452話 ご先祖様は手際がいい
無事に【炎獄の魔女】と呼ばれているニーナさんの下で修行できることになったシリア様でしたが、彼女を待ち受けていたのは想像を絶するものでした。
「ニーナさん、あの……」
「あの、じゃないよ。ちゃちゃっと掃除しな」
「それはそうなのですが、これはちょっと……」
「あーん!? 何が不服なのさね!?」
全部、とは言えないシリア様は、ドアを開けてすぐ目に入って来た光景に遠い目をしておられました。
「これはまぁ……いわゆるごみ屋敷ですの?」
「レオノーラ、言い方……」
「でも、他に形容できませんわよ!?」
彼女の言う通り、ごみが詰まっているであろうズタ袋がこんもりと天井付近まで積み上がっており、床には埃の積もった魔導書や何に使うか分からない魔道具が散乱していて、とても掃除ができるような環境ではありませんでした。
悪臭がしないのは専用の魔法を使っているためということもあり、その点は不幸中の幸いではありますが、わざわざごみの臭いを消すためだけの魔法を開発するくらいなら、ごみ本体を捨てたら良いのではと思ってしまった私は悪くないと思います。
シリア様はとんでもない所に来てしまったと後悔を顔に浮かべながらも、前向きに捉えようとニーナさんに質問しました。
「ちなみにですが、この家の間取りってどんな感じでしょうか」
「間取りぃ? あー……大部屋が三、小部屋が六、キッチンと風呂があって倉庫が二って感じかね」
「普段、ニーナさんはどこで過ごされていますか?」
「あたしはもちろん大部屋さね。部屋は余ってるから、お前も好きな部屋選んで住んでもいいよ」
「それはありがたいのですが、その……」
「なんだい、煮え切らないね!」
煮え切らない返答になるのも無理はないと思います、ニーナさん。
シリア様が向けている視線の先には、恐らく他の部屋や階層に繋がっているであろう通路にも、同じようなごみ袋がこんもりと積んであるのですから。
そんなシリア様の気持ちも露知らず、ニーナさんは大あくびをしながら体を伸ばし、どこかへ向かおうとしてしまいます。
「あ、あの! どこへ」
「寝るんだよ。こんな朝早くから起こされてたまったもんじゃないからね。夜にはたぶん起きるから、それまでに掃除しておきな」
「えぇ……」
この量を夜までですか? と絶望するシリア様を置いて、ニーナさんは本当に自室へと戻っていってしまいました。
残されたのは、今にも崩れてきそうなゴミの山に囲まれたシリア様だけです。
シリア様は深く溜息を吐き、ぐるりと周囲を見渡します。
が、どこを見てもごみしかない空間に、さらにげんなりとしてしまいました。
「仕方ない、少しずつ始めるか……」
そう呟いたシリア様は、一度家の外に出ていきました。
家の中のごみを片付けないといけないのに、この洞窟に造られた家の外へ出る理由が分からない私でしたが、洞窟の外まで出たシリア様の行動を見て、彼女が行おうとしていることを察することになります。
「いでよ! バーナード・リザード!!」
彼女が召喚したのは、魔獣の中でもそれなりに危険度の高いとされている、豪炎を吐く小さな竜種の魔獣でした。いえ、厳密にはそれを模したゴーレムだとは思うのですが、ほぼほぼ実物と変わりない出来に本物だと錯覚させられてしまいます。
続けてシリア様は、小さめの魔法陣をいくつも展開しながら追加で召喚します。
「我が忠実なる僕達よ、我が手足となりて労働せよ!」
そこから出て来た物は、見覚えがあります。あれはラヴィリスの一角に王家から下賜された別荘で、シリア様が呼び出した猫のゴーレムです。
シリア様はこの頃から、既に猫のゴーレムを操るようになっていたのですね。と微笑ましくなっていると、彼女の指示に従って猫達がせっせと家の中からごみ袋を頭上に持ち上げながら、バーナード・リザードの前に運んできました。
それがある程度積み上がったところで、シリア様はバーナード・リザードに火を吐くように指示を出し、ごみを一瞬で燃えカスへと変貌させます。
そのルーチンが何回か繰り返され、固定できていることを確認したシリア様は、自身も腕をまくりながら家の中へと向かっていきました。
「何と言うか、あの子は労働の星の下に生まれて来たのかと思うほど、あちこちで働いておりますわね」
「日頃から遊んでばかりのフローリア様に強く当たっては、食事も用意しなくていいと私に言ってくるシリア様でしたが、こういう積み重ねから働かざる者食うべからずという認識が強く根付いているのでしょうね」
「下積み時代に苦労があるのはいいことですが、いささか働かされすぎではありませんこと? 何だか同情してしまいますわ」
「それは私も同感です。ですが、今のシリア様が提示できるセールスポイントが幼少期の労働の経験と魔法の技術ですので、魔女相手には前者の方が重宝されてしまうのでしょう」
「はぁ……。これはシリアを救出できたら、沢山可愛がってあげなくてはなりませんわね」
それはまた嫌がられてケンカになりそうな……と思いましたが、そこは言葉に出さず苦笑を浮かべて流すことにしました。




