450話 魔女様は期待される
私は聞き間違いだと思いたいところでしたが、レオノーラはこれが現実であると言わんばかりにレイユさんへ言葉を返します。
「いつから見えておりましたの?」
「いつからも何も、あの子猫ちゃんと共に来た頃から見えていたよ。最初は魔族――しかもかなりの力を持っている人が来たと思って警戒していたけど、どうもそっちの子は子猫ちゃんと同じ匂いがしたから、関係者かなってね」
ピッ、と私を指さしたレイユさんに、私はどう反応したらいいか分かりませんでした。
そんな私に構わず、彼女は背中を壁に預けて腕を組みながら続けます。
「君達は何者なのかな? 子猫ちゃんも気になるけど、今まで感じたことのない魔力と、見たことのない魔法を使っている君達の方がかなり興味深いよ」
ここで私達が未来から来たと答えたところで、恐らく信じていただけないでしょう。
ですが、適当に誤魔化したとしても、彼女の鋭い視線から“嘘では私は欺けない”というメッセージを感じてしまう以上、その場しのぎの嘘で誤魔化せそうにもありません。
どう答えるべきかと必死に頭を回転させていると、私よりも先にレオノーラが口を開きました。
「私達は、今より二千年以上未来に生きている者ですわ。とある事情で、こちらの彼女の祖先であるシリアの過去を見に来ておりますの」
「れ、レオノーラ!!」
レオノーラを制そうとして、咄嗟に魔王である彼女の名を口にしてしまい、私は自分の口を慌てて塞ぎました。そんな私を横目でちらりと見て来たレイユさんは、顎先を摘まむようにしながら思考にふけっています。
「二千年後の子孫、ねぇ」
「信じていただけないのも無理はありませんわ。ですが、私達は過去を変えに来たのではなく、あくまでもシリアという人物の生い立ちを見に来ているのです。この時代の人間に干渉するつもりはございませんの」
「なるほどねぇ。それはもしかして、そこの子が壊れかけていることに繋がりがあるのかな?」
壊れかけている、と表現された私の代わりに、レオノーラが頷きます。
それを見てひとりでに理解してしまったらしいレイユさんに、私は聞かずにはいられませんでした。
「あの、どうして私達のことが見えていたのに、見えていないフリをしてくださっていたのですか?」
「どうして、と言われても」
彼女はふっと体の力を抜き、先ほどのシリア様に向けていた柔らかな顔を私に向けながら続けます。
「さっきも言った通り、君からは子猫ちゃんと同じ匂いがしたからだよ。でも、私にだけ見えていてアルシェや子猫ちゃん自身には見えていなかった。となれば、何らかの事情があってここに来たとしか思えない。違うかな?」
「それはそう、なのですが」
「それに私も、敵対していない人に対していきなり魔法を当てるような真似はしないさ。君達が私達に干渉するつもりがないって言うのなら、私からも干渉するつもりは無いよ。他の人たちのようにね」
「話が早くて助かりますわ」
「とは言っても、まさか魔王が子猫ちゃんの子孫と行動を共にしているとはね……。君達の仲の良さから、未来では戦争は終わって人と魔族が手を取り合えているのかな? それとも、魔王である君が生きていると言うことは、人間は負けて君達の支配下にあるのかな?」
レイユさんからの問いかけに、私はすぐには答えられませんでした。
魔族と人間の戦争はシリア様達によって終結はしたものの、つい最近まで冷戦状態が続いていたとは言いづらいのです。
しかし、それに答えたのもまた、当事者であるレオノーラでした。
「ご安心あそばせ。当時に生きた者たちの尽力によって、未来ではこうして手を取り合うことができておりますの。世界も平和そのものですわ」
「……ふふ、そうか。ならいいんだ」
レイユさんはそれ以上何も聞かないと言わんばかりに手をひらひらと振り、私達に優しく微笑みます。
レオノーラが言った言葉は、間違いではありませんが嘘が多分に含まれています。彼女は恐らく、それを見抜いてしまっているのでしょう。
だとしたら、私が彼女に約束するべきだと思います。
「レイユさん、あなたに約束します。ここで得た知識は必ず未来で活かし、本当の意味で平和な世界に導いて見せます。それがシリア様の血と意思を継いでいる、私の役目ですから」
まっすぐ、彼女の目を見て約束した私に、レイユさんは少し驚いたような顔を見せました。
しばらくすると、彼女は小さく笑いながら私の前へと近寄ってきて、私の前髪を手で払いのけながら、至近距離で隠していた左目を見つめてきました。
「……うん。子猫ちゃんと同じ、強い意志の籠ったいい目だね。それでいて、子猫ちゃんには無い強さもある」
「あの……?」
「あぁ、ごめんね。君が隠していた目が気になって、ついね」
レイユさんはそう言いながら私から離れると、言葉を続けます。
「私の直感だけど、子猫ちゃんはきっと、今の時代で凄いことを成し遂げるんだと思う。でも、君はそれ以上の何かを成し遂げようとしているんだろう。それが何なのか、どうして必要なのかは私には全く分からない。でも、これだけは忘れないでね」
彼女はそこでいったん言葉を切ると、慈愛に満ちた笑みを向けてきました。
「魔女というのは、全てを捨ててゼロから始める新しい人生ではあるけど、孤独な道では無いんだ。君と同じ志を持った人は、自然と惹かれあって必ず手を取り合える。それが例え、敵であってもね。だから君は、自分ができる範囲で多くの人に手を差し伸べるといいよ。そうして手を差し伸べられた人は、必ず君の助けになるし、君を支える力になるから」
「……分かりました。私にできることは多くはありませんが、できる範囲で手を差し伸べられるよう努力したいと思います」
「ふふっ。真面目だね」
「全くですわ」
レイユさんにそう言われてしまうのは分かりますが、レオノーラにまで手のひらを返されたようで少し不服です。
そんな私を二人で笑いつつ、レイユさんが続けます。
「君は私が見てきた中でも、とんでもない素質と魔力を持ってる魔女だ。だからこそ、その力に悩むこともあると思う。その時は魔王、君が彼女を支えてあげるんだよ?」
「当然ですわ。私を誰だと思っておりまして?」
「魔王以外の何者でもないんじゃないかな?」
「よくお分かりではありませんの。それに、シルヴィは私のパートナーでもありますのよ? そんな彼女を支えられないようであれば、魔王の名折れですわ」
「おや、君はシルヴィって名前なんだね」
「はい。私はシルヴィと言います。後のシリア様が王家に嫁ぐことになり、私もグランディア王家の血筋ではあるのですが、いろいろとありまして」
「あの子猫ちゃんが王族に? ……ふふ、そうかそうか。本当に、未来は読めないからこそ面白いね」
レイユさんは本当に楽しそうにクスクスと笑うと、私に手を差し伸べながら言いました。
「頑張るんだよシルヴィちゃん。二千年後、君が何を成し遂げるのか……私は楽しみだよ」
「ありがとうございます、レイユさん」
その手を握り返すと、彼女から温かくも痺れのある魔力が微量に流されてきました。
困惑する私が彼女の顔を見上げると、レイユさんは口元に指を立てながら茶目っ気のある笑みを向けています。
「これは私からの餞別だよ。これ以上、君達の姿が他の人に見えてもお互いに困るだろうしね。ほら、魔王も手を貸して」
「仕方ありませんわね。魔王である私の手を取れること、光栄に思ってくださいまし?」
「ははは、本当に光栄なことだね」
彼女から魔力を分け与えられたレオノーラと、自分の身に何か変化が起きたかと互いを確認するも、特に変化はないように感じられます。
しかし、レイユさんはこれで終わりだと言わんばかりに私達に背を向けると、自分の部屋へと戻っていってしまいました。
「過去の再現とは大神様からも聞いておりましたけれど、過去の方々に干渉できてしまうのはまずいですわね」
「何故ですか?」
「何故って貴女……。例えばここで未来を知る私が、今の内からとシリアを消せばどうなると思います?」
「ええと……。シリア様がいなくなれば、シリア様の過去を追えなくなって魔法が終わるのではないのでしょうか」
「えぇ、普通はそうでしょう。ですが、ここは貴女が作り出した世界。先の魔術師を殺めてしまった時、貴女はその魔術師に自分の自殺行為を追体験させたのでしょう? その結果が死をもたらしたのならば、この世界での行動が現実に反映される可能性も高いはずですわ」
確かに、レオノーラの言うことには一理ある気がします。
下手に私達がシリア様を始めとした彼女達を取り巻く環境に関わることで、現実に何か異変が起きてしまっては問題になりかねません。
「分かりました。現実の世界に影響が出ないよう、気を付けることにします」
そうレオノーラに頷いたところで、急に場面が切り替わることを報せるあのモノクロの景色が浮かび上がってくるのでした。




