5話 魔女様は晩餐会に出る
魔女は神出鬼没であり、いつの間にか棲み処を変えている。
そんなことから開発されたとある連絡手段なのですが、
どうもレナはその正体を良く知っているようです。
アーデルハイトさんに案内される形で私達は階層を移動し、豪勢なパーティ会場に通されました。
煌びやかな内装に加え、多数設置されているテーブルの上には色とりどりの料理の品々が。どれも非常に食欲をそそる香りを辺りに漂わせていて、エミリとレナさんが顔を輝かせています。
アーデルハイトさんが給仕の方を呼び止め、トレイの上から飲み物の入ったグラスを私達に手渡してくださいました。そしてそのまま付いてくるように言われ、辿り着いた先は部屋の中心部でした。
「あー、待たせてすまない。今日の主賓を案内するのに時間がかかっていた」
拡声器を伝うアーデルハイトさんの低めの声が部屋に響き渡ると、賑やかだった部屋の中が静まり返り、中にいた人たちの視線が私達へと注がれます。
「皆、今日は良く集まってくれた。議会でも話があった通り、春季も皆の力を借りることになると思うが、これからも連合に協力してくれると助かる。そして、今日からは彼女達も連合の仲間として迎え入れることとなった。これから彼女達に色々と教えてやってくれ。
だが、それはこれからの話だ。今はこうして集まれたことを喜び、楽しもうではないか!」
周囲から拍手と歓声が沸き上がります。
「では、乾杯といこう。魔法は人々のために。魔導連合は平和のために。気高き理念を掲げた創始者であり神祖である、シリア様に……乾杯!!」
「「かんぱ~い!!」」
乾杯の音頭に合わせ、全員が乾杯のグラスをあちこちで鳴らしあい、晩餐会が始まりました。
そして名前を出された当のご本人様と言うと。
『くっふふふ、どうにもむず痒くなってしまうな!』
と、楽しげにしていらっしゃました。
各々で料理を取って周りながら楽しんでいると、私達の下へ数人の魔女の方々がいらっしゃいました。
「あなたがシルヴィちゃん? わぁ~! 近くで見るととっても可愛いわね!!」
「若いって羨ましい~! ねぇねぇ、良かったら連絡先交換しようよ!」
「もちろんレナちゃんもよ!」
「れ、連絡先とは、何のことでしょうか……?」
戸惑う私が尋ねると、お三方は一瞬きょとんとされ、納得するように声を上げ始めました。
「そっか! あなた達、魔導連合来たの今日が初めてなのよね? なら知らなくて当然だわ!」
「可愛いシルヴィちゃんに、お姉さんが教えてあげる!」
「ちょっと! いいとこどりなんてさせないわよ!? ここはあたしが……」
やいのやいのと騒ぎ出され対応に困っていると、口の中を空にしたレナさんが割って入り始めます。
「待って待って、説明してくれるのは嬉しいけど全員で説明されると分からなくなっちゃうわ。連絡先ってどういうこと? ケータイみたいなのがあるの?」
「けーたい? それはちょっと分からないけど、連合に所属している魔女や魔法使いはね? じゃじゃーん、こういうものを支給されるのよ!」
効果音を口で言いながら、最初に私に声を掛けてきた黒髪の魔女さんが四角い何かを取り出しました。ぱっと見た印象としては、青い水晶板のように見えます。
魔女さんがそれを触ると、水晶板の上に文字やマークが浮かび上がり始めました。
「ほら、魔女ってどこに住んでるか分からない上に、しれっと拠点変えたりするじゃない? だから手紙とか送っても届かなかったりとかザラな訳よ。そこで連合の技術局が開発したのがこれ! 自分の魔力を込めておくことで、どんなに遠く離れててもその魔力を辿って連絡を取り合うことが出来るのよ~!」
「うわ、思ってた以上にガチのスマホじゃん」
レナさんが聞きなれない言葉を口にしました。異世界の何かでしょうか。
興味を持ったらしいレナさんが、矢継ぎ早に質問を重ねていき始めます。
「ねぇ、それって連絡って普通に音声で連絡するの? それとも文字だけ? あと写真とかも撮れたりするの?」
「もちろん全部できるわよ! 部分投影して顔を見ながらお話もできるし、文字だけを送って手紙みたいにもできるし、写真もほら! この前のお花見の時の写真がこれよ!」
「はー……びっくりだわ、こっちにもスマホみたいなのがあるのね……どこの世界でも便利を求めるのは変わらないのねぇ」
「レナちゃんの国でもこういうのがあったの?」
「ま、まぁね。ちょっと形は違うけど似たようなのはあったかな」
「そうなのね! てっきり局長オリジナルかと思ってたけど、どこかの国の模倣品だったのね~」
感心している魔女さんとは対照的に、レナさんがすごく変な顔をしています。
私は見かねて、話を少しだけ逸らすことにしました。
「その水晶板は、連合に加盟したその日から頂けるのでしょうか? せっかくのお誘いですが、私達はそれを持っていないので……」
「これは水晶板って名前じゃないのよ、“ウィズナビ”って言うの!」
「ウィズナビはすぐ貰えるんじゃない? 総長に聞いてみたら?」
「ウィズナビ、ですか。分かりました、後で頂けるか聞いてみたいと思います」
「うんうん! もし貰えたら呼んでね~!」
奥へと戻っていくお三方に手を振り、早速アーデルハイトさんに尋ねてみることにします。
そういえば先ほどまでシリア様と話されていたようでしたが、今はどちらへ……。あ、いらっしゃいました。デザートコーナーでお皿を手に真剣な表情をされています。既にお皿には沢山お菓子が乗せられてはいますが、まだ取るおつもりなのでしょうか。
「すみませんシリア様、少しアーデルハイトさんにお伺いしたいことがあるので離れますね」
「フローリア、あたしも行ってくるわ」
『んむ』
「いってらっしゃ~い」
エミリも何かを言おうとしていましたが、中々飲み込めないようでした。無理しないでください、と手でジェスチャーしながらその場を離れ、デザートコーナーに向かいます。
「アーデルハイトさん」
「む……? あぁ、【慈愛の魔女】と【桜花の魔女】か。何か用か?」
「はい、他の魔女の方々よりウィズナビの連絡先を尋ねられまして。私達もウィズナビを頂くことは可能なのでしょうか?」
「無論だ。少し待っていてくれ、どれを取ろうか悩んでいてな……」
「え、総長さんまだ取る気?」
レナさんに指摘されたアーデルハイトさんは、顔を赤らめながらやや大きめな声で否定し始めます。
「ちっ、違うぞ!? これは私が食べる分ではなく、お前達のご家族の方へ持って行こうとしてだな!?」
「いや、なら別に悩む必要ないでしょ。フローリアもエミリも甘いの大好きだし、シリアだってあったら食べるわよ。ほら乗せちゃいましょ」
「バカ、勝手に乗せるな! それでは太ってしまう!」
「いやいやいや、あの人達太らないから。エミリもかなり食べるけど、その分エネルギーに回ってるから気にしないで良いわよ」
「やめろ! 私が食べる分は自分で決める!」
「さっき自分のじゃないーって言ってたじゃない。どっちなのよ」
「しまっ!! …………悪いか? 男ともなった私が女の趣味嗜好を捨てきれないことが」
やや恥ずかしそうに顔を背けながら言う姿を、レナさんはあっさりと切り捨てました。
「別に? 男の人だって甘いもの好きな人はいるし、可愛いのが好きな人だっているわよ。別に隠す必要なくない?」
「だが……」
「総長さんが何を思って男になりたかったか分かんないけど、あたしの国には男なのに女の恰好して楽しむ人もいたし、その逆もいたくらいだから全然普通よ? ね、シルヴィ?」
「ええと、それは初耳ですが……。でも、男性だから女性だからと、自分の好きなものを制限するのは良くないと思いますよ? 人にどう思われようと、好きなものは好きで良いのではないでしょうか」
「お、シルヴィ良いこと言うじゃない!!」
ぐっ、と親指を立てられました。確か“ぐっじょぶ”でしたか。とりあえず真似しておきましょう。
「好きなものは好き、か……。ふっ、確かにお前達の言う通りかもしれないな」
「そうよ、スイーツいっぱい食べたいなら好きなだけ取ればいいじゃない。太ったらあとで運動すればいいのよ」
「……ははっ、こんな小さな魔女達に説教をされるなんてな」
「小さくないわよ失礼ね!!」
小さいことを刺され憤るレナさんでしたが、アーデルハイトさんは何かスッキリとした表情で微笑んでいました。
「そうだな、お前達の言う通りだ。今日くらいは好きなように食べるとしよう」
「はい。それがいいと思います」
「ほら、早く取っちゃいましょ! あとウィズナビ忘れないでよね!」
「分かった分かった。これを置いたら取ってこよう」
アーデルハイトさんはレナさんに背中を押されながらシリア様達の下へと戻り、デザートを置いて部屋の奥へと向かって行きました。




