445話 旧勇者一行は諦めない
当時の勇者一行が、シリア様から容赦なく追い返された翌日のこと。
「お願いします! どうしてもあなたの力が必要なんです!」
「…………」
彼らは懲りずに来訪し、シリア様から冷たい視線を送られていました。
またしても食事中だったシリア様は、もう話すことも無いと言わんばかりに手で追い払うようなしぐさをして見せますが、彼らも必死になる事情があるのか、引き下がろうとしません。
「おいガキ共。昨日の今日で何もわかっちゃいねえのか? さっさと帰んな」
「お願いです、話だけでも聞いてもらえませんか!?」
「あなた達が弱いという話なら結構です。見て分かります」
シリア様による無慈悲な一言で、彼らの中のリーダーと思われる剣士風の男性が完全に押し黙ってしまいました。
その反応を見て、余計に他愛もないと判断したシリア様は、黙々と食事に戻り始めます。
「さぁ帰った帰った。これ以上、うちのシリアの飯の邪魔をするってんなら、俺が相手になるぜ?」
ムキッ、と音がしそうなほど筋肉を隆起させるアバンさんに、彼らは恐怖から声を詰まらせました。
しかし、筋肉勝負では負けていないと言わんばかりに、戦士風の男性が一歩前へ躍り出ます。
「なら、俺と一本お願いします。俺が勝ったら、彼女と話をさせてもらえませんか」
「ほぅ……?」
アバンさんはギロリと鋭い視線で、彼の体躯を品定めし始めました。
私から見ても、アバンさんと彼では身長も体格も差があるため、勝ち目はないように見えてしまいます。
ですが、アバンさんは彼を鼻で笑い飛ばすと。
「いいだろう。裏手に来な」
そう言い残し、先に店から出て行ってしまいました。
呆気に取られているシリア様を残し、彼らを連れて裏手の庭へと向かってから一分と経たずに。
「うおわあああああああああ!?」
そんな悲鳴と同時に、ズズンと重い地響きが店内に伝わってきました!
シリア様は何が起きたか察してしまったらしく、深いため息を吐きながらも帽子を被りながら裏手へと駆けていきます。
彼女に続いて私達も裏手へと向かうと、そこには――。
「ガッハッハッハ! 口ほどにもねぇぞ小僧! 一昨日来やがれ!!」
仁王立ちで豪快に笑うアバンさんの姿と。
「おいロイガー!? しっかりしろ!!」
「ロイガーが一瞬で……!!」
小さなクレーターの上で、完全に意識を失ってしまっている戦士風の男性が転がっていました。
駆け寄って来たシリア様を見つけたアバンさんは、にぃっと笑いながらシリア様へ言います。
「おうシリア! こいつら話にならねぇほど弱いぞ!」
「だから最初からそう言ったじゃないですか、もう……」
シリア様は伸びてしまっているロイガーと呼ばれた戦士風の男性の下へ歩み寄りながら、仲間のお二人に「邪魔です、下がってください」と離れるように指示を出します。
彼らは不安そうにしながらも数歩下がり、シリア様の邪魔にならないように従いました。
「お店で泥酔したお客さんを力づくで対応するのはいいですけど、毎度やりすぎなんですって」
「ガッハッハ! 馬鹿はこうでもしねぇと分からねぇからな!」
「全く……」
彼の傍にしゃがみ込んだシリア様は杖を取り出し、私も馴染みのある治癒魔法を行使し始めます。
重い一撃を受けたであろう彼の表情は次第に和らいでいき、シリア様の魔法が終わるころには穏やかな表情になっていました。
シリア様は立ち上がると、仲間のお二人へ振り返りながら警告します。
「次は手当はしません。魔王に挑む前から命を捨てたくないのなら、もう来ないでください」
「おら、分かったらこいつを拾ってとっとと帰れ。コックすら倒せねぇくせに、魔王討伐なんざ大それたこと抜かすんじゃねぇぞ」
アバンさんと共に店の中へと帰っていく後ろ姿を見つめていた彼らは、倒れたロイガーさんの肩を担ぎ上げながら街の奥へと去っていきました。
それを見ながらレオノーラがクスクスと笑い、当時を懐かしむように口を開きます。
「あの重戦士が放り投げられてノックアウトだなんて、お笑いですわね」
「ということは、彼は未来ではよほど屈強な前衛職になっていたのですか?」
「えぇ。物理、魔法、いずれにも高い耐性を持った面倒な盾役でしたわ。それも、今では見る影もありませんけれども」
魔王であるレオノーラから見ても面倒だと言うことは、三年後には相当な実力を身に着けていたのでしょう。
余程過酷な旅路だったのか、はたまた厳しい鍛練の成果なのか。どちらにせよ、魔法職であるシリア様を護るにはうってつけの盾となってくれていたのだと思います。
ですが、ここまでだとシリア様がどのようにして彼らと共に行くことを決めたのかが分かりません。
そんな私の疑問を解消してくれるかのように、再び景色が切り替わり始めました。
次第に景色が切り替わっていく――かと思いきや、またしても店の裏手にある庭が映し出されました。
レオノーラと首を傾げていると。
「うおわあああああああああ!?」
私達の頭上から先ほどの男性の悲鳴が降り注いできました!
さっと二人でその場から飛ぶように後退した直後、ロイガーさんが顔から地面に激突し、激しい土煙が巻きあがります。
次第に晴れていく土煙の中で、またしても伸びてしまっているロイガーさんに向けて、アバンさんの声が飛ばされます。
「何が稽古をつけて欲しいだふざけやがって! こちとら、お前らみてぇなガキの相手をしてられるほど暇じゃねぇんだよ!!」
そちらに視線を向けると、腕組みをしてそう吠えていたアバンさんと、木樽の上に腰掛けて無表情で見つめているシリア様の姿がありました。
まさか、三日連続で店に来ていたのでしょうか。そう考えた私の思考を正解だとでもいうように、剣士風の男性が戦闘態勢を取りながら声を上げます。
「俺達は強くならなきゃいけないんです! 魔王討伐――いや、まずはシリアさんを同行させるためにも、強くなるためにあなたに手ほどきをお願いしたい! うおおおおおおおおおっ!!」
「はっ! ガキがナマ言ってんじゃ……ねぇ!!」
「ごはっ!!」
無策に突撃してきた彼の腕を掴み上げ、アバンさんはその勢いを利用して見事な投げ技を決めました。背中から激しく打ち付けられた彼は、呼吸もままならない様子でもがいています。
「大体、何でお前らみてぇなガキが魔王なんざに挑もうとか考えてんだよ? んなもん、王国の騎士様の仕事だろうが」
アバンさんからの問いかけに、剣士風の男性が答えようとしてはいましたが、激しく咳き込んでいるだけで答えようにも答えられない状態でした。
そんな彼に寄り添ったエルフ族の女性が、彼の代わりにと答えます。
「私達はリブルの冒険者だったの。でも、二年前の魔王軍の進軍で街が攻め落とされて、第二の故郷とも言えるリブルが失われたから魔王討伐の旅に出ることにしたのよ」




