でもたぶん、魔女っていう枠組みが特殊なんだと思いますよ」
頬を掻きながら気まずそうに訂正した彼女に、シリア様はそう笑って理解を示しました。
その後、シリア様は何かを思い出したかのように手を叩き、彼女へ問いかけます。
「そうだ! あの時聞き損ねてしまったので、改めてお名前を伺ってもいいですか? あ、私は――」
「シリアさんでしょう?」
「え? はい、そうですが……。私、あの時自己紹介しましたっけ?」
「ふふっ! キミからは聞いていないけど、キミの噂は聞いてたよ。銀の髪を持つシリアという魔女が、魔王討伐のために修行をしているってね」
「えぇ!? 一体誰が」
噂を振りまいた人物を頭の中で探そうとしたシリア様でしたが、彼女が魔王討伐に協力すると知っていたのは非常に限られた面々でした。
その中でも、シリア様を良く知る人物であり、誰かに話す機会がある人物と言えば、最早考えるまでも無いでしょう。
「アバンおじさんだ」
「うん。ラヴィリス一美味しいと言われている食堂で一休みしてた時に、料理長さんが我が事のようにお客さんに話してたよ」
シリア様が額を押さえながら深く溜息を吐いている姿を笑ったシスターさんは、さてと話を戻します。
「私の名前だよね。私はクミン、フォールティン聖教のシスターだよ。改めてよろしくね」
「クミンさんですね。こちらこそ、改めてよろしくお願いします」
握手を求められたシリア様は笑顔で応じ、かつての感謝のお礼を伝えるかのようにしっかりと握り返しました。
その握手を終えると、クミンさんから質問が投げかけられました。
「シリアさんは、本当に魔王を討伐しに行くの?」
「一応、そのつもりです」
「一応? よく分からないけど、キミがそう志した理由と一応の理由を聞いてもいい?」
シリア様は旧勇者一行から聞いた内容に加え、自身の故郷も被害に遭ったこと、魔女として大成した姿を見せられなかった後悔から、根源である魔王を討ちたいと考えていることを自分の言葉で伝えました。
その内容を聞いたクミンさんは、複雑そうな表情で考え込んでしまっていましたが、やがて彼女の中で整理が終わったのか、おもむろに口を開き始めます。
「そっか。それで修行をしているんだね」
「すみません、変な話をしてしまって」
「いやいや、聞いたのはこっちだから気にしないで欲しいな。むしろ、謝るのは私の方だし」
その言葉を最後に、二人の間には微妙な空気が流れてしまいました。
しかし、そんな空気を換えたのもまたクミンさんでした。
「そうだ、シリアさん。私からひとつお願いがあるんだけど、頼んでもいい?」
「お願いですか? 私にできることなら」
「うん、キミじゃないと頼めないことなんだけど」
小首を傾げるシリア様に、クミンさんは。
「私も、その魔王討伐の旅の仲間に入れてくれないかな?」
「……え?」
「キミたちの旅路を、私にも協力させてほしいな。ダメ?」
「ダメ……と言うよりは、ちょっと急すぎてびっくりしてしまったと言いますか。えっと、理由を聞いてもいいでしょうか?」
「あはっ、それもそうだよね。じゃあ、私の方の目的も順を追って話そうかな」
彼女はそう言うと、何故単身で教会から離れて旅をしているのかを説明し始めました。
どうやらクミンさんが所属しているフォールティン聖導院という場所では、【運命の女神】であるスティア様という神様を崇めているとのことですが、その神様からの教えの一つに次のようなものがあるそうです。
『汝、正しき道を見極めよ。汝の前にあるは、運命と言う名の奔流なり』
その教えに従い、聖導院に所属しているシスターは世界を旅して回り、大きな運命に挑もうとしている人の助けとなることを修行の一環としているようでした。
クミンさんもその例外ではないらしく、たまたまシリア様と再会できたのも運命と思い、声を掛けてみたのだそうです。
「私がいなくても、シリアさんは光属性の魔法も扱えるから困らないとは思うけど、私が支援に徹することでシリアさんはその分攻撃に徹することができると思うんだ。こう見えて、聖導院の中でも一位争いをできる程度には実力はあるんだよ? どうかな?」
「どうかな、と言われましても……。私はまだ魔女と認められていませんし、彼らの地力がどれほど伸びているかも分かっていないので、ここで即答はできないです」
「そっかぁ。あ、ならこうしない? シリアさんがラヴィリスに戻る時に合わせて、私もラヴィリスに向かう。その時に彼らの判断と、私の同行を検討するって言うのはどう?」
どうしても引き下がりたくないと言った様子の彼女に、シリア様は困惑しながらも必死に考えを巡らせています。
やがて、観念したかのようにシリア様は小さく嘆息しながらも頷きました。
「分かりました。ですが、彼らの実力が私の基準を下回っていた時は、この話も無かったことになりますがいいですか?」
「もちろん。フォールティンのシスターたるもの、運命に挑まない者に強要はしないからね」
「そういうものなのですか? では、来年の三月頃に私は戻る予定ですので、クミンさんもその頃にラヴィリスに来ていただけると」
「分かったよ。それじゃあ、魔女になれたシリアさんを楽しみに待ってるね」
クミンさんは笑顔でシリア様に別れを告げると、軽い足取りで街の奥へと消えていきました。
彼女にとって、魔王討伐という大きすぎる壁に挑むシリア様を見つけられたのは、よほど僥倖だったのでしょうか。
シリア様もその背中を見送りながら何か考えていらっしゃる様子でしたが、ひとつ頷くと足早に街を後にしていきました。
また場面が切り替わりそうな予感がしていた私の考えは的中し、シリア様が歩いて行った方向から例の景色が広がり始めます。
「……うぐっ!?」
ですが、その瞬間に私の心臓が強く鼓動を打ち、一瞬だけでしたが凄まじい激痛が私の体を駆け抜けていきました。
「どうしましたのシルヴィ!?」
「い、いえ……。何故か、凄く胸が痛んだだけです」
「少し失礼致しますわ」
「れ、レオノーラ! 何をして」
「静かにしてくださいまし!」
いきなり屈みこみ、私のお腹を触り始めた彼女は、私に有無を言わせないような気迫で声を上げます。
成されるがままにひんやりとした手でお腹を触られ続け、くすぐったさと恥ずかしさに耐え忍んでいると、確認を終えたらしいレオノーラが今までにない真剣な表情で私に告げました。
「シルヴィ、落ち着いて聞いてくださいませ。貴女の中にある魔力の核が、本格的に壊れかけてきていますわ」




