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432話 ご先祖様は受験する・前編

 その日から一カ月ほど、シリア様は毎日精力的にお店で働き始めました。

 言われたことは忠実にこなし、それ以上の働きを見せるシリア様の評判はお店でも非常に高く、シリア様の存在はすぐにお店の看板の一つとして有名になるほどでした。


 年頃の女の子より少し細身であったシリア様でしたが、毎日ウェイトレスとして働いては限界まで料理を食べさせられる日々が続き、たったひと月で健康的にふっくらとしたように見えます。

 そんなシリア様を、アバンさんは嬉しそうにしながら実の娘のように可愛がってくださっていて、血の繋がりのない二人にも小さな家族の芽が芽生え始めているように感じられました。


 そして迎えた、ハールマナ魔法学園の特別受験の日。

 この日もお腹いっぱいになるまで食べさせていただいたシリア様は、アバンさんが厚意で用意してくださった新しい服に袖を通していました。

 縦にいくつか白いラインの入った黒ベースのワンピースに、黒のラインが入った白いコートを羽織っていて、前は閉めないのが正しい着方のようです。


「ありがとうございます、アバンさん。こんな立派な服までいただいて」


「ガッハッハ! 気にすんな気にすんな! それに、前の服はもう着られねぇだろ?」


「それは……はい」


「お前さんがしっかり働いてくれている以上、衣食住で不自由させないのが俺の役目だ。ほら、貴族連中に負けねぇくらい胸を張ってろ!」


「痛っ!」


 バシン、と景気づけに強めに背中を叩かれたシリア様は、苦笑しながらアバンさんを見上げました。そのシリア様に、アバンさんはニッと歯を見せて笑って見せると。


「そろそろ行ってこい。レイヴンの奴が待ってるぞ……っと、忘れるところだった。こいつも持っていけ」


 机の上に置いてあった白いとんがり帽子をシリア様に被せました。

 深く被りすぎたそれを調整しているシリア様のお姿は、色合いや形は違えども、どことなく今の私の魔女服に似たものを感じます。


 深くお辞儀をしてお礼を告げたシリア様は、アバンさんに手を振りながらハールマナへと向かい始めました。その背中を腕組みしながら見送っていたアバンさんは、誰にも聞かれないように小さく零しました。


「綺麗な銀髪だったから似せてみたが、後ろ姿がお前にそっくりだよ。イリシュ」


 彼はポケットから銀細工の小さなロケットペンダントを取り出すと、中に飾られていた写真をとても優しい表情で見下ろします。あまり行儀が良くはないことは重々承知ですが、私とレオノーラがその後ろから覗き込んでみると、そこにはまだ年若いアバンさんと、美しい銀髪を持った長身の女性がシエスタの前で寄り添っている写真でした。


「シリアと若かりし頃の奥様の姿が被ったのでしょうね」


「かもしれませんね。とても綺麗な方だと思います」


「さて、余計な詮索は避けてシリアを追いますわよ」


 レオノーラに続いてシリア様を追いかけ、少し後ろを歩くこと数分。

 ハールマナ魔法学園の前は、凄まじい人の群れが出来上がっていました。


「何なんですのこの人だかりはー!?」


「そういえば、シリア様が受験した頃は今より合格倍率がぐんと低かったそうです。何でも、受験希望者の母数が多すぎたせいだそうですが」


 確か、八百名ほどだとか仰っていたような気がしますが、この人だかりはそれを遥かに上回っているような気がします。こんな状況で試験なんてできるのでしょうか。

 そう懸念していた私の耳に、拡声器越しの声が聞こえてきました。


『あーあー、コホン。ハールマナ魔法学園、特別受験枠をご希望の皆様、聞こえていますかー?』


 ふと視線を上げると、そこには箒に横座りの形で浮遊している魔女のような方がいらっしゃいました。

 彼女は全員の意識が向けられたのを確認すると、もう片方の手で校門を指し示しながら続けます。


『今年も沢山のご応募ありがとうございまーす。早速ですが、第一次試験を開始させていただきます―。こちらの校門をご覧くださーい』


 彼女の言葉に続いて、ゆっくりと校門が開かれていきます。ですが、ただ開かれただけではなかったようで、光のカーテンのようなものが同時に展開されていくのが見えます。


『こちらは一定値以下の魔力をお持ちの方を弾く術式となってまーす。まずはこちらで、皆様の魔力をテストさせていただきますー。どんどんお入りくださーい』


 その言葉を皮切りに、校門の奥へと人の群れが一気に移動し始めました。

 しかし、入れている人と入れずに弾かれている人がいるようで、校門の前は大渋滞が起きてしまっています。

 そんな中、シリア様は果敢にも人波を縫うように進んでいき、校門目掛けて思いっきり踏み込みます。すると、彼女の体は淡く光りながらカーテンをすり抜け、無事に校門の中に入ることができていました。


 背後を振り返って通過したことを実感し、小さく喜ぶシリア様を微笑ましく見ていると、中にいた別の魔女の方がシリア様達通過者を案内し始めます。

 その誘導に従って続いていくと、今度は広い校庭に案内されました。


「続いての試験は、実技試験となります。あちらをご覧ください」


 魔女の方が手で示した先には、軽くメイナードに匹敵するのではないかと思えてしまうほどのイノシシ型の魔獣が鎮座しています。まさか、いきなりあれと戦わせようと言うのでしょうか!?


「あちらは冒険者協会で言うところの、危険度C相当の魔獣、ワイルドボアです。皆さまにはあちらの魔獣に好きなように魔法を撃っていただき、一定以上の火力を出せた方を対象に次のステップへ進んでいただきます」


 と言うことは、倒さなくてもある程度の火力を示すことができれば合格とみなしていただけるようです。

 それを聞いて安堵した受験者の方々が、杖を構えながら我先にと突撃していきます。


 次々と各属性魔法が飛び交う中、シリア様はと言うと。


「…………」


 何もせず、様子を観察していました。

 敵も魔獣であり生き物である以上、早めに攻撃を仕掛けて自身の評価を確保しておくことが望ましい試験だとは思うのですが……。

 そんな私の考えは非常に甘かったと思い知らせるかのように、参加者の方々から絶望に近い声が次々と上がり始めます。


「嘘だろ!? 無傷だぞ!!」


「そんな!? ありったけの魔力を込めたのに!」


「どうなってるんだこれ!」


 あれだけの魔法の猛攻を受けた魔獣はびくともせず、ただ鎮座しています。

 口々に困惑の悲鳴を上げる彼らに、魔女の方が補足するように口を開きました。


「あの魔獣には、一定の火力までを防ぐ結界を付与してあります。そのため、攻撃が有効であった際には分かるようになっています」


 なるほど、そう言うことだったのですか。

 改めて一筋縄ではいかない試験だと認識しなおし、シリア様を含めた皆さんの動向を見守ります。

 まだ魔法が使えるようになってひと月ほどのシリア様は、この試験をどう乗り越えるおつもりなのでしょうか……。

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