442話 ご先祖様は卒業する
無事に勝利を収めたシリア様達は、その日以降在校生達から向けられていた視線が一変し、尊敬と好奇心が多く入り混じるようになりました。
クラスでも漂い始めていた微妙な空気も解消され、土属性であるシリア様に自分が得意な属性の魔法を教えてくれる子が出始め、彼らのような難癖を付けてくる上級生を嫌っていた子に慕われるようになっていました。
特に変化が大きかったのはラティスさんの方で、ほぼ孤立状態だった彼女に強烈なファンが生まれ、いつも通りほとんど反応をしない態度でもそれを楽しむ生徒に囲まれる日々が多くなり、唯一生徒が離れてくれる昼食の時間で同席するシリア様に、やや疲れた顔をしながら愚痴を吐くと言った光景が見受けられています。
変化があったのは生徒だけではなく、先生方からの見る目も大きく変わっていて、積極的にシリア様とラティスさんに特別授業を行ってくれる方もいたため、少しでも多く魔法を学びたいシリア様にとっては忙しくも充実した毎日となっていました。
そんな日々を送りながら季節も巡り、次に場面が映し出されたのは、まもなく入学して一年が経過し、来月から新学期が始まろうとしていたある日のことでした。
「飛び級、ですか?」
「うん。シリアさんとラティスさんなら、もう中等部に入っても問題ないんじゃないかと思ってね。どうかな?」
シリア様達を学園長室に呼び出し、そう提案するレイヴン先生を前に、お二人は顔を見合わせてしまっていました。
「私はもっと魔法を学ばせてもらえるなら大歓迎ですが……」
ラティスさんもシリア様と同感ではあるものの、まだ入学して一年足らずで中等部に進級してしまっていいかが分からない、と言った様子のお二人に、レイヴン先生はにっこりと微笑みながら説明を始めました。
話しによると、どうやらこの頃は生徒の飛び級というのは珍しくもなかったらしく、実力を遺憾なく発揮させるためにも、生徒が希望して及第点に到達しているなら進級させるという制度を導入しているそうです。
初等部ながらも上級魔法をいくつか扱えるラティスさんと、会得した極大魔法を解析しつつ、土属性の中級魔法をマスターしていたシリア様も例外ではなかったらしく、こうして声を掛けられる運びとなっていました。
一通り説明を受けたお二人は納得した様子で頷くと、ラティスさんから口を開き始めました。
「私からもお願いします。より強い魔法を覚えることは、私の入学の目的でもありますので」
「私も飛び級させてもらえるならお願いしたいです」
「あぁ、もちろんだよ! では、二人とも来月からは中等部と言うことで、これからも頑張ってくれると嬉しい」
「はい」「はい!」
嬉しそうにラティスさんに笑いかけるシリア様に対し、ラティスさんは小さく微笑むだけでしたが、それだけでもお二人の間にしっかりとした友情が芽生えているのが汲み取れて、私は温かい気持ちになることができました。
「何とも微笑ましい光景ですわね。まぁ、後々敵対する身としては何とも言えない成長具合ですが……っと、今回は切り替わりが早いのですね」
レオノーラの言う通り、既に場面の切り替わりが始まっていて、次に切り替わった先では卒業式と思われるシーンが再生されていました。
体育館の壇上では成長したシリア様とラティスさんが並んでいて、何か賞状を受け取っているように見受けられます。
「シリアさん、ラティスさん。キミ達は素晴らしい才能を持った魔法使いだ。今日で卒業となってしまうのが非常に勿体ないくらいだよ」
そう語りかけるレイヴン先生の目にはうっすらと涙が浮かんでいて、声も若干震えていました。
そんな彼に、シリア様達はふっと優しく微笑みながら言葉を返します。
「私こそ、この学園に入学してからの五年間、本当に充実した毎日を送らせていただきました。かけがえのない学園生活をくださり、ありがとうございました」
「この学園で得た学びを忘れず、人のために魔法を発展させていくことを誓います」
「シリアさん、ラティスさん……うおおおおおおおおお!!」
堪えきれずに泣き出してしまったレイヴン先生に、お二人がおろおろとしながらも泣き止ませようとし始めてしまいました。
その様子をレオノーラと小さく笑いながら、改めて成長したお二人の姿を観察します。
先ほどの発言から、現在のシリア様達は学園に入学してから五年が経過しているようで、十五歳になっているようです。この時点でシリア様はかなり肉付きのいい体になられていて、私が魔導連合で見た肖像画より一回り小さいか同じくらいかと言った成長を経ていました。
あの“シエスタ”というお店で毎日たくさんご飯を頂いていたので、その成長具合は無理もありませんねと苦笑し、続けてラティスさんへ視線を移します。
ラティスさんもラティスさんでかなりの高身長になっていて、私の記憶にある彼女とほぼ遜色ない体形に落ち着いていました。入学当初はやや目つきが鋭かった表情も少し穏やかになっていて、今ではきりっとした表情の似合う麗人と言った印象です。
「しかし、九年制の学園を五年で卒業と言うことは、あれから何度か飛び級を繰り返していたのでしょうか」
「そうなりますわね。あぁ、ちょうどそこの説明もあるようですわよ」
レオノーラの言葉に意識を壇上へ戻すと、レイヴン先生がシリア様達の功績を読み上げているところでした。
「シリアさんは初等部を一年で修学し、中等部も二年で修学。高等部の二年間では全属性の上級魔法を習得するという偉業を成し、土属性においてもゴーレムの錬成を始めとした数多くの魔法を極め、戦闘面でも土属性には未来があると言うことを見事証明して見せました。そして今日、ハールマナ魔法学園を僅か五年で首席卒業となりました。皆さん、偉業を成し遂げたシリアさんに拍手を!」
彼の合図と共に、全校生徒と先生方から盛大な拍手が送られ、中には口笛を吹いて賞賛してくださる方もいらっしゃいました。シリア様は皆さんへ振り返り、照れくさそうにしながらも深々と頭を下げ、次に頭を上げた時には得意満面のあの表情を浮かべていました。
拍手が収まり始めたのを見計らって、レイヴン先生は続けてラティスさんの功績を読み上げます。
「ラティスさんもシリアさんと同様に飛び級し、中等部で氷属性の極大魔法を習得。高等部ではイースベリカを襲っていた異常気象問題の解決を始めとした、氷魔法のエキスパートとしての実力を遺憾なく発揮し、シリアさんに引けを取らない華々しい功績を残してくれました。シリアさん共々、魔法学の発展に努めようと歩みを止めない彼女にも、盛大な拍手を!」
この頃からラティスさんは、イースベリカと縁があったのですねと拍手を送りながら思っていると、あっという間に卒業式が終わってしまいました。
シリア様達は多くの方々に見送られながら学園を後にすると、ラヴィリスの中で一般人が足を踏み入れられる中でも一番見晴らしのいい魔法庁の庭園へと向かっていきました。




