4話 ご先祖様は二千年ぶりに弟子に合う
落ち着いたアーデルハイトさんを床に座らせたまま、私達は囲むようにソファに座ります。
委縮しきっているアーデルハイトさんを見ているのが少し居たたまれないのですが、何か気遣おうとするとシリア様に睨まれてしまったので、私は何もできません。
シリア様は私の膝の上で、器用に腕を組みながらアーデルハイトさんを詰問し始めました。
『それで? 先ほどの態度は何の真似じゃ、トゥナよ』
「申し訳ありませんでした。事前に話は受けていたのですが、【慈愛の魔女】の実物を見た時にいささか信じられなくなってしまい、あのような無礼を……」
『よもやお主、妾が認めた力量を疑っておったという訳ではあるまいな』
「め、滅相もありません! ただ、神祖であるシリア先生が本当に現世へ顕現されているのかが、どうも信じられなかったと言いますか、嬉しかったと言いますか」
『ふん。歓喜に舞い上がるのも勝手じゃが、こ奴等からすればいきなり見知らぬ男から難癖付けられたようなものじゃ。その点、お主はどう詫びるつもりじゃ』
「私の権限を全て使ってでも、【慈愛の魔女】と【桜花の魔女】を連合公認の魔女名簿に登録し、二度とこのようなことが起きないよう、最善を尽くさせていただく所存です」
『かーっ! 総長ともなると、お固く面倒な性格になったものじゃのう。妾が言いたいこととは異なるが、まぁよい。ならばこやつ等の認可はお主が周知させよ』
「はっ」
シリア様とそのお弟子さんとなるアーデルハイトさんのやり取りを見ながら、やはりシリア様は皆さんから慕われる、偉大な魔導士だったのですねと改めて尊敬してしまいます。普段が普段というのはかなり失礼だとは思いますが、こうした一面を見る機会が無かったので新鮮な気持ちです。
そんなことを考えていると、アーデルハイトさんに見られていることに気が付きました。
『なんじゃトゥナよ、シルヴィに何か言いたげじゃな』
「い、いえ! その、まだ若いにも拘わらず認められることがあるとはと思ってしまいまして」
『あぁ、まぁシルヴィは例外中の例外じゃがな。単純な力量だけならば他の弟子にもまだ遠く及ばぬが、保有している魔力量と適性の高さだけならば群を抜いておるよ。お主なぞ足元にも及ばん』
「バカな!? お言葉ですが先生、私は先生が神の座に着いた後も研鑽を重ねてきました! それは二千年にも届こうと言う月日にも登りますが、それでも私よりも優れているというのですか!?」
『そうじゃよ。単に年月をかけて鍛錬すればよい、という話ではない。生まれ持った才能、危険すら顧みぬ己が探究心。まぁ色々と上げればキリはないが、そのどれもがお主らとは比べ物にならん。地位に満足し、歩みを止めておる今のお主程度ならば、シルヴィに傷一つすら負わせることも叶わんよ』
「そんな……私をも上回るなど……」
鋭く睨まれつい怯んでしまいましたが、シリア様に腕を買っていただいている以上、あまり弱々しいところをお見せするわけにはいきません。
視線を受け止め、真正面から見つめ返していると、先に視線を外したのはアーデルハイトさんでした。
「……とりあえず、この件については私が責任を以て連合に加盟させます。そして話が変わりますが、来週の技練祭についてご説明させてください」
『うむ、任せる。して、技練祭とは何なのじゃ? 妾がいた頃には無い催しだと思ったが』
「はい。技練祭を行うようになったのはここ百年程での出来事です。魔導士を志す魔女や魔法使いが探究心を忘れてしまわぬようにと、魔法技術の高さを披露することで互いに刺激を与えさせることが目的の催しとなります。
主な内容としては、単純に魔女としての総合力を競うものと、技能の高さを競うコンテストを二日に分けて行うものになります」
アーデルハイトさんの説明に、レナさんが手を上げて質問を行います。
「はいはーい。その競技内容とかなんだけど、具体的にはどんなことをさせられるの?」
「簡単に言えば魔女同士の模擬戦だな。トーナメント形式で勝ち進むものだ。何があっても死ぬことや深刻な負傷にはならないものだが、試合の様子は連合に所属する全ての者に見られることになる」
「ふーん。ならだいたい分かったわ」
話を伺う限りでは、純粋な力比べのように聞こえます。魔女としての魔法の撃ち合いはレナさんと行うものしかやったことがありませんが、恐らくそれを他の方とも行い、力の差を比べていくということでしょうか。
なんとなくではありますが、私も分かったような気がします。
とりあえず、私達が出る必要のあるものは確認しておきましょう。
「すみません、アーデルハイトさん。その二日間で、私達はどちらに参加するのでしょうか?」
「お前達にはできれば全部出てもらいたい。例年の新参魔女達は、そこで自身の技量を他者に見せることで評価を得るというのが通例となっているから、シリア先生に認められた魔女としての威厳を示す絶好の場でもある。無論、強制ではないがな」
ようやく意味が分かりました。恐らくこの技練祭は、魔女を格付けするようなイベントなのでしょう。そしてタイミング悪くか狙われてかは分かりませんが、新参魔女である私達もそこに参加し、前評判から実際の力量を試されるという訳です。
レナさんも理解したようで、指を立てながらアーデルハイトさんに確認を行います。
「要はあたし達が、技練祭で頑張れば頑張るほど魔女として認められるし、情けない結果を出せば舐められるってことでしょ?」
「言い方を悪くすれば、そうだな」
「うん、なら問題ないわ。あたしとシルヴィで最高の成績を残してやるわよ!」
「はい。試されているようであまり気持ちがいいものではありませんが、できる限りのことはやろうと思います」
「ふっ、【桜花の魔女】は威勢が良くて良いことだ。楽しみにしているぞ」
「やるわよシルヴィ、こんなよく分からない連合の魔女なんかに舐められてたまるもんですか!」
「頑張りましょう、レナさん!」
私達が決意の握手をしていると、フローリア様が心配そうに声を上げました。
「楽しそうで羨ましいんだけど、私やシリア、エミリちゃんは見に来てもいいのかしら?」
「あぁ。技練祭を含め、連合で行われる行事については家族の参加が認められている。あまり家族ぐるみで来る者は多くは無いが、来てもらっても構わない」
「よかった~! レナちゃんとシルヴィちゃんの良いところを見られないかと思っちゃった!」
「わたしも、行って良いの?」
「そうよ~? シルヴィちゃんにお願いして、お弁当持って一緒に行きましょうね!」
「わぁい!」
「明るいご家族だな……。それはさておきシリア先生、先生のことは周知した方がよろしいでしょうか?」
アーデルハイトさんの質問に、シリア様は少し考える様子を見せましたが、笑いながら手を振ってこたえ始めました。
『いや、いらん。妾とて現世に顕現したからといってちやほやされたい訳ではないからの。お主を始め、連合の上位連中だけで共有しておけばよかろ』
「分かりました、では先生のお話はそのように伝えておきます」
『うむ、任せたぞ。してトゥナよ、結局妾達は晩餐会には招かれぬのか? 議会が終わってしばらく経っておるし、エミリのような小さな子もおる。こやつ等もいい加減、腹を空かせる時間じゃが?』
いたずらっ子のように悪い顔をするシリア様に、アーデルハイトさんは恐縮したように両手で否定しながら立ち上がりました。
「あ、あれは私の独断と言いますか、シリア先生の名を騙った者ならば排除したかったと言いますか! もちろん晩餐会にはご出席いただけますので、これからご案内いたします!」
『ん? そうか。すまんな気を遣わせてしまって』
「とんでもございません! 久しぶりに先生と食事ができると言うだけでも、私は嬉しいので……」
ドアを開けながら語るアーデルハイトさんの表情は、少しだけ寂し気でした。促されるままに私達は部屋を出ていこうとしましたが、後列にいた私の前でシリア様が振り返り、アーデルハイトさんに話しかけました。
『そうじゃ、トゥナよ』
「何でしょうか?」
『餞別じゃ、これをやろう』
そう言って軽く床を叩いて彼(彼女?)の手元に出現させたのは、何とも可愛らしい帽子を被った黒猫のぬいぐるみでした。
『お主、妾の描く黒猫が好きじゃっただろう? たまにはそれでも抱いて、妾のことでも思い出すがよい。それとも、男子となった今ではぬいぐるみはやはり恥ずかしいかの? くふふ』
「いえ……。ありがとうございます、先生。先生の描く猫が好きだったことも覚えて頂いていて、とても嬉しいです! 宝物にします!」
『うむ、お主はそうやって笑っておった方が可愛いぞ。男子に可愛いと言うのもあれじゃがな。今度、時間がある時にでもシルヴィの診療所を訪れるがよい。妾の錬成した酒を振舞ってやろう』
「はい!」
そう笑いあうお二人の顔はとても晴れやかで、見ている私も温かな気持ちになれるものでした。




