440話 騎士団長は挑発する
初の対人戦で、意図的とは言えボロボロになりながらも勝利をもぎ取って来たシリア様がラティスさんの下へ戻ると、ラティスさんはシリア様に声を掛けるでもなく、スッと右手を持ち上げて何かを待つような姿勢を取りました。
シリア様はそれだけで察したらしく、ラティスさんの隣に並ぶと、その右手に自分の右手を強めに打ち付けました。
パシン、と勝利を祝う乾いた音が響くシリア様陣営に対し、上級生陣営はと言いますと。
「おい! 何で負けてんだよ! 散々煽っておいてそのザマかよ!」
「あたしだって、あんなの使われるなんて思わなかったわよ!!」
「やっぱり彼女達、只者じゃないよ。特にシリアって子、初の実戦で中型ゴーレムを動かして見せるとか」
「偶然だろうが! 初等部だぞ!?」
「あんな無茶苦茶な初等部とか聞いたことないじゃない!!」
初等部を相手に連敗してしまっていたことに、リーダー格の生徒が声を荒げながら取り巻きの子達を強く非難していて、完全に仲間割れを起こしてしまいそうな雰囲気になっています。
流石に見かねた先生が彼らの下へと歩み寄り、声を掛けました。
「さて、既に初等部チームが二本先取していることからあなた達の負けが決まっていますが、最終戦はやりますか?」
「やるに決まってる! オレはまだ負けてねぇ!!」
「あ、あたしはいい! あんなのとやりたくない!」
「僕も遠慮しておこうかな。彼女達は無策で勝てる相手じゃない」
「あぁ!? 何ビビってんだよ! お前だって不意打ちで負けたようなもんだろ!?」
眼鏡の生徒に食って掛かるリーダー格の生徒ですが、詰め寄られた彼はそれでも冷静に返します。
「あれは不意打ちなんかじゃない。僕は自分に初級魔法程度なら余裕で防げる結界を張った上で挑んだのに、それを遥かに上回る威力の初級魔法を撃ちこまれたんだ。その時点で僕が彼女達の力量を見誤ってたのは事実であり、紛れもない敗北なんだよ」
「……っ!!」
リーダー格の生徒は怒りに任せて何かを口走ろうとした様子でしたが、寸でのところで言いとどまったらしく、舌打ちだけをしてそっぽを向きました。
しかし、彼はそれでも諦めると言うことはしたくなかったらしく、先生へと向き直って言いました。
「いい、オレ一人でやる」
「最終戦はタッグバトルです。それでも一人でやると言うのですか?」
「構わねぇ」
「そうですか、分かりました」
先生は踵を返し、シリア様達の方へと歩を進めます。
そして相手側が最終戦を行う意思があると言うことを告げると、シリア様達にも同じように問いかけました。
「あなた達にとっては連戦となり、特にシリアさんに掛かっていた負担はかなり大きい物でした。既にあなた達の勝利が決まっているので辞退しても問題ありませんが、どうしますか?」
「そんなの決まってます」
ラティスさんが作っていた氷の椅子に腰かけて休憩していたシリア様は、そう言いながら立ち上がると、当然だと言わんばかりに答えます。
「私達はこの学園で自由に学びたいんです。その道を塞ごうとしてる人が二度と出てこないようにするためにも、ここで完全に芽を摘んでおきたい。そうですよねラティス?」
話しを振られたラティスさんは、ほんの少しだけ目を見開いて驚いたような表情を見せましたが、すぐに元に戻してこくんと小さく頷きました。
それを見た先生は呆れたような笑みを浮かべると。
「分かりました。ですがシリアさん、あなたはこれを飲んでからにしなさい」
シリア様に小瓶に入ったポーションのようなものを差し出しました。
透き通ったクリアブルーのそれを受け取ったシリア様は、小首を傾げながら質問します。
「先生、これは何ですか?」
「マナポーションです。先ほどの戦闘で消耗した魔力を少しでも回復させておきなさい」
先生の言葉に頷いたシリア様がキュポンと蓋を外すと、即座に顔をしかめました。
「くっさ!?」
「良薬は口に苦しと言います。さぁ、ぐいっと」
「うぅ~……!」
こちらまで匂いが伝わってこないので何とも言えませんが、隣にいたラティスさんが無言で距離を取っていたことから、恐らく相当強烈な匂いなのでしょう。
ギリギリまで飲むのをためらっていたシリア様でしたが、意を決して鼻を摘まみながらぐいっと一気に呷り、飲み干した瞬間に女の子が出してはいけない声を出してしまいました。
「うえぇぇぇぇ……! まっずい!!」
「ふふっ! では、そろそろ始めましょうか」
先生はシリア様を小さく笑いながらも中央へと戻っていき、両陣営に数歩前へ出るように促しました。
それに合わせて両名が対峙し、リーダー格の生徒が口火を切り始めます。
「調子に乗ってられるのもここまでだ。オレをあいつらのような雑魚と思うんじゃねぇぞ」
「仲間を雑魚呼ばわりですか。たかが知れる発言ですね」
「んだとテメェ!?」
冷静に挑発し返したラティスさんは、まだ口に残る苦みに顔を歪めているシリア様の背中をぐいっと押し出し、彼を見据えながら続けます。
「私は彼女と出会ってまだひと月程度で、彼女については何も知りませんが、それでも彼女の実力は高く評価しています。他者を見下すことでしか自己を保てない雑魚が、私達に勝てる道理などありません」
突然評価していただけたシリア様が、驚いたような顔でラティスさんを見上げました。そんなシリア様に、彼女は小声で伝えます。
「恐らく、この勝負の鍵はあなたとなるでしょう。私がアレを挑発して高火力の魔法を引き出させますので、あなたはそれを見て技を盗みなさい。あなたは他者の魔法陣の構築を即座に覚えて、自分のものにできるのでしょう?」
「ラティス……分かりました、やって見せます」
ラティスさんが頻りに彼を煽っていたのは、彼から正常な判断を奪って高火力の魔法を使わせ、それをシリア様が一段上の火力で模倣することを目的としていたようです。
その目論見通り、敵対している彼は既に怒り心頭と言った様子で、魔力もこれ以上ないほど高まりを見せています。
彼から漏れ出す魔力の質を見るに、彼は火属性の使い手であり、学園内でも指折りの魔力の質の持ち主であるようです。
その実力に裏付けされた高圧的な口調だったことを察したシリア様は、彼を鋭く見据えながら杖を構え、彼女が見て盗むために時間を稼ぐためにラティスさんが前へ出ます。
「ラティスさん。最終戦はタッグバトルなので、二人同時でも」
「いいえ、問題ありません。この程度の相手、二人掛かりである必要もありませんから」
その発言に、リーダー格の生徒がついに我慢の限界に到達してしまいました。
「ふざけやがって……! いいぜ、上等だ! テメェはぜってー消し炭にしてやる!!」
彼が爆発させた魔力が熱波となってこちらにも伝わってきます。
先生はやれやれと溜息を吐きながらも、高く手を挙げて開始の宣言を行いました。
「それでは最終戦――開始!」




